2018年10月21日

川柳カモミール2 ➂

川柳カモミール2 ➁


グレコローマンスタイルビターチョコレート  笹田かなえ

「グレコローマン」は、「ギリシャ・ローマ(風)の」という意味。さて、先ずわたしが掲出句を気に入った理由は、本当にそんな食べ物があるのかに関わりなく「グレコローマンスタイルビターチョコレート」にリアルさを感じたからです。なぜそう感じたのか。それはたぶん、ビターチョコレートだからリアルさを感じたのです。わたしは甘い物をあまり好まないので詳しくありませんが、おそらく現代人にとってチョコといえば、糖分と乳製品がたっぷり入ったミルクチョコレートのほうでしょう。したがって、ビターチョコレートとわざわざ書かれたばあい、書かなければならなかった必然性が出るためリアルさにつながっていくわけです。それともうひとつ、こちらはリアルさというよりも現実問題なのですが、いくら帝国の黄金期とはいえ、古代にミルクチョコレートがあったとは思えません。だからギリシャ・ローマと取り合わせるなら、より素朴なビターチョコレートでなければ嘘くさくなってしまう。掲出句はそこをきちんとカバーしており、それもリアルさへつながった理由だと思います。

リアルさの他にもう一点、掲出句を気に入った理由があります。それは「グレコローマン」と「ビター」の取合せに、ローマ帝国の没落を想起することができたからです。ギリシャ・ローマ時代は、学問・芸術・技術・スポーツが著しく発展したため好意的に語られるケースが多いですよね。でも逆に、ローマ帝国末期の政治の腐敗、物質主義の蔓延、風俗壊乱も、現代文明を考察するうえでよく引き合いに出されます。そんなギリシャ・ローマ帝国の興隆と没落を考えたとき、カカオの苦みたっぷりのビターチョコレートは、とても示唆的な言葉になってくるのではないでしょうか。尤も、わたしとは逆に、ビターチョコレートから古代帝国の興隆を想起し、ミルクチョコレートに帝国の没落を想起するひともいるとは思います。

さて最後に、「カモミール句会文法の時間」という特集にも触れておきましょう。ここでは大学の国語の先生を招いて、カモミールの川柳作品を品詞分類したあと、文法について皆さんがあれこれと座談しています。

人びとが言葉を交わす営みのなかで、有機的かつ無設計にルールが更新されていくのが文法の基本的なありかた。言ってみればそれは暗黙的ルールであり慣習であります。したがって、知的な理(ことわり)によって言割り、事割りすることで、あらためて気づくこともあるかと思います。わたしが一番興味をもったのは以下のくだり。ゲストの国語の先生の発言です。

人称代名詞って日本語は海外の言葉に比べて非常に多いですね。「私」だけで英語だと「I」で済みますが、日本語だと「あたしも生きる」「わたしも生きる」「僕も生きる」「俺も生きる」「ワシも生きる」「ウチも生きる」みたいな複雑な構造を持ってる言語でなかなか外国語ではないです。


川柳カモミールのご注文方法はこちらに掲載されています。
ステーション&カモミール2号

(おわり)
posted by 飯島章友 at 23:30| Comment(0) | 柳誌レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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