2019年01月12日

「川柳北田辺」第98回(2018・12月)

「川柳北田辺」第98回
発行人・編集人 竹下勲二朗

黄色から分母を借りて伏せなさい  亜蘭(兼題「伏せる」岡田幸男選)
真ん中を伏せ字にされて恥ずかしい  秀・きゅういち(  〃  )
ヨオッヨオッと火曜日の不燃物  智史(兼題「ヨオッ」宮井いずみ選)
肉じゃがのヨオッがうなじに引っ掛かる  律子(  〃  )
竹の皮で造るぼっちゃんのネクタイ  一筒(兼題「坊ちゃん」きゅういち選)
鯨肉に本家のボンは欲情す  秀・豆乃助(  〃  )
感じちゃう地下鉄のピッてするところ  くんじろう(兼題「感」山口ろっぱ選)
お前はもう死んでいるとついさっき  軸・律子(兼題「後はよろしく」森田律子選)
昨日まで金魚でしたとアドバルーン  かがり(席題4 かがり・出題「金魚」きゅういち選)
シマムラの丸首シャツからDJスサノオ  秀・ろっぱ(席題5 ろっぱ・出題「丸」井上一筒選)
ぶらさげたニンジン ニンジンのままで  幸彦(席題6 一筒・出題「乾く」岡田幸男選)

くんじろうさんが毎月開催・発行している「川柳北田辺」より。内容は句会報が中心なのですが、巻頭にはくんじろうさんの川柳時評ともいえる「放蕩言」が、巻末には酒井かがりさんの四コマ漫画が載っており、文芸誌として充実しています。

あくまでもわたしの感じ方ですが、北田辺の川柳を読んでいると〈伝統性〉をすごく感じます。といっても、所謂〈伝統川柳〉のそれではない。狂句、ばれ句、新興川柳、戦後革新川柳など、これまでの川柳の歴史的な成果すべてを集約している、という意味での伝統性です(わざわざこういうことを言うのは、狂句は川柳ではない、ばれ句は川柳ではない、レトリックを駆使した難解句はダメだ! といった類の公式主義がまだまだ川柳界で強いからです)。

先月発行された「川柳杜人」第260号にくんじろうさんは、「ふらすこてんが終わってしまったではないか!バカヤロウ!」という文章を寄稿されています。その冒頭では、「バックストローク」「川柳カード」「京都黎明社」「玉野川柳大会」「川柳結社ふらすこてん」が終わってしまったことを嘆いておられます。良心的な関西の川柳グループが次つぎと閉会してしまったことは無念だと思います。でも、「川柳北田辺」があるじゃないか、とわたしは言いたい。それくらい、北田辺の川柳は自由自在で面白い。

なお、今月1月20日の句会は100回記念だそうです。兼題は、「百」「太る」「女の子〜だなんて」「鉄板」「レロレロ」「ビー玉」「接着剤」「百一」を各題2句。前日までに出欠を、欠席投句は2日前までに郵送。わたしも投句しようと思っています。

新しく参加・投句される方は、くんじろうさんのツイッター、フェイスブック、ブログなどから要領をお尋ねください。

posted by 飯島章友 at 00:00| Comment(0) | 柳誌レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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