2015年07月02日

木曜日のことのは蒐集帖 B 代々のマトリョーシカ

代々のマトリョーシカでいきましょう  一戸涼子 (川柳カード 第7号)

三十年以上前、露文好きの友人からプレゼントされて以来、マトリョーシカが好きだった。
わたしのマトリョーシカは、その後みたものの多数が四頭身のドラえもん体型だとすれば、ボーリングのピン状に近く、ほっそりしていた。プラトークも衣装もシンプルで、顔立ちはバイオリニストの佐藤陽子さんに似ていた。ニスの匂いのする木製で(材料は菩提樹が多いと聞く)ひねると真ん中から上と下に分かれ、中からやや小さいマトリョーシカが出てくる。それもまた上下に分かれて、さらに小さなマトリョーシカが現れる。背丈順にならべるとマトリョーシカは五体だった。
意外だったがマトリョーシカの歴史はまだ百年強で、1900年のパリ万博に出展されひろく知られるようになった。箱根の七福神人形がヒントになったという説もある。(箱根の入れ子の一番外側は、額の長い福禄寿である)歴代の大統領など違うかたちを収めたマトリョーシカもあるが、やはり魅力は、同じかたちの大小が取り出せることで、もしこれが無限に続くと想像すれば、幻惑的な自己増幅である。

代々のマトリョーシカ」とは愉快である。
「代々の」というのを、ひとつのマトリョーシカからとりだされたものとは考えないから、増幅をはらむマトリョーシカに代々という時間の方向がくわって、空想上のボードゲームの升目が背丈のちがうマトリョーシカでばらばらばらと埋められていくようでおもしろい。

「いきましょう」は「今日の先発はマトリョーシカでいきましょう」という語感にひびく。
すると空想の升目をうめたマトリョーシカ達がいっせいに屈伸をはじめたりもするのだった。

         
posted by 飯島章友 at 00:45| Comment(0) | 木曜日のことのは蒐集帖 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする