2019年09月05日

福島真澄著 句集『指人形』

著者  福島真澄
発行  昭和40年11月1日
発行所 川柳研究社


夜空に穴あけて ほら 覗く誰か
グラスは赤いチユーリツプで 気体の対話
隕石の凹みよ お前の堕落が 地球だなんて
数字或る日タダになるお報せ
月の裏側の屋根から御出勤のネクタイは 朱
標本室に 心臓の化石は姓貼られ
角膜移植が 抜け出した太陽の傘を 借りる
化石の蓋で 太虚の指紋に睡る 貝よ
恵まれた虫食ひパンの翅を食べる
水色の匙よりこぼれ夏を滲ませる仔猫


福島真澄は林ふじをや時実新子とおなじく川上三太郎の教えを受けた。『指人形』も川柳研究社から発行されている。タイトルは同集に収録された、

指人形に静寂しじまを吹かせ夫がゐない

から取ったと思われる。彼女の著書は『指人形』の他に、『福島真澄集』(「川柳新書」第34集)と『福島真澄集』(「短詩型文学全書」川柳篇第2集)がある。

福島の『指人形』を読んだとき、想像力の可動域の広さに驚いたものだ。というのも、もしこれが昭和50年代前半の作品だといわれれば、まあまあ有り得るかなと思うのだが、同集は昭和40年以前の句が纏められているのだから、進取の気性に富んでいるとしかいいようがない。

そんなわけで福島真澄という柳人の来歴が気になり、同集の散文を読んでみた。それは川上三太郎による「序」、今野空白と片柳哲郎による「跋」、そして著者福島真澄じしんの「あとがき」である。すると、福島は十数年にも及ぶ療養生活でベッドに埋まった日々を送っていたことが分かった。想像力の可動域がここまで広いのには、そのような厳しい事情があったのだ。

彼女の十数年に亘る闘病生活は、それこそむごいものであった。それこそ身動き一つできない十数年であったからである。従って彼女は〈心〉だけで生きていくよりほかはなかった。だからそうして生きた。眼は病室の天井を見つめているだけである。
(『指人形』所収・川上三太郎「だいなみっくに」)

福島の「あとがき」によると、今野空白にすすめられて川柳を始めたという。昭和24年のことだ。今野の「跋」にもその当時のことが書かれている。

真澄と僕との出会いは、僕がインターン時代の昭和二四年であった。当時、終戦後の混乱が抜けきらぬ掘立小屋のマーケット乱立時代に、真澄は聴覚と嗅覚の自負のみで病いと闘いはじめた頃で、蒼白な細い少女の身体をベッドに埋めていた。その瞳は同情や哀れみを拒否するように澄んでいて、カチッと合ったその瞬間は鮮明であった。
(『指人形』所収・今野空白「冬の花火」)

当時の福島が置かれていた環境を知ったうえで以下の川柳を見たとき、最初のときと読み方がまったく変わってしまった。当初は背景を知らなかったので、「不自由さが拾へば」「平熱に駆け下りられる」「返されるだけを叩く」という言葉の妙を純粋にあじわい、その奥行きまでは感得できなかった。

不自由さが拾へば身体ごと拾ふ
平熱に駆け下りられる坂がある
この壁は返されるだけを叩く壁だ


『指人形』には、川柳的な悪意(?)のまじるユーモラスな句も散見される。ユーモラスの背景に厳しい環境があったのは疑いえないが、読み手としてはまずテクストを楽しみたい。その点からすると、じつにプロフェッショナルな句集といえるのではないか。

開けゴマ 盗まれた小銭 蜂になれ
教科書に咲いた桜は散り給へ
うなだれた街灯に刻の袋が重たいぞ
愛は眼鏡を拭いて消えないか
小粒の銭を交換する 何とまあ蜜豆です
ウエイトレスのハ行が間投詞を摘み歩く


現在、福島真澄が川柳界で語られることはあまりないように思う。川柳アンソロジーにもほとんど載っていない。わたしの所有している本だと『明治・大正・昭和三代 現代川柳の鑑賞』(山村祐・坂本幸四郎/昭和56年/たいまつ社)に福島が取り上げられているくらいだ。わたし個人の力ではどうにもならないが、インフラストラクチャーとして川柳アンソロジーがもっと必要だと感じる。

最後にその他の福島作品を数句紹介しおこう。

喚きたい涙ならば魚語よ光れ
断層に物の怪を嚥む君主たり
ゴム風船に 世界が入つた 逆さの空
青信号の瞳孔から冠≠フある十九世紀の濶歩
ハタと動画 光る涙の音を消せ


作品は作者の感懐や、つぶやきにおわるのだろうかと福島真澄は問うのである。そして一個の人間の感情というものには、ペンで鮮やかに描けるような、素直な理想的なものばかりが溢れているのだろうか、と言うのである。つねに疑惑のない、やすらぎの感懐の中に、生きている限りは居られる筈がない。というこの作者は、自らの内部の世界を凝視し分析する。そしてそこに作家としての福島真澄の位置があった。
(『指人形』所収・片柳哲郎「天狼星の下に」)

posted by 飯島章友 at 00:00| Comment(0) | 川柳論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする