2015年05月30日

学習漫文・川柳のひみつ 序(かもしれない)

僕は勉強が昔から嫌いで、それは、のちのちに、祟ります。

これから述べることは、論、にも何にもなっておりません。
単なる思いつきであります。

川柳、のはじまりって何なんだろう?
歴史をひもとけば、『誹風柳多留』がはじまり、とどこの本にも書いてあります。
そう一口に言っちゃうのは簡単だけど、それって、凄いことじゃないですか?

全国から投稿して、それが出版されるという〈システム〉が出来ているわけですから。
江戸時代については(他のことにもだけど)、暗いのですが、投稿−出版−購入という流れが確立していなければ、〈川柳〉ってものはありえなかったわけですよね。
(郵便−デリダの視点から考えることもできるかもしれないけど、僕の手には余ります)

で、それって、江戸期の人びとにとっては、〈ニュー・メディア〉だったんじゃないでしょうか。

たとえばツイッターにつぶやく、という中心のない世界である、2010年代のいま、とはまた違うかもしれませんが。
雑誌に、あるいはラジオに投稿するハガキ職人さんたちの姿がだぶります。(古いですね)
サラ川に、あるいはオタク川柳などに投稿するひとたちも、そういうことですよね。
それって、偏見なんですが、いわゆる「暗い」、孤独な作業という気がするんです。
ひとりぼっちの、いとなみ。
だから、江戸期の話に戻りますが、川柳の発生は、〈個人〉の発生と関わりを持っているのじゃないかと。
(メディアが個人をつくる? あるいは個人がメディアをつくる?)
物理的・精神的に離ればなれの人びとが、〈個〉として作品を発表する、という構造は、もしかしたら川柳が発生から抱えてしまっている宿命なのかもしれませんね。
(古川柳と現代川柳と、その断絶を無視して言ってますが)

だから、仮説、と言うほどのものでもないですが、思っていることがふたつ、あります。

 ・川柳は、メディアとわかちがたく結びついているのではないか。
 ・川柳は、〈個〉の文芸なのではないか。

「いや、そんなことは前提だよ」と言われるかもしれませんが。
ちょっと、このテーマについて、皆さんと一緒に考えてみたいのです。
……しっかし、僕は、不勉強だなあ。
あああ、勉強しないと。(江戸期のメディアについて、そもそもメディアって何だろう? ってことについてなど。それに、そもそも川柳のことについて)
日暮れて道遠し(いま、朝ですが)。
どこまで・いつできるかわかりませんが、何かご意見ありましたら、教えてください。
あ、僕はひとりじゃないや。
では、今日はここまで。

(つづく、かもしれない)
posted by 川合大祐 at 06:38| Comment(0) | 川柳論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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