2017年03月31日

【お知らせ】「川柳杜人」253号・「川柳と遵法」

「川柳杜人」誌2017春・253号に、飯島章友の小論「川柳と遵法」を掲載していただきました。

高校生の時分から、秩序と自由の関係を考えることがわたしの主要テーマでした。秩序だけを一方的に追求すれば抑圧になり、自由だけを一方的に追求すれば放縦になる。近代って、このどちらか一方を過剰に追求した時期だと思うんです。では、その両側面を引き受けてバランスを取ろうという議論はないものなのか。そんなことをずっと考えてきました。これからも考えていくのだと思います。なので「川柳と遵法で何か書いてください」と杜人誌から依頼をいただいたときは、何か引き寄せるものがあったのかなあ、なんて思ったものです。

よろしくお願いします。

川柳杜人社


posted by 飯島章友 at 23:39| Comment(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月18日

青いねと言うとき空の声が変【週俳12・1月の俳句を読む】

週刊俳句第512号(2月12日)【週俳12・1月の俳句を読む】に感想を書きました。
http://weekly-haiku.blogspot.jp/2017/02/121_52.html

【週俳12・1月の俳句を読む】は週刊俳句の第511号(2月5日)と第512号(2月12日)に、
石橋芳山さん 瀬戸正洋さん 赤野四羽さん 安岡麻佑さん 柴田 健さん 三木基史さんが書いておられます。

瀧村小奈生 いいにおい 10句も対象作品でした↓
http://weekly-haiku.blogspot.jp/2017/01/10_29.html
脱ぎ捨てたものがかさこそ鳴っている」が好評のようです。
青いねと言うとき空の声が変」も。

http://weekly-haiku.blogspot.jp/
週刊俳句には
柳本々々さんの「あとがきの冒険」も連載中です。
おもしろいです。


posted by 江口ちかる at 13:59| Comment(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月20日

【お知らせ】「川柳サイド Spiral Wave」販売

1月22日(日)、「文学フリマ京都」で小池正博・榊陽子・兵頭全郎・川合大祐・柳本々々・飯島章友の川柳冊子「川柳サイド Spiral Wave」(編集発行 小池正博)が販売されます。各人の新作と旧作合せて三十句がブレンドされた川柳作品集で、お値段は500円。

なお、文学フリマのカタログには「川柳カード」として店名が掲載されているとのことです。ご注意ください。

また小池正博さんが出店者ですが、午後からは榊陽子さんと兵頭全郎さんもご来場予定とのこと。他分野の方もぜひこの機会に川柳人と交流してみてはいかがでしょうか。

また今回の「川柳サイド Spiral Wave」には小池正博選出による「現代川柳百人一句」が収録されています。わたしも見ました。そのうえで感じたことは、小池さんが選んだ句には主体的・積極的な「偏向」が混じっている、ということです。

偏向。その内実を言えば、現在もっとも精力的に現代川柳の普及活動をしている小池正博が、2010年代の感覚から各川柳人の代表句を更新している。そんな印象がとても強いのですね。

今回選出された百人一句の中から橘高薫風と中村冨二を例にとってみましょう。

恋人の膝は檸檬のまるさかな  橘高薫風
美少年 ゼリーのように裸だね  中村冨二


薫風の句。これは川柳界ではいまさら説明もいらない薫風の代表句。わたしは『喜寿薫風』(沖積舎)という薫風の自選三百句集をもっているのですが、やはり今現在の目で見ても掲出句がいちばん光っていると思うのです。だから従来どおり掲出句が選ばれるのも妥当といえましょう。

対して冨二の句。わたしの認識からすると、冨二といえば「パチンコ屋 オヤ 貴方にも影が無い」を代表句とするのが定番なんです。正直、食傷気味になるくらい。だけど小池さんは、2010年代の「偏向」した目から冨二の代表句を選出しなおしたのだと思います。あくまでも推測ですが、小池さんが若い俳人や歌人と交流してきた経験から「いまならこれだ!」と敢えて掲出句を選んだ。そんな気がするのですね。

なお今週の「週刊川柳時評」にも「文フリ京都をひかえて」という記事が掲載されています。どうぞよろしくお願いいたします。

第一回文学フリマ京都 開催情報
http://bunfree.net/?kyoto_bun01

posted by 飯島章友 at 21:50| Comment(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月08日

【お知らせ】〈身体vs文体〉のバックドロップ 格闘技と短詩型文学 小津夜景 ✕ 飯島章友

みなさま明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。

さて、新春の「週刊俳句」第506号に
〈身体vs文体〉のバックドロップ 格闘技と短詩型文学 小津夜景 ✕ 飯島章友
を掲載していただきました。

俳句のウェブマガジンなのに格闘技の話をしていいのかしら、しかもマニアックな用語にいっさい注釈もつけずに、と心配したのですが、それを編集者の西原天気さんが半分面白がってくれた感じです。「週刊俳句」はなんて懐が深いのでしょう。

わたし、小津夜景さんと話しているとホント楽しいし、なにより安心して喋ることができるんです。以前、小津さんが、川合大祐著『スロー・リバー』の鑑賞文「第3回 わたしは椅子になりたい」にこんなことを書いてらっしゃいました。

「川合大祐の川柳の美点は、破天荒な作品ばかりにもかかわらず、反権威の姿をしたナルシシズムや功名心が感じられないこと。その自意識への執着のなさは奇蹟的です」

わたしもまったくの同意見で、これが川合大祐への信頼につながっているのですが、わたしにとってこれはそのまま小津さんにも当てはまるんです。

ところで小津夜景さんといえば、いま発売中の角川『俳句』2017年1月号の新春特別座談会「今年、この俳人から目が離せない!」で言及されているんです。座談会メンバーは中原道夫さん、小澤實さん、小林貴子さん、中内亮玄さん。そのなかで中原さんがこんなことを仰っているんです。

中原 俳句のリゴリズムというものを私たちが振りかざす前に、別な意味で会得、感得している感じ。この人に、最初から「俳句とはこういうもの」と教える必要は全然ないもの」

わたしは俳句の門外漢なので短詩批評家としての小津夜景さんについて思うところを述べます。小津さんの短詩批評って、短詩という文化共同体で醸成されてきた流儀や専門用語にのっとって展開するのではなく、自身が通過してきた哲学なり小説なりマンガなり芸事の批評方法を短詩に応用しているように思えるんです。

短詩という文化共同体は、共通の文化意志のもとに共通の了解事項(喩の定義や批評用語など)を持っているのが一般的なあり方だと思うんですが、小津さんのばあいはあくまでも自分の体得してきた技術を用いて短詩を批評する。「俳句のリゴリズムというものを私たちが振りかざす前に、別な意味で会得、感得している感じ」というのは、そういうことなんじゃないか思います。何というか、俳句村・川柳村にふらっと立ち寄った異邦人がその村の職人の技術に触れたとき、今まで聞いたこともないような知識で職人の技術を体系化してみせちゃうような、そんな感じ。

俳句の世界に身を置きながらもハイブリッドな存在感をしめす小津夜景。この人からは目が離せない!


posted by 飯島章友 at 00:00| Comment(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月17日

「かばん」2016年12月号

歌人集団かばんの会が発行している「かばん」誌12月号のお知らせです。

今月号の特集「描く短歌」のチーフは柳本々々が務めました。聞くところによると今回初めて誌のページを作ったのだとか。ちなみに、何もしていませんが飯島章友もサブをさせていただきました。短詩と絵の取合せは昔からありましたよね。その意味で川柳人にも関りがあるテーマかと思いますので是非ともご覧になってください。

取扱書店はこちらです。お店によってかばん誌の入る時期が多少異なることがありますので、事前にお店へ確認してから行かれると確実です。

主な内容は以下のとおりです。よろしくお願いします。


◆特集1:描く短歌
・対談 絵と短歌とペン
 安福望(イラストレーター)×柳本々々(かばん)
・短歌×絵
 唐崎昭子 少女幻想共同体 東直子
・評論
 岡野大嗣 光森裕樹 久真八志
◆特集2:山田航歌集『水に沈む羊』
・外部批評
 伊舎堂仁 工藤吉生
・内部批評
 伊波真人
・エッセイ
 山田航
◆かばんゲストルーム:疋田龍乃介
◆会員作品
◆今月の一冊:睦月都
◆かばんバックナンバー:「思い出が止まらない」入谷いずみ
◆10月号五首選
◆今月の歌:森本乃梨子 柳本々々
◆10月号評:Aquila 吾妻利秋 とみいえひろこ
◆歌会報告:斎藤見咲子 福島直広 久真八志
(表紙 絵:少女幻想共同体 版下:とみいえひろこ)




posted by 飯島章友 at 23:58| Comment(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする