2019年02月22日

月刊「おかじょうき」2019年2月号


月刊「おかじょうき」2019年2月号
発行人 むさし
編集  Sin

月刊「おかじょうき」を発行している「おかじょうき川柳社」は、青森県を拠点に活動して川柳グループです。創立は昭和26(1951)年といいますから、宮城県の「川柳杜人社」同様、歴史のあるグループなのですね。社名が陸蒸気(蒸気機関車)から取られているところからもそれは感じられます。初代代表は杉野十佐一。この方から名前を取り、おかじょうき川柳社は毎年、全国誌上大会の「杉野十佐一賞」を開催しています。また、それとは別に誌上句会の「0番線」や、ゲストを迎えてトークセッションなどを行う「川柳ステーション」もあります。会員は青森県の方が中心ですが、福岡や島根、京都、奈良など西日本の会員の方もいらっしゃいます。

さて、今号の表紙には「祝!300号!」とあります。後記によると、不定期発行の時期もあったとのことですが、通巻300号はやはり素晴らしいですね! わたし、長く続けることは力だと考えています。プロレスリングの業界を見ても、現在人気のある団体というのは日本でも海外でも長い歴史があります。支持不支持は別にして、政党なんかもそうですね。分裂を繰り返してしまうと、UWF系プロレスのようにたとえ若くて志が高くても……いえ、その話は関係ないのでやめておきましょう。

会員雑詠集【無人駅】
ばったの目 Light and Darkness and Darkness  柳本々々
正座してなりきってみる三杯酢  熊谷冬鼓
闇市のキリンの馘は三ツ折りに  田久保亜蘭

【月例句会】
システムを更新してもおバアさん  むさし(席題「新」まきこ・熊谷冬鼓選)
勾留延長もうバナナには戻れない  まきこ(宿題「留」土田雅子選)
栞はずして魂の進化系  土田雅子(宿題「カバー」奈良一艘選)
ともすれば月の裏には中華街  吉田吹喜(宿題「自由詠」むさし選)

七句引用させていただきました。作風的には所謂「言葉派」の作品が多いように見えますが、伝統川柳に近しい作品もあれば、時事性や私性の作品も散見され、全体として懐の深さが感じられます。もともと杉野十佐一が師事していたのは川上三太郎だったのですから示唆的です。そのほかに鑑賞欄、句会報、リレーエッセイ、インフォメーションなど、内容はコンパクトに豊富です。誌面だけからの印象ですが、すこし歌誌「かばん」の雰囲気と似ているかも知れません。

おかじょうき川柳社のサイトはとても充実しているので、興味を持たれた方はぜひ参考になさってください。

おかじょうき川柳社 オフィシャル・ウェブサイト


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2019年02月13日

久保田紺句集『大阪のかたち』

久保田紺句集『大阪のかたち』(2015年・川柳カード)
編者 小池正博

ざぶざぶと醤油をかけて隠すもの
ひまなところに稲荷寿司詰め合わす
ショッカーのおうちの前の三輪車
絶叫のカバ誰が妖怪やねん
唐揚げになるにはパンツ脱がないと
高島屋ですが大根売ってます
遠くから見るといいやつだった島
きれいなカマキリに食べてもらいなさい
褒められたあたりにはもう行けないね
あいされていたのかな背中に付箋
着ぐるみの中では笑わなくていい
撒いた餌くらいは食べて帰ってね
呑み込んであげるカプセルにお入り


人は、或る人が亡くなってから生前の仕事や才能に関心を抱くことが多いと思います。わたしもそんなひとりです。でも、久保田紺さんにかんしては違います。お会いしたことこそありませんが、亡くなる前からずっと彼女の作品に注目し、愛読してきました。紺さんの川柳はとにかく愉しい。なので、何かに迷っているときなどには紺さんの川柳を読み、気持ちをリフレッシュさせていました。それは今でも変わりません。彼女が作句を始めたのは2005年だそうです。だからそれほどベテランというわけではなかった。やはり言語の才能に恵まれていたのでしょう。これからも紺さんの川柳が読み継がれていってほしい。切にそう思います。

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2019年01月27日

定金冬二句集『一老人』

定金冬二句集『一老人』(2003年・詩遊社)
編者 倉本朝世

余所のピアノでボクは静かに風邪をひく
ぼくが倒れたのは引力のせいなのか
紙ヒコーキから落ちて 少年兵勃起
一老人 交尾の姿勢ならできる
ぼくのためにぼくがいて哀しみはふえる
軍事評論家のはるかなる風景画
頭が悪いので天皇にあいに行く
俺は 12月の風船なのか 神よ
かすかな期待で柩の蓋をする
神に手を合わすぼくにも手を合わす
一老人 風の割れ目で息をして
お祝いとして少年の瞳をもらう
てのひらの汚れをてのひらでぬぐう



倉本朝世編。「一枚の会」「新京都」「アトリエの会」「韻」「CIRCUS」「連衆」と「津山川柳大会」の発表誌を参考に、1984年〜1995年までの240句が選ばれている。これ以前、冬二には『無双』(1984年)という句集があり、そこには〈穴は掘れた死体を一つ創らねば〉など、1945年〜1983年までの1200句が収められている。ちなみに『無双』は、なかはられいこさんのブログ「そらとぶうさぎ」で閲覧することができる。

定金冬二(1914年〜1999年)の川柳には、作者の境涯から発せられる臭いをつよく感じる。だが、作者の境涯を素直に叙述しているということではない。冬二の川柳は作者の境涯から出発しつつも、川柳というステージで自身を演じている雰囲気がどこかある。それは、冬二と同じ年齢の歌人・山崎方代にも通じる雰囲気だ。こうなるともう、境涯派か言葉派かという分け方は意味がなくなってしまうかも知れない。

あざみエージェント『一老人』

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2019年01月12日

「川柳北田辺」第98回(2018・12月)

「川柳北田辺」第98回
発行人・編集人 竹下勲二朗

黄色から分母を借りて伏せなさい  亜蘭(兼題「伏せる」岡田幸男選)
真ん中を伏せ字にされて恥ずかしい  秀・きゅういち(  〃  )
ヨオッヨオッと火曜日の不燃物  智史(兼題「ヨオッ」宮井いずみ選)
肉じゃがのヨオッがうなじに引っ掛かる  律子(  〃  )
竹の皮で造るぼっちゃんのネクタイ  一筒(兼題「坊ちゃん」きゅういち選)
鯨肉に本家のボンは欲情す  秀・豆乃助(  〃  )
感じちゃう地下鉄のピッてするところ  くんじろう(兼題「感」山口ろっぱ選)
お前はもう死んでいるとついさっき  軸・律子(兼題「後はよろしく」森田律子選)
昨日まで金魚でしたとアドバルーン  かがり(席題4 かがり・出題「金魚」きゅういち選)
シマムラの丸首シャツからDJスサノオ  秀・ろっぱ(席題5 ろっぱ・出題「丸」井上一筒選)
ぶらさげたニンジン ニンジンのままで  幸彦(席題6 一筒・出題「乾く」岡田幸男選)

くんじろうさんが毎月開催・発行している「川柳北田辺」より。内容は句会報が中心なのですが、巻頭にはくんじろうさんの川柳時評ともいえる「放蕩言」が、巻末には酒井かがりさんの四コマ漫画が載っており、文芸誌として充実しています。

あくまでもわたしの感じ方ですが、北田辺の川柳を読んでいると〈伝統性〉をすごく感じます。といっても、所謂〈伝統川柳〉のそれではない。狂句、ばれ句、新興川柳、戦後革新川柳など、これまでの川柳の歴史的な成果すべてを集約している、という意味での伝統性です(わざわざこういうことを言うのは、狂句は川柳ではない、ばれ句は川柳ではない、レトリックを駆使した難解句はダメだ! といった類の公式主義がまだまだ川柳界で強いからです)。

先月発行された「川柳杜人」第260号にくんじろうさんは、「ふらすこてんが終わってしまったではないか!バカヤロウ!」という文章を寄稿されています。その冒頭では、「バックストローク」「川柳カード」「京都黎明社」「玉野川柳大会」「川柳結社ふらすこてん」が終わってしまったことを嘆いておられます。良心的な関西の川柳グループが次つぎと閉会してしまったことは無念だと思います。でも、「川柳北田辺」があるじゃないか、とわたしは言いたい。それくらい、北田辺の川柳は自由自在で面白い。

なお、今月1月20日の句会は100回記念だそうです。兼題は、「百」「太る」「女の子〜だなんて」「鉄板」「レロレロ」「ビー玉」「接着剤」「百一」を各題2句。前日までに出欠を、欠席投句は2日前までに郵送。わたしも投句しようと思っています。

新しく参加・投句される方は、くんじろうさんのツイッター、フェイスブック、ブログなどから要領をお尋ねください。

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2018年11月15日

『細田洋二作品集』

川柳ジャーナル別冊『細田洋二作品集』(昭和48年)
編集人 松本芳味
発行人 河野春三

サルビア登る 天の階段 から こぼれ
角膜 島に移植して 来る夕日
渚の死木 月の傾斜を受信して
紅生姜一片残す夕焼 の秘密
言葉に言葉が跨がり ダイヴィングする淵
平仮名な睡眠を三枚に下ろす風
辞書ひいてレール病んでる 明けるなよ
腹話術 鏡となって鏡打ち
額から身銭を削り落とす月
エーテルな梢を辿る魚路



本作品集の河野春三の跋より細田洋二の言葉を引用しておきます。

「新しい言葉というものは、平凡な日常的な事実に新しい照明が与えられ、もう一度意味をもって出て来るために生まれてくる。即ち言葉が新しく生まれかわる。蘇生するのである」
「流動する現代にあって、先ず現在の状況の中における自己の価値意識を確立することこそ急務であり、非日常性を発くつし、道具的言語をよみがえらせ、沈黙の淵に沈潜し、そこから強い凝視に支えられた明確なイメージを獲えてゆく外は、言葉の復権、回復などあり得ない」

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