2015年05月30日

勇気のための川柳処方箋92 読んでいない本について堂々と語る方法

身も蓋もあって書籍店迷路  一戸涼子

M 田口麦彦さん編の『現代川柳鑑賞事典』から一戸さんの一句です。

Y ロラン・バルトにいわせれば、図書館っていうのは〈不可能性〉の表象ですよね。あ、わたしが生きているあいだにこれだけの本を読むことは不可能なんだ、って気づくのが図書館なわけですから。

M あの、だからムージル『特性のない男』ですべての書物を知っている司書がでてくるけれど、あの司書は一冊も読んでないですよね。一冊も読まないことによってぎゃくにすべての書物を知ることができるという。読んだら終わり、ですから。時間がなくなっちゃうんで。

Y ボルヘスの「バベルの図書館」も実は本なんて一冊も読むことなんてだれにもできなくて、〈読む〉って行為はそもそも完結できる行為じゃないんだよって短編だったとおもうんですけど。

M だから「書籍店」って迷路なんですよ。しかも〈有限〉だから迷宮化するんです。ボルヘスの短編みたいに〈無限〉なら、むしろバベルの図書館みたいにきちんと六角形の秩序ある図書館になるとおもうんですよ。でも「書籍店」はカオスです。

Y ああ、だから「身も蓋もあって」と〈有限〉化されてますよね。おのれが。おのれが〈有限〉化されて、「書籍店」という無限にたちあって「迷路」化していくという。

M だからどうして人間は図書館や書籍店という装置をみつけちゃったんだろうっておもいますよね。そこには絶望しかないのに。すべての本を知るためにはムージルの示した司書のように〈本を読まない人間〉になるしかないんですよ。逆説的ですか。本を知るってそういうことなんですよ。読んでるひまなんてないんだから。

Y 一戸さんのほかにこんな句がおもしろかったですよ。

ピザ一枚青い嵐が吹いている  一戸涼子

M ロラン・バルトにいわせれば、ピザっていうのは……

Y バルトはピザについても言及してるんですか。あのひと、なんでも言及してましたからね。プロレスにも、衣服にも、俳句にも、箸にも、すきやきにも、パチンコにも、眉毛にも、写真にも、おかあさんにも、雲にも、恋にも、涙にも。で、ピザについてなんていってたんですか。

M わかりません。

Y !?


少しでも希望があるのならおまえは行動する。希望はまったくないけれど、それでもなおわたしは……あるいはまた、わたしは断固として選ばぬことを選ぶ。漂流を選ぶ。どこまでも続けるのだ。

       ロラン・バルト「行動」


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posted by 柳本々々 at 09:32| Comment(0) | 柳本々々・一句鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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