2015年02月22日

勇気のための川柳処方箋R 教室で私が持てなかった手をあげる勇気

にんげんになりたいものは手をあげて  月波与生

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この月波さんの句、おもしろいのが「にんげんになりたいものは手をあげて」というまさに状況そのものだとおもうんです。

これってもう、にんげんになれるかどうかではなくて、たぶん、にんげんになる手前の状況の活写なんですよ。

さあにんげんになれますよ、じゃあだれがなりたいですか、となったときに、

「にんげんになりたいものは手をあげて」

と、だれかが、きく。
しかも「なりたい」と語られていますから、なりたいひとが・なれる、わけです。

にんげんにむりやりだれかがだれかをならせるわけではない。

なりたいひとが・なる。

でも、この句にはもうひとつスリリングな部分があります。
それが、「手をあげて」です。

「手をあげ」られるなら、もう、にんげんなんですよ。

手をあげて、といわれて(言語的コミュニケーションとしてのにんげん)、手をあげたら(身体的コミュニケーションとしてのにんげん)、それはにんげんなんですよ。

だからあとはもうきがつくかどうかなんです、じぶんが脳をもっているかを、じぶんがハートをもっているかを、じぶんが勇気をもっているかを。

どうするまえにきがつけばいいのか。

もちろん、オズ大魔王に会うまえに、です。



posted by 柳本々々 at 21:56| Comment(0) | 柳本々々・一句鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする