2019年09月23日

喫茶江戸川柳 其ノ漆

小津 こんにちは。

飯島 いらっしゃい小津さん。今日はどこかに寄っていらしたんですか?

小津 バスを降りたあと、少し遠回りして商店街を通ってきました。商店街でひさしぶりにバナナのたたき売りの実演を見ましたよ。

飯島 むかしの物売りって「たーけやー さおーだけー」みたいに独特の売り声がありましたし、がまの油にみられるような売り口上もありましたよね。演劇やアナウンス、ナレーションの世界だと「外郎売」という口上が今もって練習されています。元演劇部の私も暗記しておりますよ。「さてこの薬、第一の奇妙には舌のまわることが銭独楽がはだしで逃げる。ひょっと舌が回り出すと矢も楯もたまらぬじゃ。そりゃそりゃ、そらそりゃ、まわってきたわ、まわってくるわ」といったあと、早口言葉をつっかえずに言いつづけるんです。「のら如来のら如来三のら如来に六のら如来。一寸先のお小仏におけつまずきゃるな、細溝にどじょにょろり。京の生鱈奈良なま学鰹、ちょと四五貫目、お茶立ちょ茶立ちょちゃっと立ちょ茶立ちょ、青竹茶筅でお茶ちゃっと立ちゃ」。ふぅ、ブ、ブランクが……。

小津 マスター、芸達者すぎます!

飯島 洒落や付け足し言葉でテンポよく構成されていて、活舌練習にすごくいいんです。これって二代目市川團十郎が演じた「外郎売」の台詞で、今も歌舞伎十八番の一つとされています。

小津
 なんだか江戸のお仕事に興味が湧きました。今日は働くことについてのセットをお願いできますか。

飯島
 それでは少々お待ちください。

      * * *

お待たせいたしました、本日の江戸働き方セットです。

 三千世界しよひあるく貸本屋
 柔術やはらの師かういたしたらどうなさる
 生酔なまゑひにからくり一つらりにされ
 虫売りのむなしくかへる賑やかさ
 あんどんで真赤なうそを売て居る


小津 わあ、とても懐かしい香りが漂ってきました。〈三千世界しよひあるく貸本屋〉。これは宣伝文句みたいですね。お得意さん回りですか。

飯島 はい、そうです。江戸庶民の生活用具全般はレンタルが主だったんですね。一つの理由として、江戸は火事が多かったんでいちいち買い換えていられなかったんだと思います。だから損料屋、今でいうリース業者が庶民の生活を支えていました。衣服、食器、布団、家具、装身具といろいろ貸し出していたそうです。で、書物もレンタルなわけです。掲句は三千世界を背負っているんですから、当然エッチな世界についても抜かりがありません。〈貸本屋密書三冊持つて来る〉というような句もけっこう残っています。

小津 地下活動みたい。禁書の多い時代だし、貸本屋さんは大活躍でしたでしょうね。いまスマホで調べてみたら、江戸だけで十万軒に及ぶ貸本読者がいたとありましたよ。すごい。

飯島 ただ、現代と同じような悩みもありました。〈筆まめな得意にこまるかし本屋〉〈無料見物にはこまる貸本屋〉。貸本への書き込みや立ち読みがあったようです。

小津 本に書き込む人って何考えてるのかな。次読む人とのコミュニケーションかしら。

飯島 わたし、20代のころは自分の本に直接メモしていたんです。いまは付箋に書いて貼り付けますけどね。なので20代のころ買った哲学書や政治思想書なんかには書き込みが多いんですけど、今それを読み返すと昔の自分とコミュニケーションを取っているような不思議な感覚をおぼえます。こんなこと考えていたのかって。でも一回、図書館から借りた本に、誤字が校正してある書き込みがありましたよ。正しいんだけどダメだろみたいな。

小津 あはは。そういえば私、明治の狂詩を読む時は、先人たちの書き込みにすごく助けられていますよ。正直、手書きの校正や注釈​がないと困ってしまいます。次の〈柔術やはらの師かういたしたらどうなさる〉は、柔術が仕事に入るのがなんだか新鮮です。わたし、あの時代の人たちが先生に月謝を払っていたイメージをどうしても抱けなくて。

飯島 これもね、今と昔でおんなじです。よくプロレスラーに「技を掛けてください」と気安く頼むひとがいますけど、掛けるっていうことは技をキメるってことですからね。レスラーが手加減をして掛けたふりだけしたら「たいしたことねえな」と思われるし、もしそこそこ本気で技を掛けでもしたら、このご時世なんで大騒ぎされそうだし。今でもよくあるといえば〈追剥に逢つて見たがる下手柔術〉という句もあります。武術を始めてしばらくすると、自分が強くなったと錯覚してしまうのですね。

小津 素人は厄介ですよね。次の〈生酔なまゑひにからくり一つらりにされ〉。これは意味がわからない…。でも音の響きの綺麗な句ですね。

飯島 「らり」は乱離骨灰の略で「めちゃくちゃになること」という意味です。

小津 なるほど。「らりにする」という言い回しが江戸っぽい。

飯島
 あと覗きからくりについても一応ご説明します。これは、ガラスレンズが嵌め込んである穴を中腰で覗くと、その向こうにある絵が拡大されて見えるって趣向です。口上師の物語を聴きながら、次々と変わっていく絵を覗き見て楽しむんです。江戸川乱歩の『押絵と旅する男』に、浅草十二階近くの覗きからくり屋が描かれていますよね。

小津
 ハイカラとレトロとが織りなす幻想小説ですね。次の〈虫売りのむなしくかへる賑やかさ〉は…。

飯島 この句はペーソスが漂っていますよね。

小津 ええ。笑いの表情で書かれた哀しみが絶妙です。それにしても虫売りが仕事になるなんて、江戸はどれだけ都会だったのだろうと思います。都会暮らしの旬との出会いってことなんですよね。また虫売りは、虫のいない季節には何を売っていたのかしらという疑問も。

飯島 江戸の働き方を調べてみると、季節によって売り物を変えることが多かったみたいです。たとえば現代の焼芋屋さんなんかも、さすがに秋と冬だけの商いでは暮らせませんから、春や夏は別のお仕事をしている方が多いと聞きますね。竿竹屋さんとか。江戸川柳にも〈行灯は赤いまんまで薩摩芋〉という焼芋屋さんの句があるのですが、ちょっと最後の句とあわせて読んでみましょう。

小津 最後の句というと、〈あんどんで真赤なうそを売て居る〉ですか。

飯島 はい。この句は夜商いの西瓜売りです。夜の営業では西瓜の中身をくり抜いて蝋燭を立てたり、赤紙を貼った行灯を照らしたりしてムードを演出していたようです。ここで、あらためて先ほどの〈行灯は赤いまんまで薩摩芋〉を見ますと、夏の西瓜売りがそのまま焼芋屋になったことがわかると思います。

小津  ほんとだ! 夏は西瓜屋さんで、すぱっと切る実演をしたり、中も赤いしで、縁日的なスペクタクル​が似合いますよね。そして冬は焼き芋屋さんかあ。庶民の生活が目に見えるようですね​。今日もとてもお腹がいっぱいになりました。いつもよりも現代の味​覚に近かったように思います。また来月も遊びにきます。

《本日の江戸働き方セット》
三千世界しよひあるく貸本屋   禁書借りてみたい度 ★ ★ ★ ☆ ☆
柔術やはらの師かういたしたらどうなさる   素人は怖い度 ★ ★ ☆ ☆ ☆
生酔なまゑひにからくり一つらりにされ   普遍性度 ★ ★ ★ ★ ★
虫売りのむなしくかへる賑やかさ   江戸川柳っぽいぞ度 ★ ★ ★ ★ ★  
あんどんで真赤なうそを売て居る   実演販売王道度 ★ ★ ★ ★ ☆

posted by 飯島章友 at 22:30| Comment(0) | 川柳サロン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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