2017年03月10日

女の子と男の子とみんなから考える古畑任三郎 安福望×柳本々々−ファーストシーズン第7話「殺人リハーサル」(犯罪者:大宮十四郎【時代劇俳優】=小林稔侍)

*いろいろなミステリのネタバレがあります。

柳本 この小林稔侍の回の話は、もともと渥美清のために書かれた話だったんですよね。

安福 えっ、そうなんだ。

柳本 だかららもし渥美清がやったらそれはとってもすごいエピソードになってたとおもうんですけどね。それは同時に古畑と金田一の出会いでもあったんだろうし。
三谷幸喜さんは『男はつらいよ』の渥美清すきなんですよね。劇作家のひとで渥美清すきなひとおおいですよね。ケラリーノ・サンドロヴィッチさんとかもたしかそうだったと思う。

安福 へー、渥美清と 小林稔侍だとだいぶイメージちがいますね。

柳本 で、前回はみんなから嫌われてるひとの話だったけど、今回はみんなから好かれてるひとの話ですよね。次の回の鹿賀丈史はじぶんが好きなひとの話になるんだけど、そう考えると古畑ってちょっと連句みたいにゆるやかなつながりがありますよね、エピソード間に。さいきん出た『俳誌要覧』の小池正博さんの連句をめぐる記事を読んでいたときに連句っていろんな文化のなかで考えることができるんだなあとおもって。そういうゆるやかな流れとしてのつながりとして。
たとえば三谷幸喜さんはその役者に合わせてホンを書くという《あてがき》をするけれども、これもひとつの連句的要素があるんじゃないでしょうか。
話を戻すと、渥美清さんっていっさい役者たちに怒ったりしなかったらしいですよ。ドキュメンタリーみてたら、倍賞千恵子と前田吟がそう語ってました。家庭ではちがったかもしれないけど。ともかく役者としては愛されてた。ただこれまた小林信彦さんが書いた渥美清の本を読むとまたちょっとイメージ変わってきますけどね。すこしこうナイフのようなとがった部分と奇妙な部分と寛容さを同時にもつ渥美清というか。

安福 この殺人って、みんなの前でおこなわれますよね。血がばーってでるし。みんなが共犯のようなかんじですね。共犯じゃないんだけどみんなあの殺された人より映画が大事。

柳本 そうですね、だから後の松村達雄の回の「灰色の村」みたいになってますね。『オリエント急行殺人事件』みたいなもんですよね。
あのー、でも、『王様のレストラン』とか『ラジオの時間』も似た構造で、みんなで何かをなしとげるためにばれなきゃいいだろイデオロギーみたいなのは三谷幸喜作品にあるとおもう。

安福 ああ、そうですね。

柳本 『王様のレストラン』でデザート職人の梶原善が失恋でいなくなったときに駄菓子を買ってきてそれできゅうきょデザートつくるんだけど、ドラマとしてはおもしろいんだけど、お客だったらやだなっておもいますよね笑。フランス料理として高いお金払って。

安福 そうですね笑

柳本 割とあのレストランはお客側からみると、けっこうやだなっておもうことがいっぱいあるんですよね笑。闇金融のひとが入ってきて暴れたりとか

安福 たしかにね笑。愛人が働いてるし。

柳本 だから三谷幸喜作品って、みんなが感動してればいいじゃない、っていうイデオロギーがあるような気がして。『ラジオの時間』も役者たちのわがままで脚本としてはけっこうひどい状況になっていくけど、でもみんながんばったし感動したからいいじゃないって。
だからなんていうかなこの古畑もね、なんかきりころされた長谷川初範がなんかさいごもうわすれられちゃってるような。

安福 ああ、そうですね。

柳本 べつにそれがわるいってことではないんだけど。でも三谷作品って熱さとか一致団結で、見えなくしてしまうサイドがあるんじゃないかってときどきおもうんですよ。
なんていうかな、わたしはもう一度だってやるつもりだよってさいご小林稔侍がいってますけど、

安福 ああ、いってましたね。

柳本 美談ですけどね。でも裏を返せば結局全く反省してないわけですよね。『相棒』の右京さんなら頬をふるわせて怒ってますよ。

安福 そうですね。でもあれ、殺しても殺さなくても、あそこはなくなっちゃいますよね、たぶん。経営難で。殺しても意味ないんじゃないかっておもった。

柳本 ああそうですね。だからなんか勘違いが、美談になっちゃうときありますよね。そういうのを描いてるともいえるのかなあ。
勘違いがみんなで一致団結すると美談になる。
だから『ラジオの時間』もね、自分がただたんにリスナーとしてきいてたらこのラジオドラマそうとうひどいんじゃないかとおもって。ちなみにDVDの特典でラジオドラマだけ抜き出してきけるんですけどね。

安福 だから聞いてるひととして渡辺謙がでてきたのかな。感動するんですよって。

柳本 ただおもしろいのがね、三谷幸喜さんってときどきわけわからない突発的なシーンをはさむことがあるんですよね、一致団結のあとにあまのじゃくのようなシーンを。『みんなのいえ』で、なんかすごくみんながやっとなかよくなって、ああやっとこれで一致団結してつくれるってときになぜか唐沢寿明が家にペンキをぶちまけるのかな、なんかだいなしにするシーンがきゅうにはいって。え、これ、なんでこんなシーンいれたんだろっておもって。今でもあのシーンだけなんか浮いてるかんじもするけれど、でもたぶん三谷幸喜作品ではそういう、きゆうにみんなの一致団結にたいする反動みたいなひとがときどきぽつぽつでてくるきがする。それがなんかおもしろさとしてある気がします。たぶんこの後にでてくる今泉慎太郎の古畑任三郎への殺意もちょっとそれに似てる気がする。
あの、『総理と呼ばないで』でも小林隆の肖像画家がだんだん狂っていっちゃうんだけど、物語の本筋とは関係ないところで、ああこのひとどうなるのっていう解決しないひとをいれる、っていうか。
解決しないひとやシーンをいれることで、ちょっとみている人間にフックをかけていくのも三谷幸喜作品だとおもう。
『笑の大学』でもそうなんですね。検閲官と喜劇作家はだんだんなかよくなるけど、とつぜんやっばり検閲官がそれをひるがえす。なんかこうた、ひねくれる、ってファクターがとても大事なファクターとして機能してるきがする。みんなみんなイデオロギーに対して。

安福 なんかそれまた、短歌と一緒なんじゃないですか。解決しないとこが必ずあるところ。その解決しないところがずっと読まれたりするじゃないですか。

柳本 なんか季語がそうなんじゃないんかっておもったりもしますけどね。俳句にとっての。季語って解決不能なきがするんですよ。季語って季節を感じさせる言葉というよりは、《逆行》を埋め込むための装置のようなことばじゃないかと思っていて。だからなんかイデオロギーにできなかったり、冷却装置としてはたらいたりいろんなふうに働くんじゃないかと思ってるんですけど。

安福 話変わりますけど、小林稔侍のこの回で気になったのは、あの月でした。小林稔侍だけがあの月のこと知ってるっていうこと、で、それが逮捕のきっかけになりますよね。大事なものって守っちゃうから、ばれるんですね。

柳本 ああ、今回問われてたのって、ほんものとにせものの違いって何かでもありますよね。ドラマだからぜんぶにせものじゃないですか。言ってみれば。月だって舞台装置でしかないし。でもにせものでもおもいがやどるとほんものになってしまう。真剣みたいにひとをころすまでになってしまう。それってみんなイデオロギーもそうですよね。だんだん偽物だったはずの感情がみんなでなんか同じ事を言ってるうちにほんものになっていって執着がでてくる。
なんかこれいい話でおわってるけどじつはすごくこわいはなしだとおもう。

安福 ああ、ほんとですね。本物と偽物の話だ。

柳本 にせものでも思いがこもればひとをころすようなほんものになるって。ただ舞台はいつだってにせものだから。そういう怖いことがいつも舞台のうえではおこなわれてるんだとおもう。
 
安福 「動機の鑑定」とにてるのかなあ。あれも偽物と本物がでてきましたね。

柳本 でも初回の中森明菜からそうですよね。にせものの恋愛だったんだっておもえなかったんだから、わりきれなかったから、殺したんですよね。
ただかのじょは小林稔侍とちがってひとりだったけど。だからそこらへんちょっとジェンダーがでるかもしれないですね。
『真田丸』でも堺雅人の側室の長澤まさみはずっとひとりでしたよね。堺雅人はみんなにたすけられても。『ラジオの時間』でも鈴木京香は孤立してたし。

安福 ほんとですね。

柳本 なぜか三谷作品は男同士はなかよくなっていくけどおんなのひとは孤立してしまう。まあだからこそおんなのひとはつよいともいえるけど、なんかちょっとまちがったつよさな感じもしますよね。おとこのひとがなかよくなるためのおんなのひとのつよさというか。

安福 おんなのひとがなかよくなっていくのってかなり細かいきがするんですよ。おんなのひとがなかよくなっていくかんじっておとこのひとみたいにがーっとわーっとじゃないきがして。

柳本 ああ、そうかあ。

安福 三谷さんのにでてくるおんなのひとってつよいですね。たしかに。だめなひとっていないんじゃないですか。わかんないけど。

柳本 ファムファタールなんですよね。運命の女っていう。男をみちびいていく女というか。

安福 つよいでおもったけど、木の実ナナとかめっちゃ強かったですもんね。

柳本 だからこんかいのはなしみたいに共同体的なはなしのときに男ばっかりっていうのは象徴的かもっておもったんですよ。「灰色の村」の回でもおんなのひとがころされるし。

安福 あっそうだ、今回の蟹丸さんがはしゃいでたのがおもしろかったですね。

柳本 今泉は蟹丸さんの側にいますよね。だから古畑って今泉から決してなつかれてないってことがわかる。あと組織からも信頼されてないんだなあって。じゃあ古畑ってなんなんだろうっておもったんですよね。
結局解決が意味がないんですよ社会的に。解決してもだれもそれを評価してないから。
だから犯罪者は社会的制裁をうけてるきがしないんじゃないかと思って。むしろ、ワークショップな感じというか。ふたりでやるワークショップ。だって犯人も古畑もきづかなかったことにふたりでたどりつくわけだから。しかもそれは『相棒』とちがって組織ぬきで、今泉さえぬきでやるわけでしょ。『相棒』はやっぱり『相棒』のなまえのとおり、『相棒』といっしょだから、組織がはいってきますよね。『古畑任三郎』は『古畑任三郎』ってたいとるだから、『古畑任三郎』ひとりなんですよ。

安福 ああ、ほんとですね。

柳本 古畑任三郎ワークショップ。

安福 ワークショップなのかあ。犯人との。

柳本 だから古畑にはああいう小林稔侍みたいのありえないんですよ。ひとり、だから。だからどっちかっていうと女性性なんじやないかな。男同士なかよくしないし。
だから究極的には、古畑任三郎にとってセックスってなんだ? ってことになるとおもうんですよ
それは金田一にとって、ホームズにとって、ポワロにとって、セックスってなんだ? って問いかけになるけど。
あの漫画のね、金田一一少年もね、セックスのチャンスはすごくいっぱいあるけどけっきょくまったくできないっていうのをみると探偵にとってセックスってなんだろうっておもうけど。

安福 うーん、ほんとですね。なんでしょうね。探偵って、たぶんセックスしてしまったらだめなんじゃない。わかんないけど。というかなんだろうできないのかなあ。去勢されてるのかも。

柳本 セックスってたぶんね、現実界にふれちゃうことだとおもうんですよ。で、現実界ってことばで説明不可能なものだから、説明不可能なものにふれちゃだめなんだとおもう。セックスってことばでせつめいふかのうですよね。
あれはきもちいいもので、なにかこうこうふんするもので、とかいってもせつめいになんないんですよね、性って。それはバタイユを読むとよくわかるけれど。死もそうですよね、生命とかも。

安福 そうかあ。

柳本 そういうのってたぶん、ひとが世界をみるときにみえるものとみえないものの区別について考えたカントの後の19世紀くらいにでてきてると思うんですけど、たぶん探偵もそれくらいからでてきてるんじゃないですかね。
で、たぶんそういう説明できない観念がうまれるのって、部屋、家具があるような自分の部屋っていうものがうまれてくるのとむすびついてるきがするんですよね。部屋って、生活してるとわかるけど、痕跡がうまれてきますよね。そのひとの趣味とか嗜好とか。
で、たとえばきょう突然しんでも、そういう痕跡からしらべられるわけですよね。そういう言葉で説明できない痕跡みたいのがうまれはじめたのがだいたい19世紀だとおもうし、そこで探偵もうまれてくるんだとおもうんですよ。なんかそういうつながりがある気がする。たぶんそれはベンヤミンってひとが書いてたと思うんだけど。

安福 なるほどなあ。

柳本 それはもっといえば、「市民」の誕生ってことになるんだとおもいます。部屋をもって、趣味をもち、労働もし、死にかなしみ、セックスをし、生命をかんがえる、って言う。あとちゃんと理性ももって、立派な市民になり、犯罪者にならないよう日々努力する市民。

安福 市民、いそがしいですね。

柳本 近代市民ですよね。近代の誕生っていうか。上のって漱石の人物ですよね、なんだか、まさに。
だから探偵って近代からうまれたのに近代から疎外されてくようなところがあるのかなあ。漱石の探偵嫌いは有名だけれど、漱石作品では『彼岸過迄』とか探偵ってキーワードになりますよね。でも『吾輩は猫である』の猫なんかさまさに探偵ですよね。探偵だけど猫は猫だから労働やセックスから疎外されてる。
だけどさいご死をひきうけようとしてますよね。あれ、ふしぎですよね。あのとき死をひきうけた猫は「近代市民」になろうとしてんじゃないかとおもう。
そうすると探偵にとって死ってなんだろうなって問いもでてきますけど、ポワロなんかは死をひきうけましたよね。裁きとして。ホームズはどうだったんだろう。古畑任三郎は。御手洗潔は。メルカトル鮎はでてきてすぐしんじゃうけれど。あ、これいっちゃいけないのか。
探偵ってふしぎなんですよね。ジェンダーも。最近NHKのBSでドラマ化された明智小五郎は満島ひかりさんがやってましたけど、違和感がないですよねべつに。もんだいがないっていうか。男性的であるひつようがないんだなあって。探偵は。
疎外されてるひとだから、男性的であるひつようがないんですね。女性的でなくてもいいし。
ひとりだから
『相棒』の右京さんがけっこんできてるのはタイトルが『相棒』だからじゃないかっておもうんですけど。まありこんしてますけど。

安福 ああ、なるほど。

柳本 『相棒』って『相棒』にリビドーをそそぐ物語じゃないかとおもって。タイトルってリビドーのそそぎかたを示すんだと思うんですよ。『古畑任三郎』なら、犯人が『古畑任三郎』にリビドーをそそぐし。
右京さんがみているのは、いつも相棒ですもんね。相棒のすがたですよね。

安福 リビドーがきちゃったかあ。


download_20170310_015148.jpg
安福望:古畑任三郎「殺人リハーサル」の回の絵

download_20170310_020848.jpg
柳本々々:古畑任三郎「殺人リハーサル」の回の絵

posted by 柳本々々 at 02:13| 川柳サロン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする