2015年08月16日

木曜日のことのは蒐集帖 G かもしれない人

かもしれない人がひゅんっと通過する 瀧村小奈生 (川柳ねじまき#1より)

先日、大阪中崎町の「葉ね文庫」というすてきな本屋さんで『川柳ねじまき#1』を入手いたしました。図書館の棚を見上げるおんなのこの写真が表紙なのですが、おんなのこの背中側の柱の線がちょうど『川柳ねじまき#1』の本の背の部分になっていて金属色の製本テープみたいでおもしろいです。棚がゆうるりカーブしているのも「ねじまかれた図書室」の一部みたいなのでした。
(前置きながくなりました)
さて標題の句、「かもしれない人」の前に、なにかが省略されているのかな、と考えたけれど、どうもそうでない気がします。
誰かが(なにかが)通過して、「あっ」となる、こころの動きかな?と思うのです。それが誰か(なにか)はさほど問題ではなくて、あるいは説明できない誰か(なにか)で。しいて名づけるなら「かもしれない氏」。
で作者は「あっ」という一瞬の動きを経験してあっけらかんとそこにいる。
シオドア・スタージョンに『不思議のひと触れ』という短編があります。原題は(A Touch of Strange)だから、大森望の訳ってすごい!となるのですが、瀧村さんのこの句は(A Touch of Strange)の瞬間だと思うのです。
「ひゅんっと」という音もたのしく、一瞬をナチュラルに切り取る瀧村さんの世界のあかるさってすきです。明確にどこがどうとは説明できないけれど、確かにそう!と感じられることってままあります。わたしなんかはその瞬間をそばから忘れがちなんですけど、かたちなさない瞬間の直感をそのまま文字にできるのっていいなと思うのでした。

何か言う前のあなたのような雲 瀧村小奈生



posted by 飯島章友 at 00:24| Comment(0) | 木曜日のことのは蒐集帖 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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