2015年03月06日

勇気のための川柳処方箋32 よろこぶ。

夜はよろこんで窓から出て行った  徳永政二

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「川柳作家の方でどなたがいちばん多く勇気を川柳にしていらっしゃいますか」と私がふいにきかれたら、わたしはふっと「徳永政二さんです」と答えるかもしれないなと思ったんです。

徳永さんの川柳が、なぜそんなにも〈勇気〉とつながるのか。

それは徳永さんの句のなかの世界では、すべてのありとあるものが〈よろこんで〉いるからじゃないかとおもうんです。
徳永さんの句のなかではいろんなものが弾み、うれしがっている。ひとだけじゃないんです。水や橋や椅子もよろこんでいる。うれしがっている。
理由はわからない。わからないけれど、みんな、川柳のなかにいられることが〈うれしそう〉なんですよ。

夜はよろこんで窓から出て行った  徳永政二

夜が、よろこんでますよね。
理由は、わからないんですよ。
でもすごくうれしそうですよね。
窓から出ていくなんて、まるでにんげんみたいでしょう。
たぶんこの夜には手や足があるんですね。
だからきちんと窓から出て行かないといけない。
夜なんだから、壁ぬけしちゃえばいいんです。
でも、そうはしない。
なぜなら、にんげんのようにうれしいし、よろこんでるからです。

そういう世界にあふれるよろこびとかうれしさ、わけもなくなんだか生きてることがうれしくなっちゃうようなこと。窓から出ていきたくなっちゃうくらい嬉しくなっちゃうこと(窓から出たことありますか? わたしは、ある)。

そういう生きるよろこびとしての勇気が感じられますよね。

じゃあここであえて夜がなんでこんなによろこんでいるのか、かんがえてみましょう。

わたしは、こうじゃないかと、おもうんです。

川柳のなかに、句のなかに、いることができたからって。

句のなかで夜は生命を受けた。
句のなかで夜ははじめてそれまでとはちがったかたちでにんげんのように生きることができた。
それがすごく嬉しかったんじゃないかとおもうんです。

好きな場所にいられたら、わけもなくうれしくなって、とびはねてしまうこと、ありますよね(ありますか? わたしは、ある)。

posted by 柳本々々 at 00:24| Comment(0) | 柳本々々・一句鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする