2018年07月19日

根岸川柳作品集『考える葦』 A


根岸川柳作品集『考える葦』 @

さて、徐々に作風が変化しはじめた根岸川柳ですが、それはどのような考えに裏付けられていたのか。『考える葦』の序文にそれが示されています。

川柳の有り方、これはどう考えようと自由だが、およそすべての現象は定着を否定していつも前進する、これが本質である。要するに目に見えない速さで、冷酷に前進して行く時代の感覺は、當然何ものにも足踏みすらゆるさず、前へ前へと歩み續けている。これがモノの生きている姿で、進歩の法則である。進歩のないところに生活(いのちも人生も)を考えられないとしたら、川柳だからといつて、この法則から除かれるいわれはない。初代川柳が破門されても、當時の俳諧師仲間から異端者扱いをされても、泰然と時代感覺と密着した路線を、大股で歩き通したことも考えられる。私には彼ほどの才能はないけれど尖鋭な精~は受け繼ぎたい。

作風に変化の兆しが見えはじめた昭和29年は、プロレスリングを観るため街頭テレビに人びとが群がり、映画「ゴジラ」が公開され、若者にヘップバーンスタイルが流行した年。時代はまさに脱戦後へと向かっていました。根岸川柳がもともと備えていた「尖鋭な精神」と、脱戦後への気運が高まっていた「時代感覚」。それらが相まって作風に変化をもたらしたように思います。

昭和20年代から昭和30年代初頭というのは、現代川柳が形成されていった時期です(現代川柳を広義に解釈すればダダイスムの影響が見られる「新興川柳」がそのルーツともいえそうですが、ここでは戦後の革新川柳を「現代川柳」と呼びます)。「現代川柳作家連盟」が発足したのも昭32年5月。ちなみに戦後の現代川柳は、昭和23年に関西で河野春三が「私」を創刊したことと、昭和26年に関東で中村冨二が「鴉」を創刊したことが発端です。

汽車に轢かれるのも 一つの舞踏です  中村冨二『中村冨二句集』(S.35)
魔法使いが生きていた頃の 夕焼よ

十指なき日や棒立ちの鶴といる  河野春三『無限階段』(S.36) 
死蝶 私を降りてゆく 無限階段の 縄 
 

現在の現代川柳派の作品では、五七五の定型に頓着しない川柳が沢山あります。また一字空け、句跨りなんかも罪悪感なく使われている感じで、そのため音節と分節が一致しない川柳も多い。そして言葉の飛躍は、特定の川柳グループにかぎっていえば、もはや爛熟期に入っているくらいかも知れない。これは、春三や冨二に代表される戦後の現代川柳作家の工夫と創意が、いまや当たり前の技術となったからです。根岸川柳のいうように、川柳が「前進」した結果です。

しかし、こういう人もいるでしょう。前進ばかり続けていては、川柳は基準も何もないアナーキーな文芸になってしまう、と。確かにそのとおりです。しかしわたしは、現在の前進した現代川柳が放縦な文芸とはとても思えません。

現在の現代川柳を俯瞰してみれば、定型順守、もしくはそこから大きく外れない準定型の川柳が大半です。また分節を無視している川柳でも、総音数は十七音前後で創られているのが普通です。言葉の飛躍についても、言葉が飛びっぱなしで終わっている川柳は、句会では採られにくいという現状があります。してみるとどうやら、川柳という場でも〈時間〉の経過にともなって、知らず識らずのうちに〈調整機能〉が働いている、ということではないでしょうか。言い換えれば、川柳として心地よいと感じる〈枠〉がメタ的に共有されている、と考えられるのです。だからこそ、短歌にも似た長律を書く作家は「これは自由律の川柳です」と言うでしょうし、定型という目安が苦痛で仕方ない作家は、たとえば「短詩」を名乗るなどして、川柳から離れた場所で創作活動を始めるわけです。

一般的にいって、〈正統〉には必ず〈異端〉が流入してきます。やがて、二つの間にはせめぎ合いが起こる。しかし正統と異端は、〈時間〉の中で調整され、上書きされながら次のステップへと進んでいく。つまり更新されていくわけです。時間には三つの〈器〉があります。すなわち、@先人が確立した知識(川柳でいえばフォルムやレトリックなど)を蓄える〈容器〉、A異物を精錬する〈濾過器〉、Bそれらを伝える〈伝達器〉です。川柳も、これらの器の恩恵にあずかっている。したがって川柳とは、オーガニゼーション(組織)から一律的なルールで縛られた文芸ではなく、オーガニズム(有機体)として生成を繰り返し、前進する文芸だといえます。

わたしは、上記ようなあり方が〈伝統〉だと考えています。つまり伝統とは、前進と調整が表裏一体をなしている。辞書で Tradition を引くと、すぐ近くに Traffic が載っています。冗談めかしていえば、伝統も交通も、人びとがいろいろな可能性を選択し、調整しながら前進していくものでしょう。したがって、もし川柳に〈伝統川柳〉というものがあるのだとしたら、根岸川柳がいうように「前へ前へと歩み續けてい」く姿勢が何ほどかなくてはならない。もしその姿勢がないとしたら、それは伝統というよりむしろ、ひたすら過去のかたちを展示する「保存」であるか、根岸川柳流にいえば「定着」でしかないのですから。


俺の血を見ろ蚤が跳躍する  根岸川柳
posted by 飯島章友 at 00:00| Comment(0) | 川柳論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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