2019年12月31日

浪越靖政「時間無制限一本勝負」を読む

今年最後の「今月の作品」は浪越靖政さんの「時間無制限一本勝負」でした。

タイトルをはじめとして、各句にも「裸締め」「卍固め」「場外乱闘」「異種格闘技」「タイガーマスク」「裏技」と、プロレスリングに関わる言葉が使われています。でも、プロレスそのものを詠んでいるわけではない。「あいだがら」「痴話喧嘩」という言葉も使われているように、人との付き合いをプロレスになぞらえて描いた連作だと思います。

この10年ほどでしょうか。いわゆる「昭和プロレス」を振り返る書籍がつぎつぎと出版されています。ただしその内容は、プロレス界の人間関係や人間模様に焦点のおかれたものが多いように思います。当時を知るレスラーや関係者が「実は当時あの人のことをこう思っていた」と証言していくものですね。そう、(なぜか日本の)プロレスマニアというのは、試合結果以上に人間ドラマを楽しむ傾向があります。実際、プロレスの世界はとても人間臭いのです。そのような訳で、人との付き合いをプロレスになぞらえるのは上手い方法かも知れません。

裸締め掛け合っている あいだがら

裸のお付き合い、つまり隠し事がない間柄ということでしょうか。ところでスリーパーホールドとは、相手の頸動脈を圧迫して失神させる技。同じように、裸のお付き合いだからこそ大きなリスクを伴うこともあるので、要注意です。

お約束の場外乱闘 痴話喧嘩

場外乱闘とは穏やかでありません。しかし、ここでは「お約束」といっているのですから一種の儀礼なのでしょう。同じように痴話喧嘩にも儀礼的な機能があるのではないでしょうか。
むかしのレスリングには紛争解決の儀礼的な側面があったと聞きます。部族間の代表同士が試合をするのですが、かならずドローで終わるのです。その意味では痴話喧嘩もレスリングといえるかも知れません。こまめに痴話喧嘩するくらいが長続きするのです。
尤も、儀礼のつもりが修復不能な喧嘩に発展してしまうこともあります。それは信頼の基盤が失われ、ノーコンテストや制裁マッチになってしまう試合と似ているのです。

ときどきは異種格闘技も試したい

わたしは馬場派・猪木派、あるいは全日派・新日派というスタンスをもっていません。好きで好きでしょうがないプロレスラーもいません。わたし、プロレスファンとしてはじつにツマらないタイプなのです。しかし、だからこそ少々公平に発言できると思うのですが、昭和の頃は新日本プロレス(猪木)のほうが全日本プロレス(馬場)よりも人気がありました。
その理由のひとつとして、新日本には異種格闘技戦という目玉があったからです(アントニオ猪木とモハメド・アリが戦ったことは、いまの若い格闘技ファンでも知っているはずです)。
当時の異種格闘技戦は特別な試合。その非日常感はいまの総合格闘技以上だったと思います。それに対して全日本(馬場)は、プロレスの領域を外れることがありませんでした(アントン・ヘーシンクの柔道ジャケットマッチなど一部例外的なものはありましたが)。それは堅実ではあるもののマンネリと紙一重です。
夫婦や恋人の関係が冷え込む一因にマンネリがあります。だからこそ、〈サプライズ〉という異種格闘技戦で非日常感を出し、アクセントを付けるものなのかも知れません。
尤もジャイアント馬場はマンネリを突き抜けた結果、ある時期から新日本プロレス以上に支持を集めはじめました。これも人間関係と重ねることができそうではありませんか。

裏技まで使い果した昼の月

当連作は「明烏呼ぶまで時間無制限」で始まり、最後に上掲句で終わります。連作の主人公は昨日の夜から、あらゆる工夫をこらして他者と交わってきたのでしょう。場外乱闘をし、異種格闘技戦をおこない、虎の覆面をかぶり。だが、とうとう主人公は「裏技」まで表に出してしまった。空には「昼の月」がうっすらと呆けたように浮かんでいる。まるで、すべてを出し尽くした主人公のように。

ちなみに、わたしの川柳はランカシャーレスリングでありたいと思っています。ですから、句会=興行で受けようが受けまいが関係ありません。道場で黙々と技術を追及していくのみです。

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2019年12月28日

筒井祥文川柳句集『座る祥文・立つ祥文』

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筒井祥文川柳句集『座る祥文・立つ祥文』
2019年12月発行
編者:樋口由紀子
発行人:富山やよい・くんじろう
発行所:筒井祥文句集発行委員会
装丁:くんじろう
絵:酒井かがり
校正:きゅういち
会計:山口ろっぱ
集句協力:藤本秋声
(句集を入手したい方はくんじろうさんのTwitterに連絡するのがいいと思われます)


筒井祥文さんは平成29年の秋まで「川柳結社ふらすこてん」の主宰でした。川柳結社という呼び方も川柳界では珍しいですね。歌壇で「結社」といえば、縦の人間関係にもとづきながら専門人を養成していく組織のことですが、川柳界では結社と名乗るグループを見かけません。グループ名にあえて結社を付けた意味を祥文さんにお訊きしたかったです。

祥文さんが亡くなったのは平成30年3月6日。樋口由紀子さんのあとがきによると、この句集の制作は、病室での祥文さんのつぶやきがきっかけになったそうです。「好きなことをして、人にも恵まれて、いい一生だった。しかし一つだけ悔いがある。それは句集を出せなかったことだ」。

わたしは以前、祥文さんと自動車の中で一緒になり、川柳についていろいろなご意見をうかがったことがあります。とにかく既成川柳界について仰りたいことが山ほどあったようで、話しはじめたらとまらない感じだったのを憶えています。憂国の士という言葉がありますが、そのときの祥文さんはまさに憂柳の士。川柳にたいする情熱と誠実さが伝わってきました。

以下、同句集より。

湯どうふのさっぱり君が解らない
「さっぱり」という言葉を媒介にして「湯どうふ」から「君が解らない」へと無理なくつなげていく技術。言葉選びが的確です。それでいて、どこかトボけた可笑しみもある。「君」というのが湯豆腐を指すのか、あるいは一緒に湯豆腐を食べている人を指すのかは解釈のわれるところでしょうが、もしかしたら両方とも指しているのかも知れません。摑みどころのない豆腐の質感に接したとき、そういえば僕は貴方のことも全然解っちゃいないなあ、なんてね。

仏壇の奥は楽屋になっている
「仏壇」から「楽屋」への飛躍が意表を突きますが、その意表性が可笑しみにもつながっています。2時間サスペンス「赤い霊柩車」シリーズの大村崑みたいに、「コラ、いつから仏壇は舞台になったんや」と突っ込みたくなる句。しかし、よくよく考えてみると仏壇も壇なのですから、楽屋(控室)への飛躍はけっして強引ではない。そういえば選や句評での祥文さんは、独善的な飛躍にシビアでしたね。僕ってコトバ派のアーティストだから〜と自称しても、独善や陳腐は見抜かれてしまうものです。

台風一過 稚魚の命が透けている
鳥の声 水は力を抜いている

祥文さんはこういう句も書くわけです。二句目などは八上桐子さんの川柳といわれれば信じてしまいそうです。「稚魚の命が透けている」「水は力を抜いている」は理知的な表現ですが、風景を観察したうえでの実感がつよく伝わってきます。理知と実感はけっして対立し合うものでないことが分かる二句です。

無い袖を入れた金庫がここにある
広辞苑よりも分厚い野次が飛ぶ
大きなことを小さな文字で書く人だ
結局は最高裁に叱られる
再会をしてもあなたはパーを出す

いわゆる「伝統川柳」の柳人たちが、もし情熱と誠実さをもって自分たちの表現法を追及していったなら、きっとこのような句を書くに違いない。思わずそんな想像をしてしまった五句です。祥文さんはふらすこてん誌で「番傘この一句」という記事を連載していました。「番傘」誌の中から佳句を引用し、どこがいいのか寸評を加える内容です。また、ふらすこてんの中期以降は「祥ファイル」という記事も掲載し、伝統川柳界に厳しい批評・批判を展開していました(ただしこの記事の初出は「天守閣」)。これらの連載記事を見ても、またその中でたびたび言及される岸本水府への傾倒ぶりを見ても、伝統川柳への熱い思いが伝わってきたものです。

最後に、句集の内容から離れてしまいますが、「祥ファイル」について少し述べておきましょう。祥ファイルで展開される川柳評論は、ほぼ毎号、既成の川柳界や川柳人に厳しい批評・批判がなされていました。誤解のないように言っておきますが、批評・批判(クリティシズム)とは、物事の前提や枠組みや臨界を明らかにした上で、現状の是非を論ずることです。批評・批判は危機(クライシス)を感じたときになされるのですから、祥文さんは既成川柳に危機を感じる数少ない川柳家だったといえるのです。本当はすべての柳人に「祥ファイル」を読んでいただきたかった。

ほとんどの柳誌に前号鑑賞欄があるものだが、そこに書かれていることは日常会話の延長程度のものが多くて韻文としての読みが展開されているものをまず見かけない。「私も似た境遇ですからあなたの気持ちが分かります」だの「親の心子知らずなどと申しますから」などというのは全くの世間話でしかない。しかし私も無い物ねだりをしている。出句されている句自体が散文を五七五に整えたものに過ぎないのだから、句ではないものを句として扱っている今の川柳界は極めて深刻な状況にあると、そんな風に私は見ている。

「ふらすこてん」第25号所収「祥ファイル『難解句ではダメか』」より(初出は「天守閣」777号)

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posted by 飯島章友 at 12:00| Comment(0) | 柳誌レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月08日

喫茶江戸川柳 其ノ玖

小津 こんにちは、また来ました。

飯島 いらっしゃいませ。

小津 前回の言葉遊びの川柳はとても新鮮でした。あのあとしばらく変わったことがしたくて、いろんなリズムの本を読んでみました。

飯島 リズムといえば私はこのごろ、都々逸のリズムに関心をもっているんですよ。前回、生き物でそろえた万葉仮名〈馬聲蜂音石花蜘蟵荒鹿〉というのを見ましたよね。「夜露死苦」や「仏恥義理」のルーツみたいなあれです。あのあと、興のおもむくままに動物の都々逸を作ってみました。〈美女のうなじに気を付けなさい盆の窪には蛇がいる〉なんてね。そこでどうです、小津さんも動物の都々逸を作ってみませんか?

小津 動物の都々逸ですか。ではわたしも即興でひとつ。ええっと 〈土手でぱくつくハンバーガーが今日はなんだか犬の味〉。

飯島 犬の味! 生類憐みの令の時代ならとんでもない事態ですね、それは。

小津 すみません、私、おなかがペコペコみたいです。

飯島 では小津さんの空腹を満たすタンパク質たっぷりの川柳をお出ししましょうか?

小津 ぜひお願いします。

飯島 それでは少々お待ちください。

      * * *

お待たせいたしました、本日の萌え萌え動物セットです。

 犬のたいくつ縁側へあごを乗せ
 まけた猫鼠花火のやうに逃げ
 小笠原流ではひ出るひきがへる
 突あたり何かささやき蟻わかれ
 蚊になつて金魚売をくつてやる


動物そのものを詠んだ句を選んでみました。たとえば〈亭主とはぐるにやあでゐる猫上り〉は猫上り=芸妓上りのことですし、〈酔覚に河童は皿の水をのみ〉の河童はUMAですから、今回は入れておりません。

小津 情景が一瞬で浮かぶ句が多いですね。

飯島 動物は動きとか姿態自体が面白いので、それをしっかりと活かしたものに佳句が多い気がします。

小津 〈犬のたいくつ縁側へあごを乗せ〉、おかしみがありつつも、ふざけているのではなく、あくまで写生なところがいいですね。

飯島 犬カレンダーにありそうな姿です。

小津 確かに! はっきり〈たいくつ〉と言っているのが効果的だと思いました。次の〈まけた猫鼠花火のやうに逃げ〉も舌を巻くような写生です。

飯島 花火にことよせて猫を鼠に転化しています。

小津 そうなんですよね。トムとジェリーみたいなウイットが効いています。次は〈小笠原流ではひ出るひきがへる〉。これとても好きです。

飯島 小笠原流は室町時代から続いている礼法ですね。ひきがえるの動きを小笠原流に見立てるのが川柳の流儀です。

小津 なんでもない風景を、大言壮語的に見立てたところに、川柳的な笑いがありますね。

飯島 次の句ですが、私は子供の時分、まさにこんなふうに思いながら蟻を観察していました。まあ実際、蟻は口を付けあうことで情報伝達しているようですけどね。

小津 この〈突あたり何かささやき蟻わかれ〉は写生といっても、他の句とは違って動物学者みたいです。ファーブルっぽい。作者自身の把握しきれていない知見が含まれているところが。

飯島 最後の句ですが、この句の主体は何者だと思いますか?

小津 〈蚊になつて金魚売をくつてやる〉の〈蚊〉になったのは誰かということですか? うーん難しい。ここがわからないと、句意自体がわからないのですね?

飯島 この句は、作者が「ぼうふら」の気持ちを代弁しているんです。成り代わりの句と言えばいいのでしょうか。ほら、ぼうふらって金魚の餌にされるでしょう。

小津 なるほど。こういった復讐劇というのは当時の人々にとっては飲み込みやすい見立てだったのでしょうね。マスター、今日は本当に萌え萌えな感じでした。おなかもいっぱいになりましたので、川べりを散歩してきます。ごちそうさまでした!

飯島 またどうぞ。──タンパク質かあ。河童ってどんな肉質なんだろう。


《本日の萌え萌え動物セット》
犬のたいくつ縁側へあごを乗せ  動物カレンダー度 ★ ★ ★ ★ ★
まけた猫鼠花火のやうに逃げ   トムとジェリー度 ★ ★ ★ ★ ★
小笠原流ではひ出るひきがへる  マナーの達人度 ★ ★ ★ ★ ☆
突あたり何かささやき蟻わかれ  アンリ・ファーブル度 ★ ★ ★ ☆ ☆
蚊になつて金魚売をくつてやる  江戸の演劇空間度 ★ ★ ★ ★ ☆

posted by 飯島章友 at 23:30| Comment(0) | 川柳サロン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月01日

時間無制限一本勝負/浪越靖政


明烏呼ぶまで時間無制限

裸締め掛け合っている あいだがら

何度でも卍固めの心地よさ

お約束の場外乱闘 痴話喧嘩

ときどきは異種格闘技も試したい

タイガーマスクになると元気なお父さん

タイガーマスクきのうのベッドに置き忘れ

裏技まで使い果した昼の月



【ゲスト・浪越靖政(なみこし・やすまさ)・プロフィール】
1973年 新聞投句で川柳開始。
現在、柳誌「水脈」編集人。ほかに「川柳スパイラル」「触光」「川柳さっぽろ」な
どに投句。
句集「ひと粒の泡」(95年)、「発泡酒」(02年)、「川柳作家ベストコレク
ション」(18年)。


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