2017年02月05日

(マックイーンの絶対の)危機:200字川柳小説  川合大祐

状況は急迫している。「本日は閉店しました」の貼り紙を留めておく五寸釘が全部引き抜かれて、閉店することができない。それなのに客はひとりもやって来ない。明日は局地的に核戦争が始まるかもしれないのに、運が悪い。隣が金物屋なので、五寸釘を買って来ようかと思うが、その隙に客が来ないとも限らない。何もかも限らない世界の、限られた終末がやって来ようとしている。状況は急迫している。だから、叫べ、「たすけて〜」と。

  「たすけて〜」と干ぴょうは叫べない  岩田多佳子(ゲスト作品「くぐもる」より)

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2017年02月04日

2ぽ なんだかぶきみなことが 安福望×柳本々々−田島健一句集『ただならぬぽ』から−

安福 たじまさん、ブログで

  句集なのでどこから読んでもかまいませんが、1ページ目から読んでいってもらえると、先の読めない予告編をあつめた、予告編だけの映画を観たような気分になれるかも知れません。もしご覧になる機会があれば、そんなつもりで読んでみていただけるとありがたいです。

ってかいてたんですよね。だから、じゃあ、起こったあとなんだけど、起こってることをうまいこと編集してるかんじの句、なのかな、とか、予告ってことはまだ起こる前ってことかな、とか考えたりしていたんですけどね。なんかよくわかんなくなってきました(笑)。

柳本 なるほどなあ。予告だと起こってないかんじですね。

安福 人にみられるまでシンメトリーの桃とか豆にしらないひとがいるとか、なんか予告っぽいですよね。いまからはじまるかんじがします。なんだかぶきみなことが。

柳本 いまちょっと面白いなと思ったのは、田島さんが俳句を映画と関連づけて考えているところだと思うんですよね。田島さんって、俳句の基礎的な部分を考えてるうちに、他ジャンルのことも考えざるをえなくなったところがあるんじゃないのかなあって時々おもうんですよね。だからあとがきで、俳句が俳句であることを書かれたんじゃないのかなあ。

安福 ああ。

柳本 映画をたとえにするのっておもしろいですよね。映画っていってみれば、なにもなくても・なにかが起こってる場所だから。

安福 えっ、あっ、そうかあ。なにもなくてもおこってるばしょですか。映画って、みえてないそのまわりにめちゃくちゃ人がいるのがふしぎだなあっていつもおもいますけどね。うつってないんだけどほんとはまわりにいっぱいひといますよね、一人の場面でも。あれふしぎだなあ。

柳本 映画って、いってみれば、ただの光なんですよね。ただの光しかみてない状態だと思うんですよ、ひとの。つまり、「ぽ」ってかんじの光をみて、かってにイメージをうつしてるだけで、ただたんにひかりしかみてない、スクリーンの。なんか、ひとの感覚の根っこの体験ですよね、映画って。ただの光をみてるんだから。さいきん、安井浩司さんの原稿を読ませていただく機会があってそのときに、そもそも俳句の〈根っこ〉ってなんなんだろう、って考えたんですよね。どうやって、ひとは俳句の根っこに出会うのかなって。それって、筑紫磐井さんや攝津幸彦さんについて書いたときもおもったんですよ。根っこってなんだろう、って。それで、田島さんも現代詩手帖でずっと時評を書かれているんだけど、どうも、俳句をめぐる根っこについてかんがえられているんじゃないかって気がしたんです。

安福 田島さんの句集のいいなと思った句に、

  根の研究あかるくて見えにくい蝶  田島健一

があるんですよ。これいいなあとおもって。

柳本 ああ、これいいですね。いやほんとに、まさに「根の研究」なんだと思います。その、表層の部分としての「蝶」は、見えないというか。見えにくいのか。田島さんって「根の研究」者なのかなあと思うときがあるんです。根の研究をするためには蝶をいったん見えにくくする必要があるというか。

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柳本 これまたやすふくさんの昔の作品なんですよね。これもおもしろい作品ですね。

安福 雲の本なんですよ。

柳本 きのうの芽Amazonも場所が志向されていたけれど、今回の雲の本も本が雲化することによって場所が志向されているんですね。そうかんがえると、安福論としても今の絵につながってて面白いと思うけど、こうやって田島さんの句集と組み合わせてみると田島さんの句ももくもくなにかが生成されてるかんじってありますよね。

安福 わたしの好きな句で、

  蟬時雨いるような気がすればいる  田島健一

っていう句があるんですけど、これってなにかが生まれてるかんじしますよね。生まれてるところにたちあってるというか。

柳本 ああ、「いるような気がすればいる」ってなにかが生まれることの根っこなんじゃないですかね。この「いるような気がすればいる」っていうのも俳句の根っこのひとつなんじゃないかな。俳句であるような気がすれば俳句である、っていう。

安福 そうしたら、すべてのものがいえるじゃないですか。わたしであるような気がすればわたしである、とかね。

柳本 だから、その、あの、根っこ。


posted by 柳本々々 at 21:49| 川柳サロン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月03日

1ぽ ぽがいっぱいはえるかんじ 安福望ぽ×柳本々々ぽ−田島健一句集『ただならぬぽ』から−

安福 「これまで書いてきたものは、結局書けなかったものの堆積なのかも知れない」って『ただならぬぽ』のあとがきに書かれてるんですよ。

柳本 へえおもしろいですね。そもそも、挫折したところ、〈去勢〉されたところからはじまってるんだ。「ぽ」には苦(にが)みもあるんですね。

安福 やぎもとさん、挫折と去勢、好きですね。

柳本 うーん、さいきんなんか自分のテーマってけっきょくそれなんじゃないかと思ってるんですよ。

安福 あとがきで、「私の息切れや痙攣のような一句一句を」とも書かれてます。この句集、「息のおわり」っていう連作でおわりますね。

柳本 ああ、息とも関わりがあるんですね。そういう長さをもったものと、でも逆の、息切れとか痙攣の瞬間的な短さとも関わりがあるのかあ。あんまり、「ぽ」でなんでも語っちゃダメなんですけど、そういうすべてもろもろをひっくるめると、もう、「ぽ」としか言い表せないような気がしますね。まだ、それをいいあらわすことばはこの世界に生まれてないから。

安福 俳句だけど、よみやすいなっておもいました。

  人に見られるまでシンメトリーの桃  田島健一

ってあるんですけど、

柳本 ああはい、

安福 あと、

  いんげんまめ家に知らない人がいる  田島健一

なんか川柳の読みやすさがあると思いました。

柳本  ああ。なるほど。ぶきみですね、どっちも。

安福 ほんとですね。

柳本 田島さんの句ってぶきみさがあるとおもいますね。もし現代川柳につうじるとしたらそこなんじゃないかな。

安福

  回し見る桃にちいさく起こる風  田島健一

もありました。あ、でもこれなんか俳句っておもいましたね。

柳本 すぱっと切ってある感じがするからかなあ。「風」で。あの、今までの句、なんか、起きてますよね。タルコフスキーの映画みたいに。なんかが、起きる。俳句ってしずかな文芸だと思うんですけど、だけど、田島さんの俳句のなかでは、なにかが起こる、ってかんじがするんですよ。なんか独特の起こり方。でも、俳句でも川柳でもないような起こり方な気がするんだけど。ぽ、ってなんかが起きるときの音ですよね。

安福 俳句は起こったあとのことをあらわすんじゃないですか。

柳本 ああそうですね。田島さんの俳句では起きていることをあらわしている気がして。だから、「ぽ」。「ぽ」っと起こる。ひかりでも、いきでも、ことばでも、風でも。俳句は起こったあとのことを描いて、川柳は起きているときのことをあらわすのだとしたら、なんかそういう両方のことを想起させるのが「ぽ」なんじゃないかとおもって。それって、〈ただならない〉ことですよ。安心して暮らしてるひとにとっては。

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柳本 これやすふくさんが撮ってくれたんですが、おもしろい写真ですね。この芽の〈ぽ〉感が、すばらしい。

安福 その下の芽のやつは、私の昔の作品ですよ

柳本 え、そうなんだ。いろんな才能あるんですね。これおもしろいですね。なんか、〈ぽ〉のひとつのコンセプトが造形化されてるきもするけど。そうかあ、発芽かあ。

安福 アマゾンの箱に生えてるんですよ。

柳本 ええっ。Amazonの箱。やるなあ。

安福 なんかそのころ、アマゾンの箱、なんかにつかえないかなあっておもって。

柳本 Amazonの箱って、なんかアートにちかづくっていうか、なんか生まれますよね、ダンボーとか。

安福 あと白鳥と黄色い花の箱がありますよ。アマゾンの箱ってふたがあるから、それがいいなあってなんかできないかなって思うんですよね。

柳本 Amazonの箱って生態系をつくるんだね。〈ぽ〉って生態的なんだなあ。ぽって生態がはびこることなのかもしれませんね。句集タイトルの「ただならぬぽ」ってすると、「ぽ」がいきものめいてくるし。

安福 そうですね。ただならぬ、だから、なんか妖気を発してるかんじ。

柳本 田島さんの句でも白鳥を定食にしちゃう白鳥定食の句とか芭蕉がふたりになったりする句があるんですけど、生態がただならぬ生態系なんですよね。なんかね、生態系的なんですよ。その意味で、「ぽ」はあらゆる生態系の始原というか。なんか、まずはじめに「ぽ」ありき、なんじゃないかと思います。はじめに言葉ありき、じゃなくて。聖書のね。これ、ただならぬ「ぽ」のひとつの造型って感じしましたね。

安福 ぽがいっぱいはえるかんじね。

柳本 なんかこう、田島さんの句っていろんな入り方がある気がするんですよ。視覚から考えたらぽはどうなんだとか、造型から考えたらどうなんだとか。ある意味、どこかで、ラフなかんじでむきあうことをゆるしてくれる句集かもしれないなともおもうんですよね。なんかこの芽Amazonをみたときに、ふっと、そうおもったんです。俳句の全方向化というか。

安福 芽アマゾン(笑)


posted by 柳本々々 at 18:51| 川柳サロン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月01日

くぐもる   岩田多佳子


叩かれてちいさくなったタンバリン 

ストッキングにくぐもらせてる濃い空気

日常のこれは小鼻と思うパン

魔法瓶うつらうつらと鎧ぬぐ 

「たすけて〜」と干ぴょうは叫べない 

注意せよブラックバスの停留所

ニット帽の中しきりに炭火焼き 

字体から天使立体裁断中



【ゲスト・岩田多佳子・プロフィール】
京都市在住。元「川柳黎明舎」舎員。
句集『ステンレスの木』


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posted by 飯島章友 at 00:00| Comment(0) | 今月の作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする