2015年06月03日

勇気のための川柳処方箋98 鍵盤と睡眠。

鍵盤をめくってみればやわらかい  柳本々々

なかはられいこさんから初めて鑑賞をいただいたのがこの句だったんですが、ある川柳の方から「佐藤みさ子さんのこんな鍵盤の句を思い出しました」とメールをいただいたんです。

鍵盤をむき出しにして眠りこむ  佐藤みさ子

で、実はですね、わたし、みさ子さんのこの句がだいすきで、このやわらかい鍵盤の句はみさ子さんの句へのオマージュでつくってみたんですね。

さいきんかんがえていたことなのですが、そういう句に対する句への応答としての句というのはじつは多いのではないか、川柳にはそういう共鳴しあう星座のような潜在的にきらきらしているネットワークがおおいのではないかと川柳の方とお話させていただくことでおもったりもしています。

句が句と応答しあうことによってあるテーマの地層のようなものを形成していく。
そしてそれに〈だれか〉が気が付いて、こんどは重層的な地層として、系譜として、また〈だれか〉が思いがけないかたちで、ゆくりなく、ひきついでいく。

でも、それはめにはみえないから、〈きがつく/きがついてしまう〉かたちで、ずっと、おこなわれていく。

倉本朝世さんが『あざみ通信』で書かれたショートストーリーがあるのですが、そのお話のなかでは鍵盤はこんなふうに描かれています。


「お嬢さん、あなたも気を付けたほうがいいですよ。日没のこんな時間に眠り込んではいけません。光が影に世界を明け渡すほんの一瞬、熟睡している人の鍵盤は剥きだしになります。その鍵盤を見れば、その人の体にどんな音楽が満ちているかがわかるのです(後略)」
    倉本朝世「ゆうやけおじさん」『あざみ通信』4号


ここではみさ子さんの「鍵盤」が、倉本朝世さんのフィクションのなかで「その人の体」の鍵盤として生まれなおしています。そのときに、あっ、と気が付くわけです。

鍵盤って、じつは身体の表面にもあったんじゃないかと。

たとえば、それは、あばらでも、いい。あばらも、みなが、めいめいにもっている鍵盤です。
だから、みさ子さんの句も、あばらをむきだしにして眠っているのかもしれない。
そしてわたしの句だって、あばらをめくってみたら、やわらかい内臓がみえたのかもしれない。

ただ大事なことは、あくまで言語表現としては〈鍵盤〉であるという点です。
つまりここにはピアノさえも人体化されていく、もうひとつの表現の位相がある。
人体はピアノ化するいっぽうで、ピアノもまた人体化していく。

ここであらためてもういちど、みさこさんの句をかんがえなおしてみましょう。みさこさんの句のボディはどんな特質/体質をもっていたか。

鍵盤をむき出しにして眠りこむ  佐藤みさ子

みさこさんの句には、鍵盤の硬さとねむりこむことのやわらかさが対比されています。
わたしはピアノを習っていたので、あの鍵盤のかたいかんじと、あのうえでねむりこむかんじの質感も体感的にすこし感じたりしています。
たとえばむきだしの鍵盤のうえでねむりこんだとしたら、それはピアノを侵食せずにはおかないので、ピアノのやぶれるような音で起こされるでしょう。「眠りこむ」という言語表現は音によって反逆される。ピアノのしたたかなやわらかさ。
もしくはピアノの練習をして、あの鮮血のような独特の色合いの鍵盤カヴァーをかけないまま、むきだしにしたまま、ねむりこんでいるのかもしれない。しかし、むきだしにしたままではいけないという自意識と倫理と頽廃と快楽がこの句には、ある。ねむる緊張感としてのかたさ。
つまり、いいたいことは、このみさこさんの鍵盤の句は「かたさ」と「やわらかさ」の二項対立が成立しそうにみえて、やわらかく煮くずれていくというところにあります。ピアノの和音みたいに、対立しているものが、溶け合っていく。ピアノは実はやわらかいし、ねむりこむことはどこかでかたさをもっている。相互置換的なんです。

溶け合うボディとしての、ピアノ。そしてそれはいずれ、溶け合うからだにも、つうじていくかもしれない。たしかからだの細胞は3年ほどですべていれかわるそうなんですが、ということは、わたしはわたしとして三年以上同一性をボディとして保ってはいられないということです。三年後、わたしはボディとしてはまったくの別人で、いる。だからだれかと手をつないだ手は、さんねんたてば、消えてしまう。

ボディは、つねに、溶解している。

わたしにも、句にも、ピアノにも、ボディがある。
そしてめいめいのボディは、ときに、ゆみなりにさえ、なるのです。勇気をもって弾く気さえあれば。

弓なりになるまで鳴り響くピアノ  樹萄らき

o0445064013306141050 (1).jpg

posted by 柳本々々 at 05:46| Comment(0) | 柳本々々・一句鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。