2020年12月24日

「川柳杜人」268号 終刊号

川柳杜人268号(2020冬)
発行人 都築裕孝
編集人 広瀬ちえみ

令和2年12月25日発行の「川柳杜人」268号。今回で73年の歴史に幕を下ろします。

今日届いたばかりなのでこれから読むのですが、ざっと見たところ、いつもと変わらぬ生き生きとした誌面です。

広瀬ちえみさんは「川柳スパイラル」10号の中でこう仰っています。

私たち同人も正直なところ、とても残念に思っています。ただ、高齢の同人が多く、結束が強く同志という感じで杜人を続けてきました。私自身、もう誰かを見送ることは辛いし(私が先かもしれません)、エネルギーを残した状態で閉じようと、同人総意で決めました。七三年という歴史があるので、今でも揺れることがあります。代々の発行人・編集人に育てられて現在があることを痛感しています。でも、どろどろ、ボロボロにならずに終刊できる清々しさもあります。

杜人のみまさん、これまで本当にありがとうございました。後日、あらためて感想などを書ければと思っています。

川柳杜人へのご連絡はこちら
川柳杜人社
posted by 飯島章友 at 22:32| Comment(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月12日

今月の作品 湊圭史「ピロウファイト」を読む

連作のタイトル「ピロウファイト」は剣の代わりに枕を用いるチャンバラのようなもの。

きみも勿論だがむしろ枕がよく戦った

人間に使役されていた枕が何者かの評価によって主役に躍り出る。このときピロウファイトを楽しんでいた人間は脇に除けられる。
「ピロウファイト」が人間よりも健闘する枕であるとすれば、「ピロートーク」は人間よりもお喋りな枕かと思うと少し可笑しい。
余談はさておき、自明視されていた使役関係を問い直し、人間中心主義を批判する意図が読み取れる表題句だ。
連作中には人間にないパーツが二つある。「嘴」と「翼」である。

嘴の代わりについている絵の具

枕が剣の代わりを果たしても、絵の具が嘴の代わりを果たすことはない。絵の具がついていたところで獲物を啄むことも仲間を呼ぶために鳴くこともできないからだ。
生存に必要な機能を削りながら見目を良くするために装飾を施すのは動物を使役する人間の常套手段だ。
ペットショップに並ぶ異様に小さい犬や、光る水槽に入れられた金魚を見るときのようなざわめきが喚起される。

イカロスは二つの国家を翼とし

ギリシャ神話「イカロスの翼」の結末は誰もが知るところである。
「国家」もまた、蝋で固めた翼のように太陽に近づきすぎれば溶けてしまうような脆い発明であるだろうか。

重力はユーモアだから信じよう

傲慢になり、天へ飛び立った人間が墜落するのはひとえに重力があるからだ。
堺利彦は『川柳解体新書』のなかで「ユーモアとは、<弱者への慈しみのまなざし>である」と述べている。
尊大になった人間を地に叩きつける重力を信じるということは、人間の弱さを徹底的に認めるということでもある。
自らの脆弱性から目を逸らさずにいられるようになったとき、テクノロジーによって太陽に接近するのとは別の方法で「勇気」を獲得することができるだろう。

ところで、この国において自明視されている中心とは何だろう。

その内に令和はなかったことになる

ピロウファイトにおいて人間ではなく枕に注目してみるような視点が共有されたとき、元号=天皇制は「なかったことになる」だろうか。それはあるいは、

ごめんごめん遠い世界のことでした

「遠い世界のこと」だろうか?

posted by 暮田真名 at 17:59| Comment(0) | 今月の作品・鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月05日

「水脈」第56号・作品評

12月1日に発行された「水脈」56号に、飯島章友が同人作品評「北の大地へつづく水脈」を寄稿しました。「水脈」(すいみゃく)は浪越靖政さんが編集人をなさっている柳誌です。同人作品のほか、浪越さんの評論「飯尾麻佐子と柳誌『魚』」が読みごたえ十分なのであります。

「水脈」については以下をご参照ください。よろしくお願いいたします。

水脈
posted by 飯島章友 at 23:30| Comment(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする