2015年03月11日

勇気のための川柳処方箋36 生きる。

春風が耳打ち「ヒトハイキカエル」  金原まさ子

    *

まずお詫びしなければならないのは、あえて最初から間違ってしまっているということです。
金原まさ子さんは、俳句の方であり、川柳を詠まれている方ではありません。
だからこれは「勇気のための川柳処方箋36 生きる。」です。
ですが、わたしは一時期までずっと金原さんの句集を川柳の句集として拝読していました。

どうしてそんなことが起きたのでしょうか。

それは金原さんの句のリミットの設定の仕方にあります。
たとえばうえの句のように金原さんの句は〈俳句らしさ〉があまりありません。

〈俳句らしくない〉。すごくアバウトないいかたです。ここでは〈こうじゃない〉というネガティヴな観点から金原さんの俳句性/川柳性のようなものをみてみたいとおもいます。

誰かがいっている「」で終わる俳句。これは、たぶん、〈俳句らしくない〉と思います。
また、「耳打ち」「イキ/カエル」など動詞にあふれています。句が「る」で終わる用法なんかも川柳っぽいです。聴覚的で、現時的です。これもおそらくは〈俳句らしくない〉とおもいます。
また〈これが季語なんだよ〉という指示性があまりありません。たとえばこの句でいえば「春風」よりも「ヒトハイキカエル」のインパクトが強烈です。なにか「春風」よりも「ヒトハイキカエル」の方が絶対的に入るべきであったことばのような気さえしてきます。これもおそらくは〈俳句らしくない〉とおもいます。

でも、金原さんは俳句の方です。これは間違いない。
じゃあ、なぜわたしは〈あえて〉間違うことを続けているのか。

ひとは〈間違える〉ことでもう一度境界線を問い直すことがあるからです。

この金原さんの句では「ヒトハイキカエル」と語り手が春風から耳打ちされています。耳打ちなので、ほんとうに生きるかどうか怪しい感じです。しかもそう言っているのは春風です。春風にほんとうに人間のことがわかるのかどうかわかりません。「ヒトハイキカエル」もカタカナ語です。もしかしたら春風から耳打ちされた春風語を語り手が翻訳して「ヒトハイキカエル」と書いたのかもしれません。だから、誤訳の場合もある。

わたしはこんなふうに思うのです。
この句ではあえてたくさんの〈怪しさ〉が仕掛けられているんじゃないかと。
ことばを語る春風、耳打ちというコミュニケーション、カタカナ語で語られることば、「イキカエル」という言説、それを俳句化する語り手。
この句には読み手に対してたくさんの〈怪しさ〉を運んできます。

でも、それとともに、こんなふうにも問いかけているようにも、おもいます。

あなたはなぜもっと間違わないのかと。

ことばは間違えることで別の意味を運んできます。
生も、そうです。ふとした誤りの選択が、思いがけない選択肢を運んでくることもあります。
そして間違えることによって、形式を問い直すことさえ、はじめるのです。表現の形式においても、生の様式においても。

その意味での、「イキカエル」なのではないかとおもうのです。
「イキカエル(生き返る)」はひとつは死者に向けられています。これは生者からの死者へのことばです。ひとはいきかえりはしないけれど、それでもわたしたちはそれが間違いだとわかっていても、呼びかけ、ことばにすることがある。
そのときもうひとつの「イキカエル」があらわれてきます。「生き変える」です。
わたしたちがどれだけ間違った選択や呼びかけをしても、それでもわたしたちは「生き変える」ことができる。これはむしろ死者から生者へのことばだとおもいます(正確にいうと、生者から呼びかけた死者を通してもういちど生者にカエってきたことばです)。

「生き変えられる」のは、「生き変えられない」ものをわたしたちがすでに知っていて、でもそれらも含めながら、それでも生きていこうとするからじゃないかと思います。多くの行為や意味は、差異からなりたっています。「生き変えられない」ことをたくさん教えてくれるひとびとがいる/いたからこそ、「生き変える」という行為でもって応答することができます。
そしてそのとき、じっさい、「生き返る」でさえ、機能しているようにさえおもいます。生者だけでなく、死者もなんどもわたしたちに呼びかけてくる。

だからこの金原さんの句の「ヒト」は、生者も死者もふくむとおもうのです。
そしてそれらの往還関係を春風だけが知っている。でも、ふつうにコミュニケーションしたのでは、すっと流されてしまうかもしれないから、あえて「耳打ち」をした。たちどまってくれるように、また、間違ってくれるように。

正しい春ではなく、なんども悩み、ためらい、それでもむかえる間違った春のなかで、なんどもわたしたちは「イキカエル」ようにおもうのです。


posted by 柳本々々 at 00:00| Comment(0) | 柳本々々・一句鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする