2015年02月27日

勇気のための川柳処方箋23 勇気と乳房。

病むときも乳房は東向くように  徳田ひろ子

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ときどき思うのが、わたしたちの意思や意志と身体は別物だよね、っていうことです。

たとえばわたしが寝込んでいたとします。もっと寝込みたいなとおもったとする。もっとふとんの奥へといこうとします。ふとんの国ともう呼んでもさしつかえはないくらいに奥にいって、もうこっちの世界にもどってこないことにしようかな、とおもうことも、ある。

でもからだが、ふいに、あらがうときがある。

わたしが歩こうとおもっても、からだが走り出してることもある。
逆もそうです。
わたしがどんなに太陽のようにあははあははとわらっても、からだのほうがへたってしまう場合もある。やはりそんなときはふとんの国です。

大事なことは、わたしたちの内面がどんなにへたっても、とつぜん身体にパワーがみなぎって、走り出してしまうことが、ある。
だから、わたしがわたしに対していい意味でそんなに忠実になる必要はないということです。

たとえわたしが落ち込んでいたとしても、わたしはめげる必要はない。
きっとおなかは空くし(おなか!)、だれかと話したくなるかもしれないし(くちびる!)、こどものころに好きだった絵本を読みたくなるかもしれないし(め!)、風の吹く草原に寝ころびたくなるかもしれない(からだ!)。

からだは、やすやすと、わたしを裏切っていきます。
ひろ子さんの句のように、わたしがどんなに病んでも、寝込んでも、したへしたへと落ち込んでも、乳房はある一定の方角を指し示そうとする。
わたしたちの身体は勇気の羅針盤になります(ゆうき!)。

posted by 柳本々々 at 00:00| Comment(0) | 柳本々々・一句鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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