2016年03月09日

【ゲスト作品を読む】タイムマシンは段ボール製

弥生三月のゲスト作品は、奇妙な問題がつづられた、いなだ豆乃助さんの『問題山積み』。


幽霊の手相診るまで帰れない
どこまで出かけているのだろう。冥途行きの切符を買ってのお出かけなのだろうか。
それにしても幽霊に手相があるって想像したことがなかった。みるのは過去か未来か。未来だったらおもしろい。幽霊にもある未来。「帰れない」と大真面目のおかしさ。

パイ投げの身長制限に引っ掛かる
「身長制限」といえばおもい浮かぶのはCAとテーマパークのアトラクション。前者は機内の荷物収納棚に届くかどうかという基準らしく、後者は安全のため。たとえばディズニーシーのレイジングスピリッツだと117センチ以上OK、195以上NG、補助なしですわれること、なんて書いてある。
でもパイ投げの身長制限はいったいどんな理由からだろう。「161センチ以上の人はパイ投げできません」とか?ばかばかしくておもしろい。そして「161センチの人しかパイ投げできません」というのはもっとおもしろい。パイ投げがしたくて背伸びをしたり、膝を曲げてみたり。週末こそパイ投げをと意気込んでいたのに、「EAT ME」と書かれたお菓子を食べたアリスまでとはいかなくても、うっかり一晩で成長してしまい身長制限を超えて歯噛みするひともいるかもしれない。パイ投げをするのもたいへんなのだ。

Amazonの箱が終の棲家です
Amazonの箱には清潔感がある。こざっぱりとしている。ロゴの品のいいアピールがさわやかである。「a」から「z」にのびる矢印は「なんでもそろっていますよ」というメッセージで、その矢印はほほえんだ口元のようにカーブしている。
だがAmazonの箱は開けられる定め。それが終の棲家だということは、届け物は開封されなかったという意味なんだろうか。「Amazonの箱が終の棲家です」という言い切りが大げさでおもしろい。
Amazonの箱は、遠い次元の発注者のもとへ永遠の旅を続ける、段ボール製のタイムマシンなのかもしれない。

靴べらをコレクションする有閑マダム
「有閑マダム」って死語かと思っていた。すくなくともわたしの周囲では聞かない。「有閑マダム」という言葉を自分に向ければ自虐。ひとにむければからかい。川柳のなかに置くと、仕立てようとする意識が出すぎるかもしれない。
でも「靴べらをコレクション」はおもしろい。靴べらなんて、然ほど差異はないと思うのはわたしだけで、世の中には多種多様な靴べらがあるのかもしれない。
パイソンのヒールにはこれ、ガラスの靴にはこれ、というふうに決まっているのだろうか。それとも曜日毎?
使われることのない靴べらの群れかもしれない。コレクターは靴を履かない。靴べらを蒐集する素足の女性。素敵である。

一読してナンセンスな世界のようで、いや、だからこそか?
さまざまな物語が空想できる句がいくつもあり、たのしく読んだ。




posted by 飯島章友 at 01:02| Comment(0) | 今月の作品・鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする