2021年03月28日

星の痛みー千春句集『てとてと』を読む 小池正博



 川合大祐の第二句集『リバー・ワールド』(書肆侃侃房)が近日中に刊行されるようだが、川合のパートナーである千春の句集を取りだして改めて読んでみた。句集を読みながら、五つのキイワードが頭に浮かんだ。

【星】

  微調整して下さい冷蔵庫の星の位置

 冷蔵庫のなかに星を入れておく。あるいは、ふと気がつくと星が保存されていた。けれども、その位置には微妙なズレがある。違和感があるのだ。

  星同士結婚したり別れたり

 擬人化されているが、星と星とが気が合って結婚することがある。けれども、実際の生活がはじまるとケンカしたり、ちょっとしたくい違いで別れたりするが、またもとに戻ることもある。

  なるべくだったら星の話にして

 本当は星の話ではないのだが、できれば星の話にしておきたい。俗世間の聞くに堪えない話は気分が悪くなるので、天上の星の話だったらいいのに。

  埋もれる罅われ星の開拓史

 水惑星ではなく罅われている星がある。それでも何とかやってきたのだが、そんな歴史もすでに風化して埋もれている。

【病気】

  こんないい病気をくれてありがとう

 病気が好きな人はいないから反語である。病気も自分の一部だから受け入れていくしかない。

  入院はしないから退院もしない

 入院したからといって、どうなるものでもない。病気は自分自身だから、入院も退院もないのだ。

  どんぐりころころ処方箋下さい

 けれども、その時々で処方箋が必要になる。ころころとちょっとだけ前に進む。

  女陰には女陰の薬あばれるな

 セックスに関わる身体用語を千春はしばしば使う。吐き出しておかなければ暴発するものがある。

  けんかするしんさつしつがきえさって

 人間関係のトラブルで、診察どころではなくなってしまう。

【ジェンダー】

  ナプキンの出番がこない月割れる

 女性の生理と身体について。

  婦人科の男がみてる黄泉の国

 男性に見られるものとしての身体について。

  例えば、女の自分に慣れてきた

 心と体のズレ。ズレがあっても「ふり」をして生きていかなければならないのが生活である。演技にも慣れてきたのだが、それが良いことなのかどうか分からない。

【動物たち】

  思い出は鯨にそってさかのぼる
  鳥去って開かずの間などありません
  こぼしたね羆ゆるしてしまったね

 動物を使った作品に秀句が多い。「猫」はここでは取り上げない。

【バス】

  バスは遅れたいとき遅れればいい

 けっきょく、そういうことなんだな。日常生活者の立場からすれば、時間通りに来ないバスは困るだろう。けれども、こういう心境で生きていくことができれば楽になるだろう。周囲の人がそれを認めてくれればいいのだが。
posted by 川合大祐 at 08:50| Comment(0) | 川柳句集を読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月23日

「川柳スパイラル」11号発行

「川柳スパイラル」11号が発行されました。「小遊星」のゲストは、昨年に第二歌集『禽眼圖』を上梓された歌人の楠誓英さんです。私は十年以上前から楠さんの作品に惹きつけられています。また今回は川柳スパイラル大阪句会のご案内も掲載されていて、こちらは掲示板でもご確認いただけます。

【川柳スパイラル11号・内容】
・巻頭写真  入交佐妃
・渦・第二ステージへ  小池正博
・同人作品 Spiral Wave
・【同人作品評】うれしいぞ  石田柊馬
・【現代連句作品】
  歌仙「たぶららさ」の巻(小津夜景・小池正博)
  非懐紙「残暑」の巻(上田真而子ほか)
・門野優の現代連句レポート  門野優
・【連句特集】この付合を語る
  鈴木漠・別所真紀・上野遊馬・狩野康子・四ッ谷龍・
  山地春眠子・中尾青宵・鈴木千惠子・佛渕健悟・浅沼璞
・月胡の連句漫画  月胡
・【新連載】かわうそ日記  川合大祐
・川柳で考え中 「私」の戸惑いから  暮田真名
・小遊星 連載第11回  飯島章友×楠誓英
・妄読 ノススメ  兵頭全郎
・会員作品 Plastic Wave
・現代川柳あれこれ Biotope  小池正博
・投句規定・句会案内
・編集後記

川柳スパイラル
posted by 飯島章友 at 00:00| Comment(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月04日

【現代川柳にアクセスしよう】現代川柳発見/飯島章友

◆はじめに
 この文章は2018(平成30)年8月1日発行「川柳スパイラル」第3号の特集〈現代川柳にアクセスしよう〉へ寄稿したものです。この3年間に変化したことも多いので加筆修正をしてあります。
 『はじめまして現代川柳』や『金曜日の川柳』が発売されたことで川柳に関心をもつ方が増えたと思います。そこで、これから川柳を知っていきたい、川柳と関わっていきたいという方々の参考になるよう、この記事をアップすることにしました。
 現在、2020年からのコロナ禍によって社会の状況が変わり、句会が休会になっていたり、句会のやり方が執筆時と違っていたりするケースもあります。しかし、いずれ騒動が終息すれば元に戻っていくとわたしは考えています。

──ここより本文──

 本稿ではまず川柳グループについて筆者の知っていること、考えていることを述べ、そのあと現代川柳に関わる文献、ウェブサイト、出版社、書店をリストにしてみたい。

◆川柳グループに入るメリット
 現在の川柳は、インターネットの句会やSNSで容易に同好の士を見つけられる。だが、よりディープな創作の世界に身を置きたいと思うこともあるだろう。そんなとき、結社や同人誌といった「川柳グループ」が気になってくる。
 川柳グループに入るメリットとは何か。筆者が考えるにそれは五つある。

 @川柳誌という自分の作品を発表する場ができる
 A作品の選句や鑑賞文を通じて評価を受けられる
 B句会、勉強会、吟行などの参加資格が得られる
 C句会などを通じて直に作品を批評してもらえる
 D川柳の読みを誌の鑑賞欄や句会から吸収できる

 ちなみに、川柳グループに入らなくても参加できることなのでここには入れなかったが、川柳グループには年に一度大会を開催するところもある。川柳の大会は開放的で、別のグループの柳人も気軽に参加してくる。他流派の柳人と句会で競い合うことができる上、二次会では直に社交ができるため、とても刺激的なのだ。

◆川柳グループを選ぶ際の基準
 次にどのような基準で川柳グループを選べばいいのか、筆者の考えを述べてみたい。大切なのは次の三つだ。

 @自分の好きな柳人が所属していること
 A鑑賞文や川柳評論が充実していること
 B通える距離で句会が開かれていること

 どういったことなのか少し説明しよう。
 @について。自分に適した川柳グループを選ぶにあたって最も手堅いのは、自分の好きな柳人が所属しているところを選ぶことだ。なぜなら自分の好きな柳人がいるということは、自分の好みの作風が受け入れられると期待できるからだ。また自分の好きな柳人と同じ場に属することで創作意欲は格段に上がるだろうし、近くからその柳人の技術やセンスを吸収することもできるのだ。
 Aについて。川柳グループは単に作品発表の場というだけではなく、「読み」の能力を涵養する場でもある。その意味で誌面に鑑賞文や評論が充実しているかどうかは重要なチェックポイントだ。それゆえ見本誌は事前に取り寄せてみたい。加えて、句会できちんと相互批評が行われているかどうかも確認したい。入会前に句会へ出ることができるのならば是非とも参加してみてほしい。
 Bについて。川柳グループにおいて柳誌の次に大事なのが「句会」である。フェース・トゥ・フェースで仲間とコミュニケーションをもつことは、座の文芸といわれる川柳の醍醐味だ。自分の作品が選者によって披講され、呼名するときの快感が忘れられずに川柳を続ける人も少なくない。そのような訳で、通える距離で句会が行われているかどうかはなるべく確認しておきたい。

◆各種川柳文献の紹介
【川柳アンソロジー】
 アンソロジーでは通常、柳人が所属する川柳グループがプロフィール欄に記載されている。アンソロジーで好みの柳人を見つけたら、その人のいるグループのウェブサイトを閲覧したり見本誌を取り寄せたりしてほしい。
 なお古い川柳アンソロジーは柳人の情報が古いばあいや、物故者、終刊した柳誌情報が掲載されているばあいもある。あらかじめ留意しておきたい。

『はじめまして現代川柳』(2020年、小池正博 編著、書肆侃侃房、1800円+税)
 戦前の新興柳人から次世代の柳人まで35名の代表的な76句と、小池正博氏による作品・作家の解説、そして現代川柳小史が収録されている。いわゆる〈現代川柳〉のアンソロジーとしては決定版といえるだろう。
『金曜日の川柳』(2020年、樋口由紀子 編著、左右社、1600円+税)
 「ウラハイ=裏『週刊俳句』」(http://hw02.blogspot.com)に連載してきた「金曜日の川柳」へ加筆修正を行い書籍化した一冊。時代や流派に偏らず選ばれた333句が収録されている。大勢の柳人とその作品を樋口氏の鑑賞文とともに知ることができる。
『大人になるまでに読みたい15歳の短歌・俳句・川柳』全三巻(2016年、一巻編:黒瀬珂瀾、二巻編:佐藤文香、三巻編:なかはられいこ、ゆまに書房、1500円+税)
 一作品ごとに選者の解説と作者のプロフィールを記載。短歌・俳句との合同アンソロジーなので留意のこと。
『三省堂新現代川柳必携』(2014年、田口麦彦 編著、三省堂、1800円+税)
 現在活躍中の柳人の川柳をテーマ別に分類し、5000句以上を収録。三省堂の川柳事典はA6判でコンパクト。気軽に持ち運べる。
『三省堂現代女流川柳鑑賞事典』(2006年、田口麦彦 編著、三省堂、1800円+税)
 126名の女性柳人について一句鑑賞、略歴、作家自選20句、作家のメッセージを掲載。
『三省堂現代川柳鑑賞事典』(2004年、田口麦彦 編著、三省堂、1800円+税)
 250名の柳人について一句鑑賞、略歴、代表句10句を掲載。
『新世紀の現代川柳20人集』(2001年、山崎蒼平・野沢省悟 編集協力、北宋社、2500円+税)
 20名の柳人の作品100句とプロフィール、メッセージ、そして山崎蒼平・荻原裕幸両氏の解説が収録されている。先に刊行された『現代川柳の精鋭たち』の二冊目的な位置づけだが、参加柳人の全体的な作風は『精鋭』とだいぶ趣きが違う。2021年3月現在、Amazonや日本の古本屋(https://www.kosho.or.jp)で中古品が手に入る。
『現代川柳の精鋭たち28人集―21世紀へ』(2000年、樋口由紀子・大井恒行 編集協力、北宋社、2500円+税)
 28名の柳人の作品100句とプロフィール、メッセージ、そして荻原裕幸・堀本吟両氏の解説が収録されている。2021年3月現在、Amazonや日本の古本屋で中古品が手に入る。『はじめまして現代川柳』や『金曜日の川柳』が出版される前はこの本が現代川柳アンソロジーの中心だった。

 また手前味噌のようではあるが、筆者を含めた複数の柳人で「川柳スープレックス」というブログを運営している。その中の「今月の作品」欄では、旬の作家の新作八句およびプロフィールを掲載させていただいている。こちらもアンソロジーとして読むことができる(http://senryusuplex.seesaa.net/category/24262134-1.html)。

【句集シリーズ】
 ここでは作家別の句集シリーズを紹介する。シリーズに誰の句集が入っているかは各自インターネットで調べてほしい。

「セレクション柳人」(邑書林、1300円+税、邑書林のオンラインショップはhttp://youshorinshop.com/?mode=cate&cbid=1890002&csid=0)
  ほとんどがSOLD OUTとなりつつあるので、目当てがあれば早めに入手したほうが良い。
「川柳作家ベストコレクション」(新葉館出版、1200円+税、オンラインショップはhttps://www.shinyokan.jp/netstore/products/list?category_id=33)
 『はじめまして現代川柳』の柳人とは趣きが異なる作風が多いので、サイトで紹介されている例句を参考にすると良い。

【川柳評論集】
『川柳×薔薇』(2011年、樋口由紀子 著、ふらんす堂、1600円+税)
 樋口由紀子氏が「MANO」「バックストローク」「豈」などに寄稿した川柳論、句集評、作家論、一句鑑賞が収録されている。このように書くと堅そうな本に思えるかもしれないが、エッセイに近い文体のものも多く、とても読みやすい。
『蕩尽の文芸 川柳と連句』(2009年、小池正博 著、まろうど社、2500円+税)
 「連句と川柳」「川柳論」「川柳作家論」「書評・エッセイ」「『十四字』の可能性」について小論がいくつも収録されている。短詩型文学全体を俯瞰する姿勢が貫かれており、本書を読む前と後とでは何かが変わるはずだ。『川柳×薔薇』同様に必携の評論集だと思う。
『セレクション柳論』(2009年、小池正博・樋口由紀子 編、邑書林、1600円+税)
 第1章「現代川柳の肖像」、第2章「川柳性と川柳の言葉」、第3章「感性と思考」に19名の柳論が収録されている。同書以降、これだけの人数の柳論集は出ていないと思う。邑書林ではSOLD OUTだが、2020年3月現在Amazonでは新品と中古品が売られている。

◆便利な川柳ウェブサイトの紹介
週刊「川柳時評」(https://daenizumi.blogspot.com)
 小池正博氏が運営。川柳時評をほぼ毎週更新する難業を2010年から続けている驚異的なブログ。川柳界の直近の出来事をはじめ、川柳にたいする深い考察や他分野の情報まで話題が多岐にわたっている。川柳関係者は必見。
おかじょうき川柳社(http://www.okajoki.com)
 青森を拠点にしている「おかじょうき川柳社」のホームページ。「杉野十佐一賞」「川柳データベース」「川柳いんふぉ」などコンテンツが充実しているので、現代川柳を志向する人なら月一度は訪れて情報収集したいところだ。
毎週web句会(https://weekly-web-kukai.com)
 柳人の森山文基氏が運営する川柳ウェブサイト。「川柳ブログリンク」の欄は、全国の川柳ブログやホームページが県ごとに纏められている。同じく「WEB句会リンク」の欄は、ウェブで参加できる句会や、ラジオ・テレビの川柳コーナーで、結果がウェブサイトで確認できるものが纏められている。「川柳本アーカイブ」では現在入手困難な柳誌や句集がデジタル化されており、たいへん貴重な場である。
月刊 ★ ねじまき(https://nezimakiku.exblog.jp)
 なかはられいこ氏、丸山進氏、八上桐子氏、瀧村小奈生氏らが参加する名古屋の「ねじまき句会」公式サイト。句会結果報告を中心に各柳誌のレポートもアップされている。
そらとぶうさぎ(https://soratokito.exblog.jp)
 柳人なかはられいこ氏のブログ。川上三太郎『孤独地蔵』、定金冬二『無双』、中村冨二『千句集』を読むことができ、たいへん貴重だ。
〈あほうどり〉(http://blog.livedoor.jp/ssm51)
 「フェニックス川柳会」代表で「ねじまき句会」メンバーでもある丸山進氏のブログ。更新頻度が高く、各地の川柳誌の紹介や大会報告の記事などもよく投稿されているため、川柳界の動きを知る上で参考になる。
s/c(https://sctanshi.wordpress.com)
 現代川柳を中心とした短詩ウェブサイト。短詩作品・一句鑑賞・評論などのコンテンツがある。2010年から湊圭史氏が運営。川柳スープレックスはここを大いに参考にした。
現代川柳bot(https://twitter.com/tadayou575)
 現代川柳の作品が一定間隔で自動ツイートされている。川柳にはアンソロジーが少ないだけに有用なbotだ。
川柳bot(https://twitter.com/senryubot_)
 現代川柳botとはまた違う作品が多数自動ツイートされている。
海馬@現代川柳(https://twitter.com/umiumasenryu)
 2021年1月にスタートしたばかり。こちらも川柳作品がツイートされている。
全日本川柳協会(http://www.nissenkyou.or.jp)
 サイト内の「川柳MAP」では、全国の川柳グループの情報が地域別に掲載されている。ただし協会に加盟しているグループだけが載っていると思われるので、これがすべてではないことを分かった上で参考にしたい。
川柳人協会(https://www.senryujk.com)
 サイト内の「所属吟社一覧」では、協会に加盟している川柳グループの例会開催曜日・時間、例会場所、連絡先が纏められている。ただし、ほとんどが関東のグループだ。

◆川柳が中心の出版社の紹介
あざみエージェント(http://azamiagent.com)
新葉館出版(https://shinyokan.jp)

◆柳誌・川柳句集が置いてある書店
葉ね文庫(http://hanebunko.com)
 大阪の「中崎町」駅近くにある。短詩型文学に関わっている人のあいだではとても有名な書店。作り手と読み手の交流の場ともなっている。

 以上、みなさんが現代川柳を発見するための一助となれば幸いである。
posted by 飯島章友 at 22:00| Comment(0) | 柳論アーカイブズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月03日

「川柳ねじまき」第7号A

「川柳ねじまき」第7号@

 羽のびるホック外したところから  早川柚香

わたしが子供の頃からよく通る道に鳥類を扱うペットショップがあります。その店の前には、まるで看板娘のように、フクロウがいつも横木にとまっているのです。よく馴れていて、けっして飛んで逃げることはありません。それがとっても可愛くて、子供の時分は店の近くまでくるとワクワクしたものです。でも、たまにですけど、畳んでいた羽をぐわーっとひろげて大きく伸び(?)をすることがあるんです。昔はこちらも小さかったんで、そんなときはちょっとビビってしまいました。掲句を読みしばらく経ってからそんな記憶がよみがえってきたのです。ただ忸怩たる思いなのは、これほど素敵な句なのに初見のときはまったく別のことを連想したのです。イッチョメ イッチョメ ワオ! ……すみません、わからないひとは置いていきます。

 三センチ伸びた淋しさ卵割る  米山明日歌

辞書を引くと、「淋しい」はもっぱら人が孤独を感じているニュアンスに用いられるのだそうです。様子や情景ではなく、心理的な孤独感を表すのですね。ですから語り手は、何かが三センチ伸びたことによって孤独を感じているのでしょう。でも下五で卵を割ったことによって、中七までの淋しさが(たとえほんの一瞬であっても)断ち切られた感覚が伝わってくる。これで見事に句が締まりました。掲句では何が三センチ伸びたのかは明示されていません。でもそれこそ17音の良い面だと見るべきかも知れません。というのも、これ以上文字数が多かったら野暮だと思うんです。仮にあと14音多かったなら、たとえば「長ネギが三センチも伸びるほど貴方に逢えないままで淋しい。しゃぶしゃぶの卵を割ろう」なんて平平たる内容を書く破目になるかも知れないのですから。

 すごくやさしいもっとやさしい蜘蛛の糸  三好光明

と思って油断しているとやっぱり切れちゃう。これは今年一番の怖い句です、まだ三か月しか経っていないけど。平仮名で書かれた「やさしい」のリフレインが罠のように思えちゃう。しかも「すごく」「もっと」まで付いているんですよ。これは怖い。蜘蛛の糸や蜘蛛の巣って情緒がある反面、個人的にはちょっと怖いんです。おそらく子供の頃に、1958年のSF映画『ハエ男の恐怖』をテレビで観たからだと思います。その映画では、顔と腕が人間のハエが蜘蛛の巣にかかってしまい、捕食される寸前のシーンがあるのですが、掲句を読んだ後、ハエ男がミクロサイズの声で「助けて」と叫ぶのがよみがえってきちゃいました。余談ですが、わたしは『夏の夜の夢』みたいに頭が動物でその下は人間というのは平ちゃらなんです。でも頭がヒトでその下が動物となるとゾッとします。なぜなのでしょうね。

 あ、というかたちのままで浮かぶ声  瀧村小奈生

浮かび上がるものとして「声」を捉えているところが素敵です。その声が「あ」であるところもいい。「あ」は〈あわ〉や〈あぶく〉に通じます。また中七「かたちのままで」の4つのa音は、「あ」のかたちが保持されたままの様子がイメージされますし、下五「浮かぶ声」の2つのu音と1つのo音は、口をすぼめる発音であることから泡の形状がイメージされます。

 芒ゆれて常にもがもな風もがな  同

「常にもがもな」というと、源実朝の〈世の中は常にもがもななぎさこぐあまの小舟の綱手かなしも〉を思い出します。百人一首に入っている歌ですね。もがな・もがもなは願望を表す、と古典の授業で習うものだと思います。掲句でもそれでいいと思うのですが、「もがもな・もがな」のリフレインはオノマトペとしても機能しているように思います。風とそれに揺れる芒の音でもあり、風景と同化していく語り手の心情の音でもあり。永井陽子の短歌〈べくべからべくべかりべしべきべけれすずかけ並木来る鼓笛隊〉を思い出しました(『樟の木のうた』、短歌新聞社、1983年)。
(おわり)

posted by 飯島章友 at 00:00| Comment(4) | 柳誌レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月02日

『てとてと』千春 を読む   竹井紫乙


 二月、千春さんから「『てとてと』の批評文を書いていただけないでしょうか?」というメールが届いた。
『てとてと』には作者の川柳、短歌、詩が掲載されており、この一冊で千春ワールドが堪能できるように構 成されている。この構成は当然作者の希望によってなされたものだろう。基本的にどの表現形式でも作品 のトーンは一貫していてムラが無い。だから読みやすいし読者は安定した心持ちで最後まで読み進めること ができる。ということは裏返せば川柳だけの、あるいは短歌だけの構成にしても良かったのではないだろう か、ということも考えられる。表現形式が様々に構成されていることを否定するものではない。単純にいず れの表現形式においても書かれていることの内容が具体的に同じであるから、読み終えた時に全体の構成 に対する疑問がわいた。これについては「あとがき」にも作者本人が<川柳、短歌、詩が私にとってなんであ るのか、答えは、これからゆっくり感じていきたいと思います。>と書いている通りで、形式の使い分けにつ いては作者が自然な流れで行っていることであって、意識的な行為ではないらしいことが窺える。興味深い 点は答えを出してみたいとか、考えてみたい、ではなく<感じていきたい>と書いていること。このスタンスが 千春さんの、ものを書く姿勢そのものなのではないかと思われる。
 川柳の長い歴史の中に作家性の欠如という事実があり、それは川柳の器の大きさでもあるから、悪い面ば かりではない。その器に誰でも入れるという利点がある。長く川柳を書いている先輩方の中には句集を出す 必要はない、という考えの方が多い。自費出版にはお金がかかり、ほとんどの場合、売り物ではなく配りもの としての扱いになる、という以外にそもそも残す必要がない、という考えが根強くある。私は句集を三冊作 っているけれど、この「残さなくていい」という考えは理解できる。人として生きて、生活していくうちに身の 内から溢れてこぼれ落ちてしまうものを表現したい気持ちはあっても、わざわざ形作って残すことはない。そ れは句を書く行為とはまた別のことだから。ということなのだろう。この考え方はさほどおかしなものだとは 思えない。川柳の器は大きいから。
 千春さんは自分の作品集を作りたいと思った。私と違い、千春さんの場合はジャンルの問題は、問題では なかった。そのことは『てとてと』を読めばわかる。とにかく本を作りたかったのだ、という情熱が伝わってく るけれど、どの表現形式をどのように選択し、なにを表現しているかという問題は、千春さんが「書くことが 好きで、本にまとめてみたかった人」から「作家」になる段階で厳しく問われてくる問題であると思う。時折、 「川柳とはなにか」、或いは「現代川柳とはなにか」という話題を目にするけれど、それは同時に「どうして川 柳という形式を選んだのか」ということを書き手が外部から問われることを意味する、ということでもある。 千春さんはどのように答えるだろうか。
 最後に『てとてと』から川柳を二句。
  
  「入ってもいいですか」「いいですよー」ちつ

 とても平和な世界観だ。社会を構成する最も小さな単位は二名で、血縁関係の無い者同士で生活を営ん でゆくこと。これまでの家の中のルールも習慣も違う人間が二人。お互いの価値観を尊重することができな ければ心穏やかに暮らせない。お互いの体の扱いには注意が必要で、肉体関係はひとつ間違えると暴力に 変化する。その繊細さを見事に川柳に仕上げている。

  夏休み永遠が待つ鳥のふん

 鳥の糞には植物の種が混じっている。あちらこちらに種を運ぶから、鳥の糞は植物にとっては子孫を残す 為の大切なツールだ。そこには永遠があり、未来がある。長い長い夏休みのようなゆるい明るさがある。句の 書き方はまるで子供の作文のようなあどけない趣を持っていて、そこがまた「永遠」に響いている。
posted by 川合大祐 at 07:31| Comment(0) | 川柳句集を読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする