2020年09月22日

川柳『杜人』267号

今号のみどころは「特集・広瀬ちえみ句集『雨曜日』」です。執筆者は荻原裕幸さん、樋口由紀子さん、月波与生さん、なかはられいこさん。とても残り一冊で終刊する柳誌とは思えないブッキング力ですね。ふと名プロモーターでもあったジャイアント馬場を思い起こしました。

 もう夏の終わりのツノとして光る  広瀬ちえみ

今号の同人作品より。「夏の終わり」という、よくある臭いフレーズからの唐突な「ツノ」。初読では意表をつかれて面白さが先立ったけど、再読すると「ツノとして光る」の抒情性がしみこんできました。初読と再読とでまったく印象がちがった句です。

 みるみる狂う猛暑日なんか作るから  小野善江

誌上題詠より。お題は「 ☼ 」。人間は概念の生き物だから、知識を得るとそれによって翻弄されてしまうこともあります。日々増えていく「〜の権利」など、生きやすさをもたらす反面、生きにくさにもつながっているかも知れない。それは「猛暑日」という概念・システムの創出にもいえると思うのです。

 まだ何か言いたそうだね傷口は  みさ子

八月句会、宿題「閉」より。傷口は粘液のようにねちっこく小言をいう。治りかけに延々と痒みを出すのなんていい例かも知れない。掲句は「傷口」の悪癖を川柳らしくズバっと抉り出しているのです。


川柳杜人社
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2020年08月25日

夏の夜のスリラー川柳

本日8月25日は「川柳発祥の日」。というわけで「夏の夜のスリラー川柳」を選んでみました。




死にきれぬものがうごめくゴミ袋  普川素床




あちこちに芒はみだす死後の姉  石部明




長い髪の少女を飾る地平線  畑美樹




かあさんがなんども生き返る沼地  なかはられいこ




肉体は片付けられた紅葉狩り  樋口由紀子




するめ堅しあかんぼうやわらかし  石田柊馬




ある日届いた郵便ではない手紙  小池正博




塩をたっぷり振りかけ楽にしてあげる  広瀬ちえみ




夢想する首は水平に干そう  清水かおり




穴は掘れた死体を一つ創らねば  定金冬二




※出典(順番どおり)
・川柳作家全集『普川素床』
・セレクション柳人3『石部明集』
・『バックストローク』第36号
・『脱衣場のアリス』
・セレクション柳人13『樋口由紀子集』
・セレクション柳人2『石田柊馬集』
・セレクション柳人6『小池正博集』
・セレクション柳人14『広瀬ちえみ集』
・セレクション俳人プラス『超新撰21』
・『無双』
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2020年08月07日

「川柳カモミール」第4号

発行人 笹田かなえ
定価  500円(送料別)

7月20日に「川柳カモミール」4号が発行されました。
今回は「カモミール句会設立五周年記念誌上句会」の発表号です。
上位句については「川柳日記 一の糸」をご覧になってください。

以下は川柳カモミールメンバーの作品より。
なお今回、各作品への評は、柳人の小池正博さんと歌人の佐々木絵理子さんが担当されています。

 とびきりの笑顔でエッシャー渡される  潤子

渡されたのがエッシャーとなれば、「とびきりの笑顔」も字面どおりには受け取れない。
福笑いのような笑顔なのかもしれません。

 点だった頃の点ではなくて 雨  守田啓子

点にも境涯がある。
かつては時間の流れを塞き止めていた点なのに、いまは雨の滴のように時の流れに身をまかせ。

 また百羽カラスが増えて楽しい地球  細川静

カラスも地球の賑わい。
先進国の人間は少子高齢化でも、カラスや、ごきぶりや、ねずみは、ますます増えていくのでしょうね。

 前世はスーパー南瓜だったのよ  滋野さち

漢字の前に「スーパー」をつけるとアラ不思議、渋さが一変します。
スーパー銭湯、スーパー歌舞伎など、実際にあるもののほか、スーパー川柳、スーパー写経、スーパー町内会、スーパー平泉成なんてどうでしょう。

 牛乳と乳牛ほどに遠去かる  笹田かなえ

カレーライスとライスカレーならば違いは殆どありませんが、牛乳と乳牛だと確かにまったく違いますね。
豆乳と乳豆でもまったく違いますが、18禁かも。

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2020年07月25日

千春『てとてと』発行

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川柳スパイラル会員の千春さんが作品集を出版されます。その名も『てとてと』(私家本工房・2020年8月1日)です。

おもに川柳が収録されていますが、千春さんの詩と短歌も読むことができます。

あとがきによれば、しおりはいなだ豆乃助さん、選句は中山奈々さん、選歌・選詩はミカヅキカゲリさん、出版は兵頭全郎さん、パソコン打ちは川合大祐さんとのこと。そして表紙は川柳北田辺句会主宰のくんじろうさん。絵手紙のプロだけに惹きつける力がすごいです。

予約は千春さんのTwitter「@chiharuharusan」から。

 大祐と々々さんに萌えてみる  千春

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2020年07月20日

広瀬ちえみ『雨曜日』を読むA


 かき混ぜるだけで戦争できあがる

先にも引用した『広瀬ちえみ集』所収の「『思い』の問題」をいま一度見てみましょう。

「思い」で書けと言われ納得したかのように川柳を書いてきた。そしていまその「思い」に揺れている。短さを逆手に取った「思い」の表現はできないものだろうか。

掲句は戦争に事寄せつつも、まさに「短さを逆手に取っ」て寓喩的に、現代のムードを描出した川柳ではないでしょうか。政治学者や経済学者、社会学者らはデータに基づいて時代を論ずるものです。それに対して優れた小説家や映画監督・画家・音楽家などは、〈直観〉によって時代のムードをえぐり出すものでしょう。学者がまだ知的に分析できていない時代性を直観によって描出してみせるのですね。柳人はそれをたった17音でやってみせます。17音だからこそ、漠然とした時代のムードを可視化できるといえばいいでしょうか。

「かき混ぜるだけで戦争できあがる」――もちろん、現代のムードの寓喩などではなく、戦争の起こり方それじたいを詠んでいるとも取れます。あらためていうまでもありませんが、世界では軍需産業が大きな力を持っています。軍産複合体なんて言葉も報道番組ではしばしば出てきますよね。その人たちの実態はわかりませんが、戦争や局地的な紛争に関与し、ばあいによってはテロにも関与して利益を生むイメージがある。また、最新兵器が余ってしまうと困りますから、在庫処分のために戦闘状態をこしらえる、なんてこともよく聞きますね。もちろん証明はできません。でも、少なくない一般庶民がそういう疑念をいだいているのは確かです。その疑念をイメージ化すると掲句のようになる、とも読めます。

ただし、川柳が短さを逆手に取る表現分野であるならば、書かれてあること以上のものが暗示されている、と見なすべきでしょう。すなわち掲句は、戦争のできあがり方を描きつつ〈現代的な不安〉を読み手に示唆している、と読むほうが上等です。現代は情報量こそ最高潮に達しております。でも、そのわりに人びとは疑心暗鬼と同居しているのです。この世界にはデータで把握しきれない深層があって、自分たちはそれを知らされていないのではないか。そんな現代的な不安を掲句から受け取りたい。

ちなみに、わたしが社会性川柳を作るときにお手本としている句があります。ただ、作者は社会性なんて全然考えていなかったかも知れませんよ。あくまでもわたしが勝手に現代を描出した句として読んでいるのです。

 明るさは退却戦のせいだろう  小池正博

掲句は、日本があらゆる局面で退却戦を余儀なくされ、水際まで追い詰められたバブル期〜平成初期(1995年の前まで)を想起せずにいられません。退却戦の只中なのに、明るさと軽さでデコレーションされていたのがあの時期です。また別の読み手ならば、21世紀になってからの日本の空騒ぎを想起するひともいるでしょうか。わたしが社会を詠むばあい、政治をかたる悪癖があるためか、具体的な政治・経済問題を狙い撃ちしてしまいます。でも、それだと散文の政治批評や小説にはなかなか太刀打ちできない。どうすれば「短さを逆手に取っ」て現代のムードなり全体像なりを詠めるか。わたしはいま、模索中なのです。

 秋日和ここを塗り忘れていぬか

掲句を見てすぐに思い出したのは、松本典子さんの「赤き傘ひらけば秋はいそぎ脚もみぢの色の塗りのこし見ゆ」という短歌作品です。内容が似ているからでしょうかね。似ているのですが、やはり広瀬さんの川柳は17音、松本さんの短歌は31音でなければならない。そんなフィット感があります。川柳と短歌それぞれの分量にフィットすることが作品の完成度にかかわってくる。ふたつのジャンルを見比べたとき、あらためてそう感じました。

 脱臼をしている今日の噴水は

杉ア恒夫さんの短歌「噴水の立ち上がりざまに見えているあれは噴水のくるぶしです」「噴水のシンクロナイズドスイミングたくさんの脚の立つ時のある」を思い出しました。広瀬さんの「脱臼」は川柳っぽく、杉アさんの「くるぶし」「シンクロナイズドスイミング」は、どちらかというと短歌っぽい。わたしにはそう思えます。また、それ以外にもジャンルの「っぽさ」を感じます。杉アさんのばあい、噴水が人間でないことを分かった上で見立てている感じがする。それに対して広瀬さんのほうは、そもそも噴水と人間の区別が曖昧な雰囲気がある。文は短くなればなるほど物事の区別を書けなくなります。分量の違いから、川柳と短歌それぞれの「っぽさ」が生まれるのかも知れませんね。

 軍服の下はパジャマですみません

句集の中でいちばん好きな句というか、いちばん笑った句です。笑ったのだけど、テクスト以上の奥行きがある作品です。

言葉の響き合いと反発、慣用語の脱臼、擬人法、短さを逆手に取った表現。これらは『広瀬ちえみ集』にも散見されましたが、本句集では前面化しているように思えます。それでも前句集と同一人格だとわかりましたから、ご自分の文体を持っていらっしゃるということなんでしょうね。広瀬さんの文体はとても親しみやすいです。そんなわけで『雨曜日』はみなさんにお勧めの句集なのであります。
(おわり)

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posted by 飯島章友 at 00:00| Comment(0) | 柳誌レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする