2020年11月03日

ホゲ〜と言葉の力

学生の頃、部活の仲間2、3人とくっちゃべっていたときだ。脈絡は定かでないのだが、わたしはこんな問いかけをした。「ジャイアンの歌声って何でホゲ〜なんだろう」と。

人気漫画とはいえ、たとえば『らんま1/2』や『幽☆遊☆白書』のばあい、相手が知っているかどうか探ってからでないと会話ができない。しかし、『ドラえもん』『ルパン三世』『サザエさん』のキャラは誰もが知っているので、雑談にはもってこいだ。

わたしとしては、それほど深い意味もなくホゲ〜を問うてみたのだが、これが意外に盛り上がった。3人が5人に、5人が8人に、8人が13人へと話し手が増えていき、その後も部活内では何日間かホゲ〜の話で盛り上がった。ホゲ〜には人を無関心にさせない何かがある。

人間の歌声を「ホゲ〜」と描き文字にする。ジャイアンリサイタルに大文字で付されたホゲ〜〜を見ていると、音こそ聞こえないものの、ジャイアンの歌声の破壊力、拷問性、独善感が存分に伝わってくる。と同時に、それをうな垂れながら聞いているのび太らの被虐、忍苦、絶望感も痛いほど伝わってくる。

ところが、いざアニメーションのほうでジャイアンの歌声を聞いてみるとどうだろう。マンガ版ほど度外れな破壊力が感じられないのだ。エコーをかけてその破壊力を表現しようとしているものの、特にどうということはない。まあ、視聴者に実害が出たら大問題だし、再現できるわけはない。だがそういう事情を差し引いても、視覚的な擬音が物理的な歌声よりも破壊力があるのは驚きである。

音と言葉。音楽と文学。一見すると音のほうが刺激や印象が強いように思われるけど、あながちそうとは言い切れないのだろう。「言葉の力」を見くびることはできない。

ぐびゃら岳じゅじゅべき壁にびゅびゅ挑む  川合大祐
posted by 飯島章友 at 23:00| Comment(0) | 川柳論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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