2017年03月01日

6ぽ なにがただならなかったのか 安福望×柳本々々 田島健一さんの句集『ただならぬぽ』を佐藤文香さんのツイートから考える

昨日のNHKカルチャーは句集の読み方という回で、田島健一『ただならぬぽ』(ふらんす堂)をとりあげたが反応がまちまちだったなあ。でもここでわたしがよさをゴリ押しするのも違う気がしたのであえて意見を統合したりしなかったのであった。私のぽ愛はまたどこかで。
     佐藤文香さんのツイート



安福 佐藤文香さんが、NHKのカルチャーセンターみたいなとこの講座で、ただならぬぽを紹介したんですけど、反応がまちまちだったとおっしゃってましたね。句集をよむという講座だったみたいです。そうなのかあって思ったんですけど。

柳本 田島さんの俳句ってどう読んでいいのか実はだれもわからないんじゃないんかって昔ふっと思ったことがあったんですよ。それは私も田島さんの句にであって、こんな俳句をつくられる方がいるんだってびっくりしたのもあるんだけど。ただそれが田島さんの俳句なのかなあって。
俳句以外のひともすごく田島さんの句集読まれてますよね。そこらへんにもなにか理由があるんじゃないかと思って。
でもおもしろいのは、田島さんの句って絵は描きやすいんですよね。イメージは浮かびやすい。それもふしぎだなあ。「ぽ」って文字だけだと「ぽ」だけど絵にしてくださいって言われたら、ひかりを描いたりとか、わりといろんなことできますよね。そうなると「ぽ」ってなんかリンクみたいだなっておもうんですよね。クリックするといろんなとこにつながっていくハイパーテキストみたいだなって。ぽ、ってね。

安福 (聞いている)

柳本 わたしはね、あの句集を読んでいて、《出来事未満句集》だと思ったんですよ。これは《出来事未満》を出来事として描いた句集なんじゃないかと。あえての俳句未満の句集というか。へんな言い方ですけど。あえて未満の領域につっこんでいく出来事が出来事になったり、俳句が俳句になったりすることをかんがえる。
だからもう俳句観というか、なにかこう《観》ができあがっちゃってると、よくわかんないって抵抗がでるのかもしれないですよね。
「白鳥定食」の句があるんですけど、「白鳥定食」ってへんな言葉でしょ。だれもわかんないと思うんですよ。でも構造として考えてみると、白鳥と定食が分割できなかった世界なわけですよね。それって、まだ白鳥未満、定食未満の世界なんだっておもうんですよ。だから白鳥定食みたいにハイブリッドなものがうまれる。ちょっと宮沢賢治の世界にもちかいですよ。境界が未満の世界でいろんなものがぐじゃぐじゃしてるって。
あと私が好きな句で、滝のそばで結婚式あげてると猫たちがあつまってくる句があるんですよ。これなんか結婚未満の風景だとおもいます。結婚って、社会的なもので、社会的承認みたいなところがあるけど、ここでは猫たちが承認しようとしてるわけでしょ? それだと結婚、成り立たないですよ。だから未満の風景。でもそれによって結婚のふしぎな感覚がでてきますよね。
この句集でね、ひかりをみる映画、っていう句があるんですよ。映画は物語をみるんじゃなくて、この世界のひとは、映画をみるとき、ひかりをみてるわけです。映画未満をみているというか。でも実は映画ってひかりなわけですよ。テレビとか、スマホも、まあ印象派の絵画みるとわかるけど、世界ってひかりなわけですよ。みえてるのは実は。意味で区切ってるけれど。そこには光しかない。

安福 なるほど、出来事未満。だからたじまさんも、予告編っていってるんですね。

柳本 未満って根っこのことですよね。映画は光って、映画の根っこは光なんですよ。結婚の根っこに猫たちがあつまってくる。猫と根っこだと思って。

安福 猫と根っこ。出来事未満って光のことなんですね。

柳本 菜の花はそのまま出来事になるよ、っていう句があって。なんかね、《出来事の探索者》なんですよ。この句集にある風景って。出来事懇親会、みたいなのしてるわけです。出来事会談というか。あれって出来事になる?ってきいて、いやあれはどうかなあ、うーん、あれはね、ならない、とか。

安福 はあ。

柳本 菜の花? あああれはもうできごと。できごとになるわ。あのまんまで、とか。
ただ、出来事ってなんなのかってかんがえてみると、出来事って出来事っておもったときにあらわれるものだから、出来事そのものが生成の現場なんですけどね。出て・来る・ことみたいなね。

安福 (聞いている)

柳本 だけど、なんか、この語り手は、出来事かどうかでとらえてるから。そうすると出来事って出来事未満になっちゃうんですよ。ふつうひとは、これって出来事かなあ、とか思いませんからね。

安福 あ、そうですね。辞書だと、「世間に起こる様々な事柄。また、ふいに起こった事件・事故」ってなってますね。

柳本 この句集の語り手は、出来事をいまだにじぶんのなかで自然化できてないひとなんじゃないかなあ。だから宮沢賢治の語り手みたいにね、世界のいちいちの出来事に驚いて記述している。出来事未満の場所に降りていって。

安福 出来事の根っこ。

柳本 あるいはですよ、名詞とか事物を出来事としてみてるから、だから映画とかいちごとかぽとか白鳥定食とかも出来事にみえてしまう。それそのものが、ですよ。言葉そのものが出来事にみえてしまう。それはなんていうか、まあ、事件ですよ。名詞の事件というか。ぽはなんか事件ってかんじするんですよ。ただならぬぽだし。なんかただならないことが起こってるわけでしょう。出発はそこなんですよ。やばい、ってとこからはじまってるから。しかもなにがやばいかっていうと、ぽがやばいわけでしょ。なんかそのもろもろぜんぶただならぬ状況ですよ。ぽの事件なんですよ。

安福 (聞いている)

柳本 実存的な句集と現象学的な句集があるとおもうんです。田島さんの句集は、実存的じゃなくて、現象学的なんだとおもう。どういうことかというですね、コップをみているじぶんをかんがえながらコップをかんがえるとコップがへんになっていきますよね。こういうものと自分の関係をさぐるのが現象学なんですよ。現象をかんがえるんです、あらわれてくるものを。

安福 なんかマトリックスで、スプーンがうにょんってなるの思い出します。

柳本 実存的っていうのは、わたしはコップをいまみている! これがわたしなんだ! これいがいにわたしはないんだ! これがわたしの存在なんだ! これがわたしの現実であり、世界であり、人生なんだ! っていうのが実存的ですね。〈わたしの生〉にウェイトをおく。

安福 わたしとコップが両想いみたいね

柳本 世界や物と両思いになれてこそ、わたしの実人生がいきいきしてくるからですよ。ぽ、は実存的じゃなくて、現象学的なんだとおもいますね。

安福 (私は聞いている)

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写真・作品:安福望(モールサンタは市販)

posted by 柳本々々 at 21:31| 川柳サロン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いばひできを読む柳本々々

らりるれれ季節変わりの声変わり  いばひでき

らりるれれ/り/りとラ行音によってリズムがつくられているのがわかります。

以前から興味があったのが、川柳に出てくるラ行音です。

ちょっとヒントになることを八上桐子さんが徳永怜さんの句を引きながら書かれていました。

Re:Re:Re:Re:Re: もっとRe:Re:Re:Re:  Re:Re:Re:Re:Re:  徳長怜

徳長さんのこの句をですね、八上さんは「音読」をして「リリリリリ もっとリリリリ
リリリリリ」と読まれたんですね。「切実さを帯びる」のが「効果的」と書かれています(『川柳木馬』150•151号、2017年1月号)

で、この「Re:」だけみれば意味としてはメールの返信になっていくんだけれど、でも八上さんが示したように短詩っていうのは律でもあるので、リリリリリリリリリリと続いていくことで、鈴虫が鳴いているような、ベルにせき立てられているような、音の切迫感が出てくるわけですよね。

ラ行っていうのはつまり、そうした音から読むことの示唆なんじゃないかっておもうんです。

小池正博さんがこの同じ『川柳木馬』で川柳の、いや、表現の出発点っていうのは、〈既知のわたし〉ではなくて、言葉をとおしてあらわれてきた〈未知のわたし〉にであうことなんだよ、と書かれていたんだけれども、こうした、リズムとしての言葉の主体性がたちあがってくるしゅんかんにたちあうことも〈未知のわたし〉にであうことなんじゃないでしょうか。それはときに、無意識であり、ふいうちであり、意想外であるんだから。

わたしはこの律、リズムのふいうちの感じになにかちょっと可能性があるんじゃないかとおもうんですね。それは短歌もそうなんじゃないかとおもうんです。 

で、長い遠回りをしていばさんの句なんですが、いばさんの句がおもしろいのは、

らりるれれ季節変わりの声変わり  いばひでき

というふうに「り」というリズムに引っ張られて「変わり」が二回も出てきたところにあるとおもうんですよ。これはラ行音のリズムを意識しはじめたとき、すなわち、「れれ」と反復し気づいてしまったときに起こってしまった〈大変化〉なんじゃないかとおもうんですよ。

だから、そういう律に気づいたわたしの変化の句として読めるんじゃないかとおもったんです。

連作タイトルは「ギター」。音が走り始めてしまったとき、わたしはどんなわたしにであうのか。みすぼらしいわたしなのか、それともきらきらしてるのか、それとももじもじしてるのか、それとも、まごまご、いや。

谷底に落としたギター逃げ出した  いばひでき

posted by 柳本々々 at 07:09| 今月の作品・鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ギ タ ー   いば ひでき


ポン菓子の合図で春の組体操

折り紙の花言葉「愛」鍵かける

白夜来て南極熊が踊り出す

大人用ステッカー貼り春を待つ

音外すギターにほんのはあもにい

崖っ淵でほくそ笑んでるコップ酒

谷底に落としたギター逃げ出した

らりるれれ季節変わりの声変わり



【ゲスト・いば ひでき・プロフィール】
ことばについてあれこれ考えるのが好きな関西人です。
「短歌人」、「川柳ふあうすと」、俳句誌「里」などで作品を発表しています。
短歌と川柳と俳句を融合させたり分離させたりしながらことばを紡ぎ出しています。


縦書き画像をご覧になるばあいは以下をクリックしてください
ギター.gif


posted by 飯島章友 at 00:00| Comment(0) | 今月の作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする