2017年03月03日

短詩から考える古畑任三郎 安福望×柳本々々−古畑ファーストエピソード「死者からの伝言」(犯罪者:小石川ちなみ【漫画家】=中森明菜)

柳本 短詩ではよく対句表現ってありますよね。反対のことばをリズムはおなじで使う表現。たぶん昔話でも対句表現って使われていて、「おじいさんは山に芝刈りに、おばあさんは川に洗濯に」も対句表現だとおもうんです。
で、この昔話なんかもそうですけど、そういうリズムとか構造がことばをひっばっていくことがありますよね。
それってドラマでもみられることだとおもうんですよ。
それでちょっと考えてみたいのが『古畑任三郎』のいちばん最初の第一話なんです。中森明菜=小石川ちなみが犯人の回です。わたしいちばんこのエピソードが《殺人に力はいらない》っていう古畑の魅力を描いていていちばん好きなんですけど。すごく暗いんですよね。初期の古畑ってどれも暗いんですけど、嵐のなかの洋館でいちばん暗い。もてあそばれたおんなのひとがころしちゃうはなしです。巨大な金庫にとじこめて。
ただこれラストがなんかいみてもよくわかんなかったんですよ。はじめてみたのが中学生だったので、それ以来、古畑事典や謎本系やノベライズ版を読んだんですけど、やっぱりよくわかんない。ただ最近、短詩をかんがえていたら、あれ、ってちょっとわかりかけたんですよ。
最後に今泉があわてて走ってきて「下でひとが死んでます」っていうんだけど、古畑はマンガを読みながら「犯人は上」っていうんです。それがね、ずっとわからなかったんですよ。なんでそんなこと言うんだろって。
そのまえに事件解決があって、小石川ちなみが「ひとりで部屋で泣いていいですか」っていうと「どうぞ」っていうんだけど。ちなみがまあ逃げるかもしれない可能性があっても古畑は意を決して「どうぞ」って言ったわけですよね。それで犬にもついていてあげてくださいってやさしく言ってる。やさしさを示したんですけど、そのあと入ってきた今泉に、「犯人は上」ってすぐ言っちゃう。なんか冷たいなとおもって。冷たいなとおもうし、なんかさっきまでのやりとりがだいなしだなとおもって。今泉はがさつなキャラクターじゃないですか、そのがさつな人間をこれから泣いているちなみのもとにおもむかせるのかと。よくわからないなって。
泣いていいっていったのに、今泉につかまえてこいってなんかひどくないかなあって。せっかくあたたかい交流したのにね。
それがね、よくわかんないんですよ。好きだからなんびゃっかいもみたんだけど。

安福 え、中森明菜が上の階で泣いてるんですよね。今泉に犯人は上っていうんですよね。

柳本 はい。なんでそんなこというんだろうとおもって。今泉は「よし、わかった!」っていってうえにはしっていくわけなんですけど。なんかやさしくないよね、と思って。

安福 古畑さん、ずるいなあ。今泉に逮捕させるんですね。じぶんじゃなくて。じぶんはやさしくせっしたおとことしているんじゃないですか。わからないけど。

柳本 ああそういう考え方もありますね。それは新しいな。自分で逮捕したくなかったのかあ。それはありですね、ひとつ。ただなあ、あれだけやさしい交流があってかよいあったのになあ。三谷幸喜さんってラストをすごく気遣うひとなんですよ。それは刑事コロンボがもともとそうなんだけど、古畑でもラストのしめって大事なんだけど、これだけよくわかんなくて。

安福 おんなのひとが犯人のときってやさしいですよね。古畑さん、だいたい。

柳本 ああ、三谷幸喜さんの劇は基本的にそうなんじゃないですかね。女のひとの過酷な面って描かれないですよね。どちらかというと男のひとが女のひとを崇拝している構造ですよね。それによって物語が動いていくというか。

安福 わたしは、今泉に上っていってるから、つめたいっておもわなかったんですよ。あの場にいるのって、中森明菜、古畑、今泉だから、上っていわれて、犯人はもう中森明菜しかいないですよね。そんで、今泉は、その「上」っていわれたことで、もうすべてがおわったって察したんじゃないですかね。今泉は、死体をみつけて、古畑さんしらないだろうからって報告いったんだけど、その「上」のひとことで、すべておわったんだなあってわかったんだとおもう。今泉おふろからあがったとこだったし、あれですぐにはつかまえるってならないですよね。服着替えて、どういうことですか? って、まず古畑さんにきくんじゃないですか。だから、中森明菜が泣く時間ってじゅうぶんもらえてるっておもいました。

柳本 え、今泉、着替えるんですか? うーん、そうかなあ。今泉ってがさつなキャラクターですよ。人の家にびしょぬれでびちゃびちゃあがっていくような。だからそのままの姿で、「よしわかった」って走っていくとおもうんだけどな。
だから、がさつに行くだろうからね、どうして古畑は今泉に「犯人は上」だなんていったんだろうって。嘘をいうならわかりますよ。それまでも今泉をおざなりにあつかってたんだから、嘘をついて、「犯人は外」ならわかるんですけど。

安福 シャツとパンツだから、まず服きるんじゃないですか。そんで、もっかい古畑さんのとこくるっておもった。

柳本 うーん、なるほど。そうかあ。

安福 あれが、なんかいけすかないおっさんとかだったら、がさつにいくだろうけどきれいな女性だからいけないとおもう。あんなお屋敷にいるおんなのひとにがさつにいけないんじゃないかなあ。

柳本 でもその一話の今泉はがさつなおとこだからはしっていっちゃったんだとおもうんですよ。そこがわたしの長年の違和感だとおもうんです。今泉をだませばいいのにとおもって。そのあとさんざんつめたくあたるのに。いやもうそのはなしでつめたくあたってるけど。時系列としては一番目じゃないですけどね。

安福 そうか、じゃあはしっていっちゃったのかなあ。わたしのなかのいまいずみははしっていかなったんですよ。今泉をだますより、漫画がよみたかったのかもね。あと犬がいるから。今泉ががさつにいったら、犬がとめるかも。犬においかけられて、もどってくるかも。

柳本 ああそれはちょっとおもしろいけど笑
「下で人が死んでいます」「犯人は上」ですよね、ラストの台詞が。
これもしかしてただの対句なんじゃないかってふっとおもったんです。下と上の。
うーんでもこのせりふはね、それまでのちなみとのやりとりがだいなしになってるとおもう。三谷幸喜さんはラストかならずきのきいたことをいうんですよね。それでこの回は、下と上を対にしたんだとおもうけど。きみょうなことになってるとおもうんですそれが。きのきいたことばをいったがために、物語がぎもんをなげかけてる。それまでのちなみとのやりとりは? って。

安福 ああ、そうですね。それまでのちなみのやりとりとぜんぜんちがいますもんね。たしかに下と上かあ。

柳本 ただなんていうかな、こう冷たくね、対句にして、泣いていた犯人をあっさり逮捕させちゃったのは、犯人にたちいらないっていう古畑の態度をいちばん最初の一回目で象徴させたともいえるとおもうんですよ。刑事コロンボでこの古畑の「死者からの伝言」とまったくおんなじつくりのエピソードがあるのね。「死者のメッセージ」っていう。推理作家のおばあさんが義理の甥を殺すはなしなんだけど。これも金庫にとじこめてころすはなしなんですけど、わたしはコロンボでやっぱりこの話がいちばんだいすきなんですね。なんでかっていうと、力のないおばあさんでも殺人者になれる、コロンボと対等に戦えるっていうコロンボは言葉の劇だっていうことを端的に示してるエピソードだから。
それで、さいご、わたしはもうおばあさんだからわたしを見逃してくださいってこのおばあさん、コロンボに頼むのね。ちなみにこの台詞は、古畑では、加藤治子の回の「偽善の報酬」でも使われたけど。でもね、コロンボはたすけないんですよ。おばあさんを。しっかり逮捕する。あなたがプロでいらっしゃるようにあたしもプロだから、って。それでおばあさんは納得してにっこりするんだけど。だからふたりのきもちはかよいあってるんです。そして友情と仕事は別っていう。

安福 あ、そうか。古畑もべつなんですね。

柳本 その別!ってありかたに、コロンボと古畑のかちかんが端的にでてるとおもうんですよね。だけど、陣内孝則の「笑うカンガルー」の回で古畑は犯罪をおかしたおんなのひとみのがしてもいるからそこらへんちょっとよくわかんないんですけどね笑。

安福 笑うカンガルーって川柳っぽいタイトルですね。

柳本 これはオーストラリアのことわざで、男に逃げられた女のひとをカンガルーが笑うっていうらしいんですけど。ただ邦訳するとふしぎな語感がでてきて、マジカルな川柳っぽくなるのかなあ。

安福 話もどしますけど、やっぱり、あの「上」にわたし、違和感なかったんですよね。でもそれは、もう古畑をしってしまった私がもう一度みたから、違和感なかったのかなあ。これ一回目なんですよね。はじめてみたら、違和感わくのかも。
うーん、わたしはやっぱり今泉ががーってあのとき上にいかないだろうっておもったんですよ。

柳本 殺人犯だから着替えないでわたしは行ったとおもうんですけどね。

安福 えっ、あの姿で? パンツじゃなかったでしたっけ? いやいかないですよ。おんなのひとだし、さっきあったとこだし。お風呂までいれてもらってて

柳本 たぶんちなみとはわかんないじゃないですかね。古畑は「犯人は」としかいってないから

安福 あ、そうかあ。

柳本 だから暴漢みたいのがいるっておもうかと

安福 ああ、なるほどなあ。そこまで考えなかったですよ。

柳本 「犯人は外」とか今泉をだますならわかるんですけど、それだとおわりのことばとしてきがきいてないですよね。

安福 そうですね。

柳本 下の死体と上の犯人の対句、しかもそういう下と上って示すことで建物や空間がキーワードになってる殺人だったんだよってことを端的に示す。

安福 ああ、そうですね。

柳本 この建物ってちなみが漫画家で売れて手にはいったものですよね。ずっと暖炉のある家にすむのが夢だったって。でもかんたんにかなっちゃったわけですよね。家は手にはいったけど、でも恋愛は手にはいらなかった。そういう、手にはいったものと手にはいらなかったものの話ですよね、これは。この事件は。そして、手にはいったもののなかで殺人をした。手にはいらなかったものを殺した。そういう心理的な建物をめぐる事件だとおもう。ちょっと綾辻行人さんみたいだけど。

安福 建物の話だね。あの建物を手に入れてなかったら、殺人もおこってなかったかも。

柳本 でも、さいしゅうてきに、上にいられたちなみはなにか救いはあるってことかもしれないですね。このあと裁判で無罪になって結婚するので。明石家さんまが無罪にしたんですけど

安福 ああ、そうかあ

柳本 あとはそういう犯罪者と死体のまんなかにいつも古畑はいるっていうことですね。上には犯罪者、下には死体、まんなかに古畑任三郎。だれも、であえない。そこから、始まった。それぞれが孤独な場所から。
古畑はこんなふうに上と下の事件ではじまったんですけど、いちばん最後のエピソードの「ラストダンス」は松嶋菜々子と踊りながら終わるんですよ。それは上も下も右も左と前も後ろもない世界でしょ。そういうダンスっていう二人が向き合って、コンタクトしあいながら終わったのはとっても象徴的だとおもいますね。古畑任三郎とはなんだったかというと、けっきょくこの上と下がなくなっていく話だったんじゃないか、と。

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古畑任三郎の絵:安福望

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古畑任三郎の絵:柳本々々


posted by 柳本々々 at 21:50| 川柳サロン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする