2018年07月10日

根岸川柳作品集『考える葦』 @


根岸川柳作品集『考える葦』
著者  根岸川柳
発行  昭和34年10月23日
発行所 根岸川柳作品集刊行会

今日取り上げる川柳作品集は、十四世根岸川柳の『考える葦』です。根岸川柳は明治21年、東京生まれ。明治20年生まれの川上日車や、明治22年生まれの木村半文銭と同世代ということになります。日車と半文銭は、大正末期から昭和初期にかけて「新興川柳運動」を牽引してきた川柳家です。

川柳を開始したのは大正8年のようです。『考える葦』の序に、大正8年以降昭和23年頃までの作品は僅かしか残っていない云々とあるからです。大正8年。時期的には、明治末期の「新傾向川柳」と大正末期の「新興川柳」の間になります。十四世川柳の柳号を継いだのは昭和23年。もし川柳家として広く知られるようになったのがその時からだとしたら、日車や半文銭と比べ遅咲きといえるでしょう。

『考える葦』は、昭和34年6月までの1000作品が収録されています。まず昭和28年までの作品をいくつか見てみましょう。

お喋りのあとに風鈴だけのこり
驛長のあごに夕日を置いて發ち
男の子どこからとなく砂が落ち


これらは近現代の風景ではあるけれど、古川柳的な情緒を受け継いでいる感じがします。「ずぶぬれになつてしまつてからの虹」という作品もあるのですが、これなんか『誹風柳多留』の「本降りになつて出て行く雨やどり」に付けて読みたくなってしまいます。同書は、前のほうに「初代柄井川柳に捧げる」と書かれたページがあります。当たり前かも知れませんが、川柳の歴史を相当意識していたのだと思います。
上掲で特にわたしが気に入っているのは、最初の「お喋りの〜」という作品。写生の川柳なので、多弁になっていないのがいい。お喋りの音から風鈴の音へ。量も質もまったく違う二つの音を対比させることによって、〈動〉から〈静〉へと移りゆく場景がありありと伝わってきます。映画の技法にも通じそうです。
なお、三作品とも連用止めです。連用止めは、俳諧の平句や前句付の名残りを想わせるほか、完結感がなくなるので嫌う人もいます。しかし好いか悪いかは、連用止めがテクストの中で上手く機能しているかどうかで判断されるべきでは、と現在のわたしは考えています。

本とうに笑い入齒を手で押え
應接に番茶と蠅と俺を置き
つまりそのこういうことになつた酒


これら、おかしみのある作品群もやはり、古川柳からの脈が感じられます。特にお気に入りは最初の「本とうに〜」で、いままでこの主人公が形式的な愛想笑いをしてきたことがうかがい知れます。加えて、人柄までも想像できる。「入齒を手で押え」ることを通じて、身体の生理(自然)と統御(理性)とのせめぎ合いを活写しているのが技術といえるでしょう。

鏡からくさつた俺がついてくる

このあと述べることになりますが、根岸川柳の作風は、昭和29年頃から徐々に表現の可動域が広がっていきます。上掲のようなドイツ表現主義にも通じる心象作品を見ると、オーソドックスな川柳に収まり切らない資質は潜在的に備わっていたように思えます。

次に昭和29年以降の作品を見ていきます。昭和29、30年頃から、五七五の定型に頓着しない一行詩的なリズムも見られるようになってきます。そして年を経るごとにその傾向は強まっていく。また内容面でも発想がより自在になってきます。他律的な定型から徐々に自由になっていくことと、発想が自在になっていくこととが連動し、作風が変化しはじめたのです。

桃の中の虫の恍惚で死のう
ゴリラの聲帶模寫でみそかそば
註D袴で千枚の舌を贈る
茹でたらうまそうな赤ン坊だよ
肉の抒情を運河が流していつた
失禮 ~のむくろにパンツはかせる
聖者がいる、便器眞ッ白
ぐる、ぐる、ぐる、ぐる、目玉だけの一日
スケジユールの先きは月の輪の中のおばさん
ビルを踏ンずける、足を迎える


「失禮 ~の〜」は、深読みしようと思えば幾らでもできるのでしょうが、わたしは書かれてある状況だけを素直に愉しみました。不敬と崇敬、その相反する要素が同居しつつ戯画化されている。「カミサマはヤマダジツコと名乗られた」(江口ちかる)という、わたしの大好きな川柳があるのですが、およそ日本人の想念におわすカミサマというのは、戯画化を許してくれる大らかさがある、と勝手に思っています。
また「聖者が〜」は、好きというよりも気になる作品でした。作品集全体を読んでみると分かるのですが、彼の川柳には実生活に密着した体臭や生活臭をすごく感じる。生きていれば当然、下(しも)のことだって避けては通れない。彼にはそういう作品も散見されます。だからこの作品は、「聖者=眞ッ白い便器」と見立てるばかりではなく、豊かになるにつれ人間の有様や言葉遣いが漂白されていく社会をも何ほどか風刺しているのかも、なんてことを考えました。

(つづく)
posted by 飯島章友 at 07:00| Comment(0) | 川柳論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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