2015年07月23日

木曜日のことのは蒐集帖 E 桔梗

義眼みなはずし桔梗が揺れている    石部明

義眼をはずすという行為と「みな」という言葉の組み合わせには違和感がある。
ひとつならぬ義眼が装着されているのだろうか。
また目の数の話になるのだけれど、目はふたつが一般的なイメージで、義眼をふたつはずすとき「みな」という言葉をつかうだろうか。
やはり義眼はひとつでもふたつでもなく、あまたあるように思われる。
ふと、桔梗畑の句かと思った。はずしたのは桔梗の集合体の意思。
ひとつひとつの桔梗の義眼をはずし、集合体は桔梗の義眼をみなはずし、盲目となった花は義眼をはずして桔梗になり、揺れる。
怖いようである。

石部さんは花を中心に据えた句が多いと思う。桔梗であれば、次のような句がある。

野に老婆生まれ桔梗を抱いている   石部明
またがって桔梗の首を締めている


テレビを見ていたら、ホテルのコンシェルジュが客のリクエストで、「一輪でもさまになる花」を探していた。コンシェルジュは薔薇、と思うがすぐには揃えられず、花屋は桔梗を提案した。

なるほど、濃い青紫の星のかたちの花は、凛と存在感がある。

石部さんに桔梗が好きなんですかとお尋ねしたら、「どんな花かよう知らんのや」と言われたことがあった。
ひどく驚き、愉快でもあった。


posted by 飯島章友 at 00:00| Comment(0) | 木曜日のことのは蒐集帖 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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