2019年11月04日

喫茶江戸川柳 其ノ捌

小津 こんにちは。

飯島 いらっしゃいませ。あ、小津さん。さいきんお越しにならなかったのでどうしたのかなと思っていたんですよ。

小津 さいきんは家にこもって、言葉遊びの俳句を作っていたのですが、少し手づまりになってきて。今日は江戸川柳で気分転換しようと思って来ました。何か面白いメニューはありますか?

飯島 江戸時代は言語遊戯の全盛期ですよね。でも、万葉時代からすでに言語遊戯的なことは行われていたみたいです。たとえば有名なところでは、『万葉集』巻12の2991番〈たらちねの 母が繭隠まよごもり いぶせくもあるか 妹に逢はずして〉。ご存じのように万葉集は平仮名・片仮名ができる前だったので、この歌も「垂乳根之 母我養蚕乃 眉隠 馬聲蜂音石花蜘蟵荒鹿 異母二不相而」と漢字で記されています。この四句目にあたる箇所がくせものです。ここでは「い」=「馬聲」、「ぶ」=「蜂音」、「せ」=「石花(カメノテのこと)」、「くも」=「蜘蟵」、「あるか」=「荒鹿」というふうに対応しますが、「い」を馬聲に、「ぶ」を蜂音にしているのがとても興味深くないですか?

小津 はい。書いた人も読解した人もすごいです。

飯島 「いななく」や「ぶんぶんぶん」に通じますよね。ついでにいうとこの四句目、すべて生き物で当てています。

小津 5種の動物「馬聲・蜂音・石花・蜘蟵・荒鹿」か。楽しんでいるのが伝わってきますね。華やかなところもいいな。

飯島 それでは私が言語の権化となって言葉遊びの句を揃えてみましょう。少々お待ちください。

      * * *

お待たせいたしました、本日の言葉遊びセットです。

 同じ字を雨雨雨と雨るなり
 分散に世をうつせみのから箪笥
 おまんまをはりはりで喰ふ按摩取  都々一
 雪は鴨を煮て飲んで算段す
 日のくれの門にしばらく母はたち (歌人考)


最初のはけっこう有名な句で、「おなじじを あめさめだれと ぐれるなり」と読みます。

小津 字面がめちゃめちゃ実験的で面白いです! 春雨(はるさめ)のサメ、五月雨(さみだれ)のダレ、時雨(しぐれ)のグレ。〈雨はあめさめだれぐれと読むべけれ木綿の袖をぬれとほるまで/小池純代〉という短歌はこの川柳に由来するのですね。

飯島 次の句の分散は「@身代限り。破産。A屋材家財一切を売り払って家を畳むこと。B芸娼妓が借金返済などのため、自己の所有物一切を売り払うこと」です。空蝉の〈殻〉と〈空〉箪笥とのダブルミーニングになっているほか、〈うつせみ〉は〈世〉にかかる枕詞ですから複雑な構造です。なんか説明しながら頭がこんがらがってきました。私はどこ、ここは誰。

小津 あはは。掛詞って、短歌狂歌ではマニエリスムの域に達していますけれど、俳諧川柳では複雑なのがあんがい少ないかも。この〈分散に世をうつせみのから箪笥〉は物悲しい句ですね。掛詞、蝉、無常観といった特徴から〈朽ち果てしその蜩の寺を継ぐ/佐山哲郎〉を思い出します。

飯島 次の句のはりはりは「はりはり漬け」のことです。切り干し大根を酢と醬油に漬けたもので、私も子供のころよく食べていました。これは都々逸を完成させた都々一坊扇歌の句です。彼は川柳もよく作っていて柳多留に何句も収録されています。掲句は漬物の「はりはり(漬け)」、肩の「張り張り」、按摩の「鍼鍼」が掛けてあるのがわかりますが、もしかしたら漬物を食べる「ぱりぱり」も意識しているかもしれません。

小津  都々一坊さんだけあって寄席で受けそうな感じがします。3つ以上の語彙が掛かるのもすごいし、〈おまんま〉と〈あんま〉の韻の踏み方も上手です。

飯島 ああ、そう言われればそうですね。ところで、私は昔の歌だと西條八十作詞・服部良一作曲の「蘇州夜曲」が好きなんですが、この歌は歌詞が都々逸調になっています。ってか、そもそも昭和の歌謡曲って都々逸調がすごく多いです。江戸時代以来の都々逸調と西洋由来のモダンなメロディ。歌謡曲からも近代日本のあり方が見えてくるような気がいたします。

小津 都々逸が小唄から歌謡曲にそのまま移行しているのかしら。今まで気づいたことがありませんでした。次の〈雪は鴨を煮て飲んで算段す〉は?

飯島 これは歌謡曲ではなく、謡曲「鉢木」にある一節「雪は鵝毛がもうに似て飛んで散乱し」をもじったものです。言わば地口的な手法、語呂合わせみたいなものですね。たとえば「猫に小判」→「下戸にご飯」、「舌切り雀」→「着た切り娘」という感じ。さて掲句は、雪の降る日に友人たちと鴨鍋をつつき、お酒を酌み交わしつつ、遊びに行くための算段をしている場面です。原文とはまったく違った内容に作り変えています。

小津 なるほど。これが一番現代でも生きている言葉遊びかもしれませんね。音一辺倒の「空耳系」ってことですもんね。次の〈日のくれの門にしばらく母はたち〉。これどこに言葉遊びがあるのでしょうか。

飯島 これは『誹風たねふくべ』に収録されている「隠句」です。隠句は謎謎句のことで、句に隠されている謎を読み手が当てるために作られた川柳です。

小津 この連載でも、百人一首の回でマスターが取り上げていらっしゃいましたね。あのあと自分でも調べて、問〈三人で一人魚食ふ秋の暮れ〉、答〈藤原定家〉なんてのを知りました。

飯島 たねふくべにはヒントとなるイラストもついているので、読者は楽しみながら謎解きができる内容になっています。まあ、ここではイラストをお出しすることはできませんが、川柳だけからでも十分に謎解きが楽しめますよ。たとえば〈馬鹿だけに身をかへり見てりんきする〉(食物考)という隠句。これは、身をかえりみる馬鹿→かば、りんき=焼きもち、ということから食べ物を考えていくと、答えは「蒲焼き」になります。あと〈しやくやくに和名はなしと思ひけり〉、これは〈しゃくやくに〉を四八九八九二と見てそれを合計すると四十、和名はなし→唐となりますから、答えは「四十雀」。なんか「どこにいる?」→「105216」といったポケベルの暗号メッセージを思い出します。では同じ要領で小津さんに、〈日のくれの門にしばらく母はたち〉(歌人考)の謎を解いていただきましょう。歴史上の歌人から導き出してください。

小津 うーん、柿本人麻呂〈燈火の明石大門に入らむ日や漕ぎ別れなむ家のあたり見ず〉でしょうか? この和歌には「日のくれ」に相当する語がないけれど、そこは枕詞の「燈火の」で代用して…。

飯島 わあ! 答え云々よりも教養の深さに驚いてしまいました。なにか答えを申し上げるのが怖くなってしまいましたが、正解は「小野小町」です。日が暮れても子供が帰らないので、お母さんが心配して門で待っている情景から、子待ち→小町となるわけです。

小津 あ、「子待ち」か! 早押しクイズとしては抜群の問題ですね。考えすぎてしまいました。

飯島 言葉というのはおもしろいですね。言葉には伝達的な側面がありますけど、歌や句も含めた詩的な領域では伝達におさまらない側面があると思います。その意味では現代の短詩型文学でももっと言葉遊びが見直されていいのに、なんて思うことがあります。偉い方々からは怒られそうですが。

小津 今日は楽しい言葉遊びがいっぱいで、とてもリフレッシュできました。家に帰って、私も心機一転、言葉と戯れてみようと思います。マスター、今日もありがとうございました。

《本日の言葉遊びセット》
同じ字を雨雨雨と雨るなり     滴る教養度 ★ ★ ★ ☆ ☆         
分散に世をうつせみのから箪笥   マニエリスム度 ★ ★ ★ ★ ☆
おまんまをはりはりで喰ふ按摩取  寄席芸人っぽい度 ★ ★ ★ ★ ☆   
雪は鴨を煮て飲んで算段す     空耳アワー度 ★ ★ ★ ☆ ☆
日のくれの門にしばらく母はたち  早押しクイズ度 ★ ★ ★ ★ ★

posted by 飯島章友 at 21:30| Comment(0) | 川柳サロン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする