2015年02月20日

勇気のための川柳処方箋N 穴と勇気。

世界にも妻にも穴があいている  山田露結

  *

『川柳カード7号』誌上大会の句だ。

ひとの穴といえば、関悦史さんにこんな句がある。

昼寝せる身に九穴や美少年  関悦史

関さんの句に端的にあらわれているように、
ひとを〈穴〉ととらえる視線には、どこかでそのひとのセクシュアリティと関わろうとする語り手の位相が持ち上がってくる。

穴というのは、端的にいえば、出たり・入ったりするところだ。

出たり・入ったりという運動態をひとことでいいあらわせば、それは〈関係〉である。
いちどでも、あなたの穴に出たり入ったりしてしまえば、わたしはあなたと関係をもってしまったということになる。

これはセクシュアリティだけに関わらず、象徴的にもそうだ。心にも、穴はあるかもしれないから。

露結さんの句では、世界にも、出たり・入ったりすることのできる穴を見出している。

この語り手にとって、世界もまたひととおなじような身体なのだ。
しかも、「あいている」と現在時制で語り手はみずからの認識を語っている。
つまり、気がついたのだ。語り手は。
ああ、世界にも穴があいているんだなって。

わたしたちは、世界はときどきわたしたちに対立するものとして、もしくはわたしのどこにもいけない閉鎖されたセカイとしてとらえることがあるけれど、一枚岩としての世界ではなく、穴として出たり入ったりする世界として認識することもできる。
それは「妻」のようにものすごく近くて、「妻」のようにものすごく遠い場所でもある。

でも、世界も妻もひとも他人も恋人も友人も、この〈きづき〉の認識からはじまる。「あいていた」でも「あけてみる」でもなく、「あいている」ときづく認識。

ささやかな勇気の認識だ。
でも、そのささやかさがこれからの勇気をたちあげることも、あるんじゃないかな。あな。

posted by 柳本々々 at 00:04| Comment(0) | 柳本々々・一句鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。