2020年06月17日

森山文切川柳句集『せつえい』@

今回は、森山文基(森山文切)さんからご恵贈にあずかった森山文切川柳句集『せつえい』(毎週web句会・2020年)について書いていきます。「せつえい」は拙詠のほかに設営という意味もありますね。

 沖縄にあるしりとりの「ん」の続き

本句集冒頭の川柳。この句には読みの道筋を二つ考えました。ひとつは、文基さんが住む沖縄で「しりとり=川柳の歴史」の新たなステージがはじまっているのだ、という宣言としての読み方です。わたしは2013年の「川柳カード」第3号に小池正博さんからのご依頼で、「既存レジームからの脱却を」という小論を書きました。川柳界の状況論めいたものです。作句をはじめて四年目のときだったんで少々なまいきですね。

私は文芸川柳界においても、「マンネリスパイラル」に陥った既存レジームとは異なる、新たな世界を築いていくことが重要だと思う。そしてそれができるとすればインターネットだ。

わたしがこの文章を書いてから数年のち、文基さんが「川柳塔おきなわ準備室」でweb句会を立ち上げ、いまの「毎週web句会」へと発展していきました。「毎週web句会」への参加者は、従来のリアル句会では少数派だった年齢層が大勢集ってきていて、まさに新領域といえるものです。先のわたしの小論はほんの問題提起のレベルでしたが、これほど早くインターネット上に新しい領域が生まれるとは思っていませんでした。彼の行動力をみると掲句をひとつの宣言とみなす読みが成り立つと思います。

さて、もうひとつの読み方は社会性の読みです。すなわち、沖縄の歴史にからまる錯綜した問題や沖縄の分断状況を調整し、新たな「しりとり=沖縄の歴史」を始める、という方向の読みです。沖縄は政治・外交・国防の喚起力がある土地。なので文基さんを知らない読者が見たならば、まずは社会性の川柳として捉えることでしょう。わたしはというと、上記どちらの読み方も保持したまま鑑賞をしました。短詩というのは最初から伝達を諦めている文なので、読みを一つに絞ることは難しい。ですから多義性・多面性を内包しているとみなすのが許される、とわたしは考えています。

 原爆忌も終戦の日も夏休み
 米軍のフェンス内にも咲くデイゴ
 へいわってなあに何にもないことよ

一句目。子供のころは学校を長期間休める嬉しさしかなかった夏休み。けれど成長過程のある時点で気づくのです。じぶんが謳歌しているこの「夏休み」が、お盆、原爆忌、日航機墜落、終戦の日と重なり、それをつうじて死者を想っていることを。夏休みに多くの死者を想い、出合っている自分への認識と驚き。そこなんだと思います。かりに政治や倫理を持ち出して読んでしまっては、この句の格を下げてしまうことでしょう。

二句目。ここでは鑑賞ではなくわたしの体験談を書きますね。だいぶ前のことですが、わたしは横田基地のフェンスを詠んだ短歌をつくりました。サイクリングをする途中で基地周辺をよく通るのです。村上龍の『限りなく透明に近いブルー』の舞台になったあたりですね。現在の横田基地は航空自衛隊も使用していますが、長らく米軍に提供されてきた基地で、在日米軍司令部、第5空軍司令部、第374空輸航空団などが使用しています(上空はいわゆる横田空域)。フェンスの網を通して見える土地が、いま自分の立っている土地とは別の領域である……。先の歌はただただそんな状況を淡々と描いたものでした。ところで後日、その歌を読んだ方からお葉書が来たのです。「よくぞ沖縄の基地問題を書いてくださいました」といった内容でした。「基地」「フェンス」という喚起力のある言葉を使うと、読みの道筋がそちらに開けるのですね。そういえば、作歌したころを振り返ってみると、無意識裡に沖縄と横田を重ねていたような気もします。

三句目。ピースは本来パクス(平定)のことであり、要は戦闘がないしずかな状態ということです。ところで掲句は、戦闘がない状態とはいわず「何にもないことよ」といっている。よくよく読むと気になる定義ですね。ことによっては活力を失った〈けだるさ〉が平和なのだとも取れます。平和ではなく「へいわ」と表記されていることもそれに貢献しているようです。「何にもないこと」というと、けだるくも平穏な意味合いになりますが、nothingness、emptiness、nihilと英語に置き換えてみると、完全無欠の正価値である〈平和〉を穿っているとも取れますね。他方、nonselfやnonegoと置き換えると宗教性を帯びてきます。尤もここまでくると作者の意図を超えたお話かもしれません。


posted by 飯島章友 at 08:00| Comment(1) | 柳誌レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
記事にしていただきありがとうございます!
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連載楽しみにしております。
Posted by 森山文基 at 2020年06月19日 09:53
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