2016年04月09日

えんえんと藤のうまれるブリキ缶 (2)

えんえんと藤のうまれるブリキ缶      八上桐子

八上さんが書いてくださった『この春の』のなかで、この句が一等好きです。

川合さんが「えんえんと」のかな遣いに言及されていました。
「えんえんと」は延々であり、うまれでる声であり、永遠という音を連想させる、
なるほど、と思いました。
それと「うまれる」。
生まれる、だけでなく、わたしは「倦む」という言葉も連想してしまいます。
和歌の、掛詞のような、仕掛けだと思います。

ですが、わたしはなによりこの句の映像に参りました。

以前、どなたの作品か失念しましたが、
鉄工所と桜をとりあわせた俳句を読んで、きれいだな、と思ったことがありました。
藤とブリキ缶もとてもきれいです。
鉄工所と桜はどっしりしていますが、藤とブリキ缶はシュール。

大きさが釣り合っていないところがおもしろい。
日本画の、銀箔と藤色。
しかも動画です。
藤はうまれつづける。
束芋の映像作品みたいだ。

うつくしい藤をみあげるとき、ひょっとしたら、たどっていけば、ブリキ缶に行きつくかもしれない。
そんなふうにこれからは思えるかもしれない。

また、藤をうみ続けるブリキ缶がどこかにあると想像してみる。
それは案外わたしのなかかも。










posted by 飯島章友 at 19:36| Comment(2) | 今月の作品・鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする