2015年02月13日

勇気のための川柳処方箋D いまそこにある、どこでもドア。

改札を抜けた人から夏になる  倉間しおり

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じぶんにとっての〈境界線〉ってじつはどこにでもあるんじゃないかとおもうんですね。
じつは見つけることができていないだけで。

みずからが、ここが、そこがそうなんだと見出しさえすれば、そこが〈どこてもドア〉として、〈境界〉として機能するばあいだってあるんじゃないか。

倉間さんの句をみて、そんなふうにかんがえたりもするんです。

「改札を抜けた人から夏になる」ってこの句の語り手は語ってますよね。
語り手がもう改札を抜けたのかどうかはわからないけれど、でもだいじなことは、語り手のいま目の前に〈夏〉はあるんだってことです。
そしてその〈夏〉への入り方も語り手はちゃんと知っている。
なぜならそういうものとして語り手は「改札」を〈どこてもドア〉として見いだすことができたから。

〈どこでもドア〉はじつはどこにでもあるんじゃないかとおもいます。どこでもドアって、どこにでもいけるドアのことじゃなくて、どこにでもあるドアのことなんです。
でも、だからこそ、どこにでもあなたはゆくことが、できる。
みいだしそうとする意志さえあれば。

posted by 柳本々々 at 12:00| Comment(0) | 柳本々々・一句鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする