2019年12月08日

喫茶江戸川柳 其ノ玖

小津 こんにちは、また来ました。

飯島 いらっしゃいませ。

小津 前回の言葉遊びの川柳はとても新鮮でした。あのあとしばらく変わったことがしたくて、いろんなリズムの本を読んでみました。

飯島 リズムといえば私はこのごろ、都々逸のリズムに関心をもっているんですよ。前回、生き物でそろえた万葉仮名〈馬聲蜂音石花蜘蟵荒鹿〉というのを見ましたよね。「夜露死苦」や「仏恥義理」のルーツみたいなあれです。あのあと、興のおもむくままに動物の都々逸を作ってみました。〈美女のうなじに気を付けなさい盆の窪には蛇がいる〉なんてね。そこでどうです、小津さんも動物の都々逸を作ってみませんか?

小津 動物の都々逸ですか。ではわたしも即興でひとつ。ええっと 〈土手でぱくつくハンバーガーが今日はなんだか犬の味〉。

飯島 犬の味! 生類憐みの令の時代ならとんでもない事態ですね、それは。

小津 すみません、私、おなかがペコペコみたいです。

飯島 では小津さんの空腹を満たすタンパク質たっぷりの川柳をお出ししましょうか?

小津 ぜひお願いします。

飯島 それでは少々お待ちください。

      * * *

お待たせいたしました、本日の萌え萌え動物セットです。

 犬のたいくつ縁側へあごを乗せ
 まけた猫鼠花火のやうに逃げ
 小笠原流ではひ出るひきがへる
 突あたり何かささやき蟻わかれ
 蚊になつて金魚売をくつてやる


動物そのものを詠んだ句を選んでみました。たとえば〈亭主とはぐるにやあでゐる猫上り〉は猫上り=芸妓上りのことですし、〈酔覚に河童は皿の水をのみ〉の河童はUMAですから、今回は入れておりません。

小津 情景が一瞬で浮かぶ句が多いですね。

飯島 動物は動きとか姿態自体が面白いので、それをしっかりと活かしたものに佳句が多い気がします。

小津 〈犬のたいくつ縁側へあごを乗せ〉、おかしみがありつつも、ふざけているのではなく、あくまで写生なところがいいですね。

飯島 犬カレンダーにありそうな姿です。

小津 確かに! はっきり〈たいくつ〉と言っているのが効果的だと思いました。次の〈まけた猫鼠花火のやうに逃げ〉も舌を巻くような写生です。

飯島 花火にことよせて猫を鼠に転化しています。

小津 そうなんですよね。トムとジェリーみたいなウイットが効いています。次は〈小笠原流ではひ出るひきがへる〉。これとても好きです。

飯島 小笠原流は室町時代から続いている礼法ですね。ひきがえるの動きを小笠原流に見立てるのが川柳の流儀です。

小津 なんでもない風景を、大言壮語的に見立てたところに、川柳的な笑いがありますね。

飯島 次の句ですが、私は子供の時分、まさにこんなふうに思いながら蟻を観察していました。まあ実際、蟻は口を付けあうことで情報伝達しているようですけどね。

小津 この〈突あたり何かささやき蟻わかれ〉は写生といっても、他の句とは違って動物学者みたいです。ファーブルっぽい。作者自身の把握しきれていない知見が含まれているところが。

飯島 最後の句ですが、この句の主体は何者だと思いますか?

小津 〈蚊になつて金魚売をくつてやる〉の〈蚊〉になったのは誰かということですか? うーん難しい。ここがわからないと、句意自体がわからないのですね?

飯島 この句は、作者が「ぼうふら」の気持ちを代弁しているんです。成り代わりの句と言えばいいのでしょうか。ほら、ぼうふらって金魚の餌にされるでしょう。

小津 なるほど。こういった復讐劇というのは当時の人々にとっては飲み込みやすい見立てだったのでしょうね。マスター、今日は本当に萌え萌えな感じでした。おなかもいっぱいになりましたので、川べりを散歩してきます。ごちそうさまでした!

飯島 またどうぞ。──タンパク質かあ。河童ってどんな肉質なんだろう。


《本日の萌え萌え動物セット》
犬のたいくつ縁側へあごを乗せ  動物カレンダー度 ★ ★ ★ ★ ★
まけた猫鼠花火のやうに逃げ   トムとジェリー度 ★ ★ ★ ★ ★
小笠原流ではひ出るひきがへる  マナーの達人度 ★ ★ ★ ★ ☆
突あたり何かささやき蟻わかれ  アンリ・ファーブル度 ★ ★ ★ ☆ ☆
蚊になつて金魚売をくつてやる  江戸の演劇空間度 ★ ★ ★ ★ ☆

posted by 飯島章友 at 23:30| Comment(0) | 川柳サロン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月01日

時間無制限一本勝負/浪越靖政


明烏呼ぶまで時間無制限

裸締め掛け合っている あいだがら

何度でも卍固めの心地よさ

お約束の場外乱闘 痴話喧嘩

ときどきは異種格闘技も試したい

タイガーマスクになると元気なお父さん

タイガーマスクきのうのベッドに置き忘れ

裏技まで使い果した昼の月



【ゲスト・浪越靖政(なみこし・やすまさ)・プロフィール】
1973年 新聞投句で川柳開始。
現在、柳誌「水脈」編集人。ほかに「川柳スパイラル」「触光」「川柳さっぽろ」な
どに投句。
句集「ひと粒の泡」(95年)、「発泡酒」(02年)、「川柳作家ベストコレク
ション」(18年)。


縦書き画像をご覧になるばあいは以下をクリックしてください
時間無制限一本勝負.gif

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2019年11月26日

詩集『一行の青春』/山村祐 編

詩集『一行の青春』( 山村祐 編/森林書房/1978年)

『一行の青春』は詩集とエッセイ集とが2冊1函になっている。2冊とも、山村祐を筆頭に250名が結集していた「短詩」誌(昭和41年9月〜昭和45年3月)に関わる内容になっている。エッセイ集のほうは山村祐の短詩論や短詩作品鑑賞、詩集のほうは計43冊発行された「短詩」誌のアンソロジーで72名の作品群が選出されている。

詩集の巻末に載っている山村の「短詩」誌顛末記によると、「短詩」会員の年齢は「一六、七才から二二、三才までが90%を占め、あとは二〇才代後半までを中心に、三〇才代、四〇才代を含めて10%弱、五〇才代は私と妻のほか一、二名だった」というから、既成の短詩型文学とは対照的だ。また会員のほとんどは俳句や川柳の洗礼を受けていなかったとも。そのため、徒手空拳でおのおのが短詩を模索していたようだ。だからだろうか、二年近くして壁に突き当たり書けなくなった実作者が多かったと、山村はエッセイ集のほうで書いている。

また、おなじく詩集の顛末記によると、短詩は「第三の短詩形作品の創造」を目標にしていたという。徳川時代に俳句や川柳という一行の詩が生まれたように、「近代以後の社会から新しく生れでるべき短詩形作品の可能性を考えた」そうだ。

それでは何はともあれ、詩集『一行の青春』より何作品か引いてみよう。

満月少年 スプーンに海をたしている  道上大作
マッチ擦った 睫毛に別の世界がブランコしてた  谷口慎也
エスカレーターからふってきた棺桶  吉田健治
別れる時は雪の上を上手に歩いて下さい  後藤すみ子
紫陽花の重いのは 夢を吸っているからです  桜陽子
あなたが好きと レモンスカッシュに浮いてみる  大沢たえ子
風葬の鳥 秋の果実は地底に熟れた  佐藤龍夫
たとえば 夜は長靴  森原英機
油紋に漂うフランス人形の胎内で澄んでいる祖国  石原明
一卵性双生児は夕日が嫌いトマトが嫌い  本間美千子
「おはようまどか」パパを疑っちゃえオウム  吹田まどか
おばさまのノド鳩が住んでいる 大ッきらい
あじさいの息の根とめて「ママ 花束よ!」


最後の吹田まどかとは故・安藤まどかの当時の筆名。安藤まどか(川柳での筆名は望月こりん)は時実新子のご息女で、「月刊 川柳大学」誌の発行人だった。短詩は現代から生れでるべき詩形ということで口語中心なのだが、吹田の作風は口語体というよりも会話体が全面に出ており、72名の中でも異彩を放っている。

さて、短詩とは何かという問題についてである。「短詩」誌内でも活発に議論がされていたようだし、一般に形式というものは作品をもって(つまり実践によって)示唆されるものだと思うが、短詩の牽引者である山村は自分なりの理論を立てていた。エッセイ集から抽出してみよう。そのひとつは〈一呼吸の詩〉という基準だ。これは、短詩は「呼吸を変えないで読めるということ、つまりいちばん快適な一呼吸の長さ」でよまれるということだ。一呼吸ということからすると、新古今短歌は五七五/七七の二呼吸でよまれる性格だと山村はいっている。そしてもうひとつは〈短詩ゴムマリ論〉。これは「ゴムマリを掌で強く握れば握るほど反撥力の増してゆく」ように「短詩の凝縮化の力が強まるに反比例して、それに反撥する力も強くな」るという理論だ。「ゴムマリを握る力が最高に達してハレツする(伝達性が失われる)直前において、相反する二つのエネルギーは最も微妙なバランスの美しさ、力強さを発現する」のであり、短詩もそのように成立するということだ。例として山村は「咳をしてもひとり」(尾崎放哉)をあげている。

「短詩」誌は長音派と短音派とに分かれたことなどによって休刊となった。もし続いていたらどうなっていただろうとも思うが、「短詩」は必ずしも定型によらない詩形なのだから、遅かれ早かれおのおのの道を歩み出していくことになっただろう。

現在、短詩・一行詩がジャンルとして成り立っているのかといえば、たぶんジャンルといえるほどの規模にはなっていない。そのような状況を見たとき、山村が短詩・一行詩の基準として〈一呼吸の詩〉をもっと前面に出せていたらどうなっていただろうか、と思ったりもする。或る文芸形式がジャンルとして成立し発展するには、参加者に或る基準がおおむね合意され、形式に安定性がもたらされることが必要かと思う。短詩・一行詩はその点で輪郭が見えにくい。誤解のないようにいっておくと、形式の安定=厳密なルールが必要といっているのではない。そうではなく、あらかじめの基準がなければその形式を更新する応用可能性も出てこない、というごく平凡なことをいいたいのである。
posted by 飯島章友 at 07:00| Comment(0) | 川柳論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月21日

「川柳スパイラル」7号発行

「川柳スパイラル」第7号が11月25日に発行されます。今号の「小遊星」のゲストはながや宏高さん。ながやさんと飯島が『パン屋のパンセ』でおなじみの杉ア恒夫について語り合っています。ながやさんは「かばん」の元編集人で、現在、書肆侃侃房の短歌ムック『ねむらない樹』で杉ア恒夫論を連載されています。杉ア恒夫は一般読者を得ている数少ない歌人だと思っているのですが、彼のことをスパイラルの読者はどう感じるのか。そこにとても興味があります。なお、杉ア恒夫歌集『パン屋のパンセ』『食卓の音楽 新装版』は六花書林から発売中です。

またスパイラル誌のお求めは編集発行人である小池正博のTwitterにDMを送ってください。

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【川柳スパイラル7号・内容】
・巻頭写真   入交佐妃
・渦の送受信  小池正博
・同人作品 Spiral Wave
・【同人作品評】猥雑な祝祭  石田柊馬
・【特集】短歌と詩の交わるところ
  〈型〉を越えるために  彦坂美喜子
  二つの楽器  金川宏
・会員作品 Plastic Wave
・現代川柳あれこれ Biotope  小池正博
・小遊星 連載第7回  飯島章友×ながや宏高
・本格川柳小説 七ノ巻 匙と満腹  川合大祐
・現代川柳入門以前 読みの変遷  小池正博
・【リレー・エッセイ】俳句甲子園  吉松澄子
・妄読ノススメ  兵頭全郎
・川柳スパイラル 東京句会・大阪句会
・GAKKOの川柳な人たち  月湖
・投句規定・合評句会案内
・編集後記

川柳スパイラル
posted by 飯島章友 at 00:00| Comment(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする