2020年12月12日

今月の作品 湊圭史「ピロウファイト」を読む

連作のタイトル「ピロウファイト」は剣の代わりに枕を用いるチャンバラのようなもの。

きみも勿論だがむしろ枕がよく戦った

人間に使役されていた枕が何者かの評価によって主役に躍り出る。このときピロウファイトを楽しんでいた人間は脇に除けられる。
「ピロウファイト」が人間よりも健闘する枕であるとすれば、「ピロートーク」は人間よりもお喋りな枕かと思うと少し可笑しい。
余談はさておき、自明視されていた使役関係を問い直し、人間中心主義を批判する意図が読み取れる表題句だ。
連作中には人間にないパーツが二つある。「嘴」と「翼」である。

嘴の代わりについている絵の具

枕が剣の代わりを果たしても、絵の具が嘴の代わりを果たすことはない。絵の具がついていたところで獲物を啄むことも仲間を呼ぶために鳴くこともできないからだ。
生存に必要な機能を削りながら見目を良くするために装飾を施すのは動物を使役する人間の常套手段だ。
ペットショップに並ぶ異様に小さい犬や、光る水槽に入れられた金魚を見るときのようなざわめきが喚起される。

イカロスは二つの国家を翼とし

ギリシャ神話「イカロスの翼」の結末は誰もが知るところである。
「国家」もまた、蝋で固めた翼のように太陽に近づきすぎれば溶けてしまうような脆い発明であるだろうか。

重力はユーモアだから信じよう

傲慢になり、天へ飛び立った人間が墜落するのはひとえに重力があるからだ。
堺利彦は『川柳解体新書』のなかで「ユーモアとは、<弱者への慈しみのまなざし>である」と述べている。
尊大になった人間を地に叩きつける重力を信じるということは、人間の弱さを徹底的に認めるということでもある。
自らの脆弱性から目を逸らさずにいられるようになったとき、テクノロジーによって太陽に接近するのとは別の方法で「勇気」を獲得することができるだろう。

ところで、この国において自明視されている中心とは何だろう。

その内に令和はなかったことになる

ピロウファイトにおいて人間ではなく枕に注目してみるような視点が共有されたとき、元号=天皇制は「なかったことになる」だろうか。それはあるいは、

ごめんごめん遠い世界のことでした

「遠い世界のこと」だろうか?

posted by 暮田真名 at 17:59| Comment(0) | 今月の作品・鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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