2015年02月28日

のようなもの日和  柳本々々

こないだ、句会に行こうとおもって電車に乗ったのだが、降ろされた駅がまったく知らない駅で、駅員のひとに、こんなかんじの駅に降りたかったんですけど、というと、つくろうと思えばつくれるけど時間はかかるよ、じぶんが降りたい駅をつくろうと思うことは、といわれたので、すこし次元がちがうのかな、とおもって、わたしはその駅で降りてしまうことに、した。

知らない街ではあったけれど、歩くとそれなりにたのしく、いまならできるかもしれないな、と思い、わたしは教えてもらったばかりの新しい歩き方をしてみたりもした。それは腰とてのひらのリズムをあわせながら、頭のなかでは数学的な波動に呼吸をあわせる歩き方で、わたしも教えてもらったときは、このひとあぶないひとだどうしよう、と思ったのだが、手取り足取りやってもらったらできるようになったのだから、人間ってふしぎだなあとおもった。

そういう新しい歩き方で街をあるいていたのだが、とつぜん、はげしくきらきらしはじめたので、わたしは身をまもるようなかんじで頭をかかえこむと、○をつくるようにうずくまった。

だいじょうぶですよ! あんぜんですよ!
と、女のひとの声がして、○から、いっぽんの線になるようにたちあがってゆくと、「女のひとのようなもの」がわたしにむかって、だいじょうぶですよ! と叫んでいたので、だいじょうぶじゃないなこれは、とわたしはおもった。「のようなもの」には、初めて、であったのである。

洗濯しおえたばかりの白鳥を干してるんですよ!
と、女のひとのようなものが、いう。

白鳥のようなもの、ですか! と、わたしは、叫んだ。

ちがいますよ! 白鳥そのものですよ! のようなものの洗濯はきのうでしたよ! と、女のひとのようなものも叫ぶ。

おたがい、顔をあわせながら、間近で叫び合っている。
こんなに間近で、こんなにおおきな声で、でもわたしの目の前のひとは、あいまいな、のようなもの、のようなひと、なんだな、とおもう。

駅員さんが、わたしのうしろをとおりかかり、「あれ、白鳥をたった一人で干しているのかなとおもって、手伝いにきたんですけれど」という。

駅員さんと女のひとのようなもののようなひとの関係はどのようなものなんですか! とわたしがまだるっこしくきくと、のような関係ですよ、と駅員さんが、こたえる。

答えになってないから、この駅員さんは、ずるいひとだということが、わたしには、わかる。

  *

【文中に引用させていただいた句】

白鳥をたった一人で干している  榊陽子



posted by 柳本々々 at 00:40| Comment(6) | 川柳小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
これはいい小説ですね。
「白鳥をたった一人で干している」のシュールさを小説で表現しながら、単なる再確認ではない、
もともとワールドが広がっている。
ふと思ったのですが、「わたし」も、「わたしのようなもの」かもしれませんね。
Posted by 川合大祐 at 2015年02月28日 06:22
こないだ、ブログのようなものに、のようなものについて書いたなあと思いながら読んでいましたら、次元のちがう答えをする駅員さんに笑い、ぎこちなくスムーズに歩くわたしを想像し、女のひとのようなものが現れて、わたしが作った川柳のようなものが出てきてびっくりしました。
女のひとではなく女のひとのようなものと白鳥のようなものではなく白鳥にあたまの中がぐらぐらしました。

この句は席題だか封筒回しだかで作ったものなので、自分の中でまったくと言っていいほどイメージしたものがなかったので、不思議な気持ちで読ませていただきました。おかげでわたしにとっても大切な一句になりました。
々々さん、ありがとう。

々々さんの文章はふわふわのまごの手のようなものですね。
Posted by 榊陽子 at 2015年02月28日 22:41
陽子さん、引用させていただいてありがとうございます!

「聞き違い・読み違いの心理」ってよくありますよね。

わたしもよく、『文学大全』だと思って、『文字大全』を買ってきてしまって、こんなに文字にくわしくなっちゃってどうしよう、っておもってるときがあります。

すごくたくさんいろんな書体がのっている本です。文学についてはきもちいいくらいいっさい書かれていない。

だんだん、いろんな書体をみているうちに、やすらいできます。

間違えるって、そこからきっと、じぶんの知っていて・知らなかった王国にむかうことですよね。たぶん。
だから、きっとひとはみんな、じぶんだけの五階を持ってるようにおもう。
Posted by もともと at 2015年03月01日 00:12
 はじめまして。ここのブログを大祐くんから教えていただいてから、頑張って読んでいます。頑張って、というのも変かもしれませんが、ほとんど授業を受けているような感じです。学生時代このくらい頑張っていればよかったと思う姿勢です。でも、コメント書けるほど消化できないでいました。アホなことを知ったかぶりして書いても邪魔になるだけですしね。
 そんな時、小説を見つけました。読みました。完走としては、銀河鉄道の夜のような物語を読んでいる気分で、気持ちよかったです。こんな風に解読して物語になると楽しいですね。白鳥を干している、女性のようなもの、がパラパラ漫画のように動き出しています。
Posted by らき at 2015年03月01日 19:20
らきさん、こんばんは!
はじめまして。柳本々々と申します。
以前、らきさんのブログにて『So』をご紹介くださり、ありがとうございました。挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません。

嬉しい感想のコメントをくださいまして、ありがとうございました。
川合さんが句集で書かれていた川柳小説がおもしろかったので川合さんにぜひここでももしよかったら書いてみてくださいとお願いしたのですが、川合さんが書かれているのをみたら、やっぱりおもしろいなあ私もやってみたいなあと思い、川合さんの後ろを追っかけるかたちで書いてみました。
こうやって物語として句に挑んでみるのも、ひとつの〈感想〉を書くことなのかなあとさいきん思ったりもしました。

縁側で君を殺していく つづく  樹萄らき

という川合さんが紹介されていたらきさんの句も、「つづく」や「縁側」のなかにすでにたくさんの物語が詰まっていますよね。
この句の「つづく」についてよく考えています。

ちなみに最近ずっと『銀河鉄道の夜』を読んでいました。
あの物語はともだちが死んでもまだつづけなければならない物語なので、らきさんの句とも響きあっているようにおもいました。
Posted by もともと at 2015年03月02日 00:49
 ブログを見てくださったのですね、ありがとうございます。差し支えなければ、パソコンメール(週一くらいしか見ないので申し訳ないのですが)でお話しできれば嬉しいです。
Posted by らき at 2015年03月07日 09:15
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