2015年02月17日

勇気のための川柳処方箋J 勇気と筋肉。

あてがわれた部屋に筋肉質のアリス  榊陽子

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『川柳北田辺 第52回』から榊さんの一句です。

ルイス・キャロルのアリスの物語って、ことばのいろんなありかたの冒険をめぐる物語、文法が迷宮になるという点で、ことばの筋肉の物語、ことばのアスレチック・ジムなのかなあとおもっていたんですが、そうじゃないだろ、もういちどアリスの身体に注目してみろよ、ということばから身体にもういちどアリスをとりかえすような句です。

なかはられいこさんの句集のタイトルが『脱衣場のアリス』でしたが、どうしてアリスと身体をめぐるテーマが出てくるのかはけっこう興味深いところです。
もっといえばこんなふうなテーマがでてくるとおもうんです。

アリスの身体は《だれ》のものなのか?

ルイス・キャロルが幼い女の子の全裸の写真を撮っていたのは有名だけれども、そういう《アリス神話》のようなものが『不思議の国のアリス』にめんめんと受け継がれてゆくなかで、でも、アリスの身体はだれのものなんだろう、というテーマはずっとある。

たとえば、陽子さんの句では「筋肉質」と描写されているけれど、この「筋肉質」というのはある意味、アリスの身体の自律性です。
女の子という規定のイメージを筋肉質が裏切り、意味付けを拒否することをからだが語る。
しかも、「あてがわれた部屋」でふいうちで出会うわけですから、場所や空間からも、規定の意味付けを拒否されるわけです。

とすると、こんなふうにまとめることができます。

今回の勇気は、安易に、おまえはこうだね、と意味付けされないための勇気だと。

「筋肉」はじぶんでつくるものです。
アリスのようにことばの迷宮、意味の迷宮にはいりこんでも、他者からラベリングされる意味を拒絶するために。

筋肉質のアリスでいることを。



posted by 柳本々々 at 13:21| Comment(3) | 柳本々々・一句鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする