2020年09月04日

千春『てとてと』を読む 2

ぬくい神様/八上桐子

   手もとから産声あげるその文字は今の私になってゆきます

 千春さんにとっての書くことを表す一首だと思う。
 千春さんの川柳、短歌、詩は、一見やさしそうでいて手強い。大胆に自己をひらいてくれているのに、わかった気になれない。絶妙のわからなさ加減に引き込まれてゆく。

   トイレットペーパーの怯える命
   ずっとここにいたい泥の匂いだね
   こんばんは潮騒は足りていますか?
 
 カラカラ怯えるトイレットペーパー。安心する泥の匂い。夜に必要な潮騒。ことばとなって現れた感性そのものが独特。句集全体を通して、作為や虚飾はあまり感じられず、実感ベースで書かれていると思う。誤解を恐れずに言うと、ふしぎちゃん系だ。
気づいたら、トイレットペーパーをやんわり手繰っていた。弱い生き物に接するみたいに。千春さんを通して、モノ、ことに触れなおすことで、世界が更新されている。

   私は私が一番大事、脱ごう
   ひくいところでくちびるをなめる
   雪を練りはじめている私が産まれる

 自分を大事にするために、生身をさらけ出す。私を語ろうとする、ひくいところ。雪を練って産まれる私。自己愛と自己否定にゆれる、モノローグ的作品も多い。私からはぐれないように、私を確かめるために、私を受け止めるために、湧き起こってきた感情を素直に書きとめているようにも感じる。

   例えば、女の自分に慣れてきた
   時間になる母にも樹にもなれない
   初恋の人はみずうみ生理中

 60年代に時実新子から広がった私の思い、女の思いを書く川柳。旧来の性役割を前提とした社会通念に反発しながらも、女であることからは解放されなかった。千春さんの女は、その延長線上とは別の角度から表現されている。新子から60年。性別に対する違和など新しいジェンダー観が、ついに川柳にも登場した。その点でも注目していきたい。
 
   神様が泣き出したので背を撫でる
   神様は玄関先でぐーぐー満ちる
 
読み終えて表紙に納得。やわらかくてじんわりぬくくて、油断ならない、猫のような句集である。
posted by 川合大祐 at 08:50| Comment(0) | 川柳句集を読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする