2019年03月27日

喫茶江戸川柳 其ノ参


小津 毎回テーマを変えて江戸時代の17音を味わう喫茶江戸川柳、今月もやってまいりました。

飯島 いらっしゃいませ。このお店では江戸川柳、つまり江戸時代の川柳を楽しみながら珈琲を召し上がっていただけます。

小津 こんにちは。今回は私の方からお願いしたいメニューがあるのです。幽霊もののセットを味わってみたいのですが、季節はずれでも注文できますか?

飯島 はい、よろこんで! 幽霊は怖いですよね。こっちがどんなに鍛えても勝てそうにない。元プロレスラーの前田日明さんは英国武者修行時代、下宿先で少女の幽霊から「キャン ユー ヒア ミ―?」と声をかけられて身がすくんだそうです。

小津(苦笑)。

飯島 わたしですね、文献上の日本の幽霊っていつ頃からあったんだろう、と思って調べてみたことがあるんですよ。そうすると人魂ではあるのだけど、最古のものとして『万葉集』巻16に〈人魂のさなる君がただひとり逢へりし雨夜の葉非左し思ほゆ〉という歌があると分かりました。

小津 それはまた随分と良い歌ですね。

飯島 で、時代は少し下って9世紀の『日本霊異記』の上巻第12話や下巻の第27話には、中国の幽霊譚の翻案と思われるものが見られます。そして12世紀の『今昔物語集』になると、日本独自の幽霊譚が複数確認できるようになる。ただし、鎌倉時代から江戸時代前期くらいまでをみると、怨念の表象として鬼や蛇の姿をとるものも多かったみたいです。〈おのれ時平と黒雲の絶間より〉という江戸川柳があります。この句からは、菅原道真が鬼のような雷神姿になって時平に復讐する場面が想われますよね。鎌倉時代の「北野天神縁起絵巻」のあれです。

小津 いま見てきました。雲が低い! 家屋の中に垂れ込めて怖かった…。

飯島 『誹風柳多留』が人気のあった江戸時代中後期になると、本人の姿をした怨霊が主流になって、白い死装束・長い髪・うらめしや、という記号も出来上がっていたみたいです。今のJホラーの代表作といえば『リング』ですけど、あの作品に出てくる貞子もそういった記号の延長なんでしょうね。

小津 足が書かれなくて、着物の裾や髪の毛がひらひらしているという絵。あれは人魂が肉化してああなったのかなあ、なんて思います。

飯島 あー、なるほど。もしかしたら潜在的にそういうことがあったのかもしれませんね。それでは少々お待ちください。

      * * *

お待たせいたしました、本日の江戸幽霊セットです。

  幽霊の足はしやぼんのはなれぎは
  幽霊の留守は冥途に足ばかり
  皿割つた下女どんぶりにされるなり
  目を皿のやうに井戸からうらめしや


小津 最初の句はどういった意味ですか?

飯島 わたしもはじめは(何だろう?)と思いました。これは、しゃぼんをストローで吹いたとき……あ、江戸時代だから細い竹の管で吹くんですが、しゃぼんの離れ際ってちょうどマンガの吹き出しみたいになるじゃないですか。

小津 はい、なります。

飯島 それが幽霊の足の部分に似ているってことですね。見立ての句です。

小津 そっか。あれを足と見たのね(笑)。足はないんだと思ってた。  

飯島
 ところでね、今の結社川柳の世界では、川柳は一読明快でなければならない、とよくいわれるんです。でも、そう言い切れるのかしら、とよく考えます。柳多留初篇の冒頭の句は〈五番目は同じ作でも江戸産れ〉というものです。「江戸産れ」という表現は、柳多留のマニフェストになっている気もしますが、同時にちょっとしたクイズ形式にもなっています。本やネットで調べればすぐ分かるんで説明は省きますが、要するに川柳は必ずしも一読明快ではないんですね。「幽霊の足は〜」なんてまさにそうだと思います。

小津  発見が露わに書かれるのではなく、ちょっと包んだ感じで書かれていたりしますよね。其ノ壱で見た、百人一首の川柳などもひとまずの迂回があった。直裁的すぎて、笑えない質の野暮にならないように。次の〈幽霊の留守は冥途に足ばかり〉はすごい! 言われてみればそうなのですけど、いままで誰も思いつかなかったんじゃないのってくらいの大発見。こういう絵が実際にあったら面白いのに。冥土の道に、足だけがずらーっと並んでいるの。

飯島 ぶっとんだ発想の句ですよね。江戸川乱歩の小説では、鼻やら口やら腕やら足首やら、人間の各部位が群れなす触覚彫刻の部屋が描かれていましたけど、この句は足ばかりがずらーっと並んで上半身の帰りを待っているんでしょうかね。

小津 そう思うと切なくもありますね。いろんな感情が入り混じって良い句です。次の〈皿割つた下女どんぶりにされるなり〉も快作ですよ。笑える。花マルをあげたい。

飯島 3句目と4句目は「皿屋敷」の句です。3句目の「どんぶり」、これは皿の縁語であり、掛詞でもあります。でも「どんぶりにされる」ってどういう意味でしょう? わたし、20代のとき、前田勇編『江戸語の辞典』という三千円の辞典を買ったんです。

小津 演芸関係を調べるのに便利そう! それにしても渋いですね。

飯島 ええ。何でそんな渋い辞典を若者が買ったんだかよく分からないのですが、とにかくその本によると「どんぶり」は丼のほかに、「@どぶんと身を湯に沈めて Aどぶん と音を立てて。どぶんと水に飛び込む。」という意味の副詞もあるようです。わたし、これは知りませんでした。下女、つまりお菊は井戸へどんぶりとされるわけですね。

小津 掛詞とは気づきませんでした。そうか、どんぶりこ、のどんぶりなのか。 

飯島 どんぐりころころどんぶりこ、ですね。何か皿屋敷の句が可愛くなっちゃった。

小津 〈目を皿のやうに井戸からうらめしや〉は絵にすると可愛い。こちらも「目を皿のやうに」の部分が掛詞になっている。

飯島 皿屋敷だけにね。うらめしの「めし」も縁語的狙いがあるのかもしれません。この句はわたし、映画「リング」に出てくる貞子を思い出しました。テレビ画面に映る井戸から貞子があらわれ、画面から這い出てきて目をかっと見開くシーンがあるんですよ。あらんかぎりの怨念をさらけ出した眼でね。
ところで、最後にわたしから質問させてください。小津さんって霊体験はあるのでしょうか?

小津 ないです。でもね、高校生の頃、金縛りに苦しんでいた時期があるんです。毎回、寝入り端に幻覚を視るのですが、それが、たくさんの兵隊さんが諸手をあげたポーズで「うぉーーー!!!!」と叫びながら私の身体の上を踏んづけてゆく、というので超怖かったです。バカSFの読みすぎで、脳みそとけちゃったのかと思った。
今日もおいしい川柳をありがとうございました。

《本日の幽霊セット》
幽霊の足はしやぼんのはなれぎは  あ、写実なのですね度 ★★★☆☆   
幽霊の留守は冥途に足ばかり  このアイデアはなかった度 ★★★★★
皿割つた下女どんぶりにされるなり  かんべむさし度 ★★★★☆ 
目を皿のやうに井戸からうらめしや   昭和のお茶の間にぴったり度 ★★★★☆

posted by 飯島章友 at 22:00| Comment(0) | 川柳サロン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする