2020年09月15日

身の奥に飼う一匹のテロリスト/石部明

身の奥に飼う一匹のテロリスト  石部明

『遊魔系』より。
あくまでも、わたし個人の立場ですが、誤導される世論→多数者の専制に抗議するにあたっては、常にテロリストを身の奥に飼わざるをえないです。
posted by 飯島章友 at 23:25| Comment(0) | 飯島章友・一句鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月14日

矢崎藍著『平成つけ句交差点』

『平成つけ句交差点――あなたの77、私の575』 (矢崎藍著/筑摩書房/1996年)

この本は連句人・矢崎藍さんによる「つけ句」の本です。つけ句、つまり前句が五七五なら附句として七七を、前句が七七なら附句として五七五を作るものです。要するに前句附ですね。

各章とも、一つの前句に複数の人がつけた句が掲載されています。例えばこんな感じです。何句か引用させていただきます。

 好きですといわれてみたい夏の宵  孔美子

 彼の化身か蚊がチクリ刺す  柴田美和
 衰え知らぬ湯上がりの肌  上野喜美
 花火が映る君のマジな  平下真紀子
 桃の葉蔭はかげをひとつ蛍が  森みち
 昼間の熱を秘めた川石  上條千史
 オイとチョットで半世紀過ぎ  藤子
 ハタリと変わるデジタル時計  榊原由美

本書は連句の枠内でのつけ句なので、前句とセットでなければよさが分からない句と、川柳のように一句立てで読める句があります。「ハタリと変わるデジタル時計」は上手いと思うのですが、前句が前提された句ですね。

また情緒が連句っぽく感じられる句もあれば、川柳っぽく感じられる句もあるように思います。「昼間の熱を秘めた川石」は、この中でいちばん気に入っている句なのですが、多数派の柳人が作る短句(七七句)とは趣がちがう気がします。

川柳が文芸の一分野として独立するきっかけとなったのは前句附興行です。こうしてつけ句専門の本を読むと、一句立てで鑑賞する「川柳文芸」が成立した理由を実感できるのです。と同時に、短句も十分独立できる句型だと実感できるのであります。
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2020年09月12日

『はじめまして現代川柳』小池正博 編著


『はじめまして現代川柳』小池正博 編著

発行:書肆侃侃房

四六判、312ページ

定価:本体1,800円+税

http://kankanbou.com/books/poetry/senryu/0420

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発売予定の本のお知らせです。
新興川柳の柳人から現在の柳人まで35名のアンソロジーのようです。
このブログの柳人からは川合大祐・柳本々々・暮田真名が入っております。
ついでに飯島章友も末席を汚しています。
どうぞよろしくお願いします。
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2020年09月09日

夏目漱石と素晴らしき格闘家たちC

前回の記事
夏目漱石と素晴らしき格闘家たちB

『漱石日記』を読むうちに、わたしがいつも短歌を投稿している「かばん」の関係者の名前を見つけました。それは明治42(1909)年6月3日(木)の日記。そこに「前田夕暮まえだゆうぐれ来」とあるのです。たったこれだけの記述なので、どんな用事で来たのかはわかりませんが、思いがけず歌人の前田夕暮と漱石とのあいだに交流があったことを知りました。

このころの夕暮は、明治40(1907)年と41年にパンフレット歌集『哀楽』を出し、明治43(1910)年には実質的な第一歌集『収穫』を出版。これが高い評価を受けました。この年には結婚もし、翌44年には歌誌「詩歌」を創刊。大正元(1912)年には第二歌集『陰影』を出版しました。ですから明治42年というと、夕暮が脚光を浴びる直前ということですね。

その前田夕暮が「かばん」とどう関わっているのか。簡単にお話しします。夕暮が創刊した「詩歌」は夕暮の没後、長男で歌人の前田透が引き継ぎました。が、その透が昭和59(1984)年に急逝すると、「詩歌」のメンバー数人が「歌人集団ペンギン村(現・歌人集団かばんの会)」を立ち上げ、「かばん」誌を創刊したのです。初期の会員の多くも「詩歌」の会員だったと聞きます。そのような次第で前田夕暮は、「かばん」のルーツともいうべき歌人なのであります。

さて、その夕暮と格闘技とがどう結びつくのでしょう。何と夕暮は、ボクシングとレスリングの連作を昭和7(1932)年に書いていたのです! 時間の流れにそって詠まれているので本当は連作全体を見たいところですが、そうもいきませんのでそれぞれ3首だけ引用させていただきます。

   拳闘  日比谷公会堂の一夜
ぎらぎら光る眼だ。真黒な肉塊がいきなりとびだす、ボビイ!(黒人ボビー対野口)
直突ストレートだ、空撃ミツスだ、鈎突ノツクだ、ボビイの顎が右から左から撃ちひしがれて――ゴング
撃倒された闘士のうしろから、白いタオルがひらりと投げられる


『青樫は歌ふ』(1940年/白日社)より。野口とは、ライオン野口こと野口進だと思われます。野口ボクシングジムの創始者です。有名なピストン堀口より少しだけ前の強豪です。第2代・第3代・第4代・第7代の日本ウェルター級王者を獲得しました。一方のボビーとは、フィリピンのボビー・ウィルスという選手のことだと思われます。ボクサーの戦績・戦歴を掲載している「ボクシング 選手名鑑 -戦績一覧- -戦歴一覧-」というブログがあります。そこを参照させていただいた結果、野口とボビーは昭和6(1931)年から昭和7年にかけて5回対戦しています。

・ボクシング 選手名鑑 -戦績一覧- -戦歴一覧-
http://fanblogs.jp/boxingmeikan/archive/459/0

昭和7年ですと、1月11日、4月15日、4月20日に二人は対決。いずれも野口が勝利しています。夕暮の連作には日付が記されていないのですが、手掛かりはあります。「白いタオルがひらりと投げられる」とあるので、夕暮の観た試合は野口のTKO勝ちだったことがわかるのです。先のブログによれば、野口がTKOで勝利したのは4月20日の試合なので、おそらくそれを詠んだものと推測できます。なお、初期の日本のプロボクシングに関心がある方は、「日本プロボクシング協会」内の〈ボクシングの伝来と協会の歴史〉を参照なさってください。

夕暮の作品は口語自由律の短歌です。この〈スポ根文体〉は、定型だと難しいかも知れませんね。一見すると、試合の記事の断片なり、実況の文字起こしなりに見えそうな気がします。昭和初期にプロボクシングを詠んでいたことは驚きですが、夕暮の文体も驚きなのです。夕暮は昭和に入ると、それまでの定型短歌から口語自由律に作風を一新しました。引用歌はその時期の短歌です(のちにまた定型に回帰します)。
(つづく)

2020年09月04日

千春『てとてと』を読む 2

ぬくい神様/八上桐子

   手もとから産声あげるその文字は今の私になってゆきます

 千春さんにとっての書くことを表す一首だと思う。
 千春さんの川柳、短歌、詩は、一見やさしそうでいて手強い。大胆に自己をひらいてくれているのに、わかった気になれない。絶妙のわからなさ加減に引き込まれてゆく。

   トイレットペーパーの怯える命
   ずっとここにいたい泥の匂いだね
   こんばんは潮騒は足りていますか?
 
 カラカラ怯えるトイレットペーパー。安心する泥の匂い。夜に必要な潮騒。ことばとなって現れた感性そのものが独特。句集全体を通して、作為や虚飾はあまり感じられず、実感ベースで書かれていると思う。誤解を恐れずに言うと、ふしぎちゃん系だ。
気づいたら、トイレットペーパーをやんわり手繰っていた。弱い生き物に接するみたいに。千春さんを通して、モノ、ことに触れなおすことで、世界が更新されている。

   私は私が一番大事、脱ごう
   ひくいところでくちびるをなめる
   雪を練りはじめている私が産まれる

 自分を大事にするために、生身をさらけ出す。私を語ろうとする、ひくいところ。雪を練って産まれる私。自己愛と自己否定にゆれる、モノローグ的作品も多い。私からはぐれないように、私を確かめるために、私を受け止めるために、湧き起こってきた感情を素直に書きとめているようにも感じる。

   例えば、女の自分に慣れてきた
   時間になる母にも樹にもなれない
   初恋の人はみずうみ生理中

 60年代に時実新子から広がった私の思い、女の思いを書く川柳。旧来の性役割を前提とした社会通念に反発しながらも、女であることからは解放されなかった。千春さんの女は、その延長線上とは別の角度から表現されている。新子から60年。性別に対する違和など新しいジェンダー観が、ついに川柳にも登場した。その点でも注目していきたい。
 
   神様が泣き出したので背を撫でる
   神様は玄関先でぐーぐー満ちる
 
読み終えて表紙に納得。やわらかくてじんわりぬくくて、油断ならない、猫のような句集である。
posted by 川合大祐 at 08:50| Comment(0) | 川柳句集を読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする