2015年07月09日

木曜日のことのは蒐集帖C フックにかけておく乳房

帰ったらフックにかけておく乳房      悠とし子 (ふらすこてん句会 2015.07)

ボタンをぱちんぱちんとはずして(あるいは、かぶりのタイプかもしれない)乳房をフックにかける。
螺鈿細工のひきだしにおさめたり、うやうやしく台座にのせたりするのではなくて、無造作にフックにかけておくのがおもしろい。
乳房であれば、室内のデザイン的にもよろしい。

乳房の詩歌といえば辰巳泰子さんの短歌が浮かぶ。
乳ふさをろくでなしにもふふませて桜終はらす雨を見てゐる   辰巳泰子
一篇の物語が生まれでそうな歌だ。
あるいは
恐ろしき君等が乳房夏来たる 西東三鬼
圧倒されそうな、生命力。

悠とし子さんの句では、乳房が、母性や女性性の象徴でもなく、またはそれをまっこう否定する方向でもなく、からりとモノのように描かれていて愉快である。

川端康成『片腕』では、うつくしい娘が「片腕を一晩お貸ししてもいいわ。」と右腕をとりはずす。持ち帰られ、だきしめられる片腕は、フェティシズム的性愛の対象にも思える。
悠とし子さんの「フックにかけられた乳房」は、ただただ純粋にモノである。そこがいい。

もし川柳の句会で「乳房」という題がでたら、どんな句がでるか。想像すると、ちょっとしんどい。乳房だって決めつけだけで詠まれたくないというものである。
「帰ったらフックにかけておく乳房」は、そんな乳房を想って、詠まれた句かもしれない。


posted by 飯島章友 at 00:00| Comment(0) | 木曜日のことのは蒐集帖 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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