2017年07月16日

僕らここから標本の羽背負う  清水かおり(バックストローク創刊号)

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僕らここから標本の羽背負う  清水かおり

発行・石部明、編集・畑美樹による柳誌「バックストローク」創刊号(2003年1月発行)より。

「バックストローク」誌は2003年創刊号から2011年の第36号までつづいた。わたしは2009年から会員として参加していた(ちなみに「歌人集団 かばんの会」への参加もこの年だ)。

「バックストローク」創刊号の同人作品欄(アクア-ノーツ)に句が掲載されている川柳人を挙げてみよう。小池正博、金築雨学、筒井祥文、樋口由紀子、広瀬ちえみ、清水かおり、渡辺隆夫、松永千秋、楢崎進弘、松本仁、田中博造、前田ひろえ、北沢瞳、松原典子、横澤あや子、前田一石、山本三香子、浪越靖政、田中峰代、石橋水絵、白藤海、一戸涼子、丸山進、いとう岬、津田暹、石田柊馬、河瀬芳子、柴田夕紀子、草地豊子、井出節、畑美樹、石部明。
また会員作品欄(ウィンド-ノーツ)に句が掲載されている川柳人の一部を挙げると、加藤久子、徳永政二、中川一、山本忠次郎、矢島玖美子、木本朱夏、峯裕見子、柴崎昭雄、泉紅実、斉藤幸男、重森恒雄がいる。いま見るとほんと、精鋭の川柳人たちだなと驚く。

ちなみに「バックストローク」の命名者は倉本朝世さんだと、畑美樹さんの編集後記に書かれてある。

2003年1月といえば、わたしは東直子さんのところで月1回、短歌を始めたかどうかというころ。著名な歌人や大手短歌結社の名前すらあまり知らなかった状態だから、とうぜん川柳誌のバックストロークは知らなかった。それでも、短歌だけ作歌していたにもかかわらず、2005年ごろには石部明さん、石田柊馬さん、樋口由紀子さんのお名前はしぜんにおぼえていた気がする。

さて掲出句。
わたしには短詩作品の〈見所〉をみつける一つの指標がある。それは、一読明快でないために〈読みの流れがとまる箇所〉へ注意をはらうということだ(ただし単に初心者が句語という荒馬を乗りこなせていないケースや、ベテランでもロデオに失敗しているケースがあるので、そこは区別が必要かも)。
掲出句で一読明快でない箇所、つまり読みの流れがとまる箇所は「標本の羽背負う」だった。「標本」は、観察や研究のために特殊処理を施して保存されている嘗て生きていた個体やその一部だから、「標本の羽」を「背負」ったところで翔べるわけではない。

中村あゆみに「翼の折れたエンジェル」(1985年)というヒット曲があって、歌詞は「みんな 翔べない エンジェル」と言って閉じられる。清水さんの句も、「僕らここから〜」と言って未来へ飛翔しそうであるにもかかわらず、そもそもその羽は折れているも同然だ。翔べない。なにせ飛翔の用に供することができない「標本の羽」なのだから。なんと痛ましいことだろうか。

でも思う。どうして「僕ら」は、飛ぶための機能を果たし得ない「標本の羽」を「ここから」背負わなければならないのだろうと。もちろん、この一句だけからそれが分かる訳はない。しかし、「バックストローク」誌が川柳運動体として意志力があったことを考えると、その創刊号に掲出句が掲載されたことは非常に暗示的だ。というのも……。

「バックストローク」創刊号1ページ目には、石部明さんによる巻頭言が載っている。そこでは冒頭、田中五呂八の『新興川柳論』の言葉が引用されたあと、次のように書かれてある。

それぞれの時代と闘いながら、川柳革新に挺身した先人に思いを馳せた。常に先端を切り開く苦闘を厭わなかった先人の歴史をどう残し、どう蘇生し、次の世代にどう手渡すか。

この石部さんの文章に触れ、あらためて清水さんの句を見直したとき、シンクロニシティ(共時性)めいたものを感じずにはいられなかった。「僕らここから標本の羽背負う」という姿に、(常に先端を切り開く苦闘を厭わなかった)「先人の歴史をどう残し」「どう蘇生し」「次の世代にどう手渡すか」というバックストロークの精神がはからずも重なったのである。


見開きにイカロスの眼を描き入れる  清水かおり「川柳木馬」2012年・冬号


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2017年07月11日

「っぱねえっす、ぱねえっす」と来る寒太郎  魚澄秋来


「っぱねえっす、ぱねえっす」と来る寒太郎  魚澄秋来

名古屋のリアル句会「ねじまき句会」がネット上で句会を行った「ねじまき番外編」より。

鉤括弧の「っぱねえっす、ぱねえっす」は、「半端ない」という俗語がさらにくだけた言い回し。「まったく」という言葉が、マンガや若者向けドラマの台詞では「ったく」と略して表されることがあるけど、あれと同じような感じだと思う。
ちなみに「っす」は「です」の変化で、「口語の丁寧語の終助詞。聞き手に対する敬意を示す。知的なイメージは無い」とリンク先に書いてあったっす。

また「寒太郎」とは、NHKの「みんなの歌」でおなじみの楽曲「北風小僧の寒太郎」のことだろう。わたしも幼児の時分によく歌っていたおぼえがある。

さて、掲出句で面白かったのは、「っぱねえっす、ぱねえっす」という鉤括弧内の〈話言葉〉が〈オノマトペ〉としても機能しているように思えたからだ。というか初見でわたしは、鉤括弧がついているにもかかわらず、まず寒太郎=北風のオノマトペとして受け取ったくらいで。
それは、北風の一般的なオノマトペ「ぴゅうぴゅう」のP音と「ぱねえっす」のP音が共通したからかも知れない。あるいは「っぱ」「えっす」という促音が、寒太郎=北風の力強くも無邪気な動きを想起させたからかも知れない。いずれにせよわたしの頭の中では、寒太郎=北風が「っぱねえす、ぱねえっす」と言いながら空でくるくると回転し、街中に寒気をふりまく映像が再生されている。

或る音が複数の表現機能を兼ね備える例として次の短歌を思い出した。

音速のセナや おおおお 咲き盛るセナや おおおお 万乗のセナ…  池田はるみ『妣が国大阪』

音速の貴公子≠アとアイルトン・セナの人気はすさまじかった。と同時に、賛否はあるようだけど、古舘伊知郎のF1実況も強烈な印象をのこした。
掲出歌の「おおおお」という音は、〈レーシングカーの通過音〉〈観客たちのどよめき〉、そして古舘伊知郎の十八番である〈おおおっと!〉など、さまざまな表現へと連絡していく。また「天子。また,天子の位」という意味の「万乗」が、「中国の周代に,天子は戦時に兵車一万両を出した」のが元だと分かると、「おおおお」は〈兵車一万両の地響き〉にすら連絡していく。

何はともあれ今回の魚澄作品は、去年出合った川柳の中でも特に印象深く、最近もしょっちゅう口遊んでいるのであります。



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2017年04月11日

まれびとと桜浅草十二階  なかはられいこ

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まれびとと桜浅草十二階  なかはられいこ

「川柳ねじまき」第3号より。

わたしはかねてより「川柳ねじまき」誌と、そのもとになっている「ねじまき句会」の川柳が大好きだ。現代川柳はコア層向けの作風からライト層向けの作風までいろいろあると思うけど、ねじまきの川柳はあらゆる層の方々にお勧めしたい。とてもポップな柳誌なのだ。

掲出句。
まず言葉の意味から調べてみると、「まれびと」は《まれに来る人の意》で、@「民俗学で、異郷から来訪する神をいう。人々の歓待を受けて帰ると考えられた。折口信夫の用語」、A「まろうど」すなわち「訪ねてきた人、客、客人」、という意味がある。

また「浅草十二階」は「凌雲閣」の通称で、「東京都台東区浅草公園にあった煉瓦 造り12階建ての建物。明治23年(1890)建設。東京名所となったが、大正12年(1923)の関東大震災で半壊、撤去された。通称、十二階」。

ちなみに、浅草十二階=凌雲閣といえば、石川啄木も『一握の砂』にこんな歌を残している。

 浅草の凌雲閣りよううんかくのいただきに
 腕組みし日の
 長き日記にきかな


「凌雲閣」「いただき」「腕組み」「長き日記」という言葉が共鳴しあい、時間的にも空間的にもゆったりとした長さが感得される。

さて、掲出句を読んでまっさきに面白いと感じた点は、(五・七・五の真ん中の七音にあたる)中七に表れた音の混ざり合いにある。ちょっと掲出句をローマ字で示してみよう。

marebito to sakura asakusa-junikai

つまり、中七の「桜」と「浅草」が主に、s音、a音、k音、u音で構成されているため、「桜」ということばと「浅草」ということばがじわじわと混ざり合い、滲み合い、あたかも音によって融合されていく感覚が生じるのだ。言い換えるなら、作中に登場するヒトやモノの〈空間〉的なへだたりが徐々に無効になっていく感覚だ。ちなみに作中に登場するヒトとは、花見にやって来た「語り手」と「まれびと」。作中に登場するモノとは、「桜」と「浅草十二階」である。

〈空間〉的なへだたりが徐々に無効になっていくとはどういうことなのか。
かりに掲出句を、@「〈語り手〉と〈まれびと〉は眼前に〈桜〉を見ており、そのすこし向こうのほうには〈浅草十二階〉が見える」という位置関係で読んでみる。すると、中七部分の音の融合があたかも近距離ワープの役割を果たし、「語り手・まれびと・桜」の側と「浅草十二階」との間にある遠近感が無効化されていくと思うのだ。

別の位置関係で読んでみても同じである。A「〈語り手〉と〈まれびと〉が眼下に〈桜〉を見渡している、この〈浅草十二階〉という場所から」という位置関係で考えてみよう。中七部分の音の融合によって、「語り手・まれびと・浅草十二階」の側と「桜」との間にある空間的なへだたりが徐々に無効化されていく感覚が生じてくる。いわば、あちらとこちらの位置関係が徐々に意味をなくしていくのである。

また、このワープ感に気づくと、この中七の音の融合は、過去→現在→未来という〈時間〉の不可逆な進行方向すら無効にしているのではないかと思えてくる。「まれびと」と共に浅草へ花見に来た「語り手」が、「まれびと」の不可思議な能力によって過去にタイムリープし、90年以上前に潰えた「浅草十二階」を見てしまった、というふうに。

掲出句は、登場するヒトとモノの位置関係が判然としない。どこに言葉の切れ目があるのかも少々あいまいだ。それゆえ句意をつかもうと思ってもどうもつかみがたい。にもかかわらず、わたしを惹きつける要素がある。「まれびと」「桜」「浅草十二階」という、まるで夢と現のあやうい境界線上に存在するような句語が慎重に選択されているが、それらには儚さゆえの蠱惑的な魔力がある。たとえるならばこの句は、蜃気楼にも似たおもむきを醸している。
わたしがその妖しい文体の魔力に嵌って何回も何回も読み返している短編小説がある。江戸川乱歩の『押絵と旅する男』だ。その冒頭は、夢と現が倒錯する出来事が起こる予兆のように、主人公が魚津に蜃気楼を見に行ったシーンではじまる。

 蜃気楼とは、乳色のフィルムの表面に墨汁をたらして、それが自然にジワジワとにじんで行くのを、途方もなく巨大な映画にして、大空にうつし出したようなものであった。
 はるかな能登半島の森林が、喰いちがった大気の変形レンズを通して、すぐ眼の前の大空に、焦点のよく合わぬ顕微鏡の下の黒い虫みたいに、曖昧に、しかもばかばかしく拡大されて、見る者の頭上におしかぶさってくるのであった。それは、妙な形の黒雲と似ていたけれど、黒雲なればその所在がハッキリわかっているのに反し、蜃気楼は不思議にも、それを見る者との距離が非常に曖昧なのだ。

江戸川乱歩著『押絵と旅する男』


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2015年12月16日

魔物とも知らずバケツに手を入れる    石部明

2010年7月・川瀬晶子主宰「かもめ舎」の月例句会「乃木坂de5・7・5」
席題「バケツ」近藤良樹選より

石部明さんが亡くなって3年が過ぎた。わたしが石部さんと初めてお会いしたのは、この句会のときである。当時、石部さんはお仕事でよく東京にお出でになっていたのだが、このときは仕事の合間に「乃木坂de5・7・5」に参加されるということを事前に知り、ぜひ石部明に会ってみたいと思ってわたしも同句会へ参加することにしたのだ。「川柳大学」の吉祥寺句会には一回参加させていただいたことがあるが(かばんの会が歌会で使用している会場とおなじだった)、かもめ舎の句会は初めてだったので当初は構えてしまうところもあった。でも、石部さんに加えバックストローク同人の江口ちかるさんも一緒だったので、だいぶ緊張がほぐれていった憶えがある。

以下、石部明さん、江口ちかるさん、わたしの結果を、石部さんのブログ「顎のはずれた鯨」より引用する。石部さんは二回特選になっている。わたしは川柳を始めて1年経つか経たないかのころ。作風はいまと違うだろうか、それともあまり変わっていないだろうか。石部さんがデータとして残してくださったことで、当時の自分をこうして検証できる。本当に有難い。

 席題 「バケツ」  近藤良樹 選
 バケツから月を逃がしてよく眠る   ちかる
 特選  魔物とも知らずバケツに手を入れる   明

 席題 「盗む」  石部 明 選
 水鏡に盗まれているワタシかな   ちかる
 濁音を盗みとったのは三日月   章友
 なづきから名前を盗むひとつずつ   ちかる
 軸吟  青い蜥蜴の背中の青を盗まれる   明

 ◆宿題 「傷」  杉山昌善 選
 正論を今も信じる古い傷   章友
 闇夜にはだらりの帯のように傷   ちかる
 鉄塔の傷のひとつに眠る月   ちかる
 自傷した胸にも湧いてくる樹液   章友
 特選  一本の線いっぽんの傷である   明

 ◆宿題 「海」    川瀬晶子 選
 精巧な裏切りがある海の青   章友
 海すこし巻きとられゆく月の夜   ちかる
 産道の湾の形を振りかえる   明
 脇腹のあたりとくんと海の音   ちかる

標題にした「魔物とも知らずバケツに手を入れる」は、違うグループの句会であるにもかかわらず石部明をしかと感じさせてくれる。「ぎっしりと鞄に詰めてある悪事」(『賑やかな箱』)、「びっしりと毛が生えている壷の中」(『遊魔系』)、「少年の魔物を飼っているバケツ」(『冬の犬』)といった石部さんの先行作品のパターンだ。パターンというと、近代的なオリジナル信仰の観点からは消極的に聞こえるかも知れないが、作家の個性はパターンの組み合わせだと思う。このことは先日もKabamy(かばんの会の勉強会)でレポートした。石部さんの詩想は、石部明という個性を踏まえたうえでパターン化され、そのつど一句として新鮮な姿を見せてくれる。

句会の全結果をご覧になりたい方は以下のリンクからどうぞ。
乃木坂de5・7・5

 * 

句会が終わってから、ちかるさんやかもめ舎の方々もまじえて六本木へくり出した。そこでは石部さんに、現代川柳についての疑問をいろいろぶつけた。現代短歌で培った読み方では「バックストローク」の川柳をどうも読み解けない、とお話してみた。石部さんは、意味どおりに読み解けてしまう書き方じゃオモシロくないんだよ、と仰った。わたしは、それって俳句に近いつくり方だと想っていいんですか、と質問した。いまから思うとそうとう無神経だ。石部さんはすこし間を置いてから、そうだねぇ、最初はそう思って書いてもいいかも知れないねぇ、とお答えになった。やさしい。

今年は小池正博さんと八上桐子さんによるフリーペーパー「THANATOS 1/4」が発行された。石部明の軌跡をたどるたいへん貴重な作業だと思う。そういうまとまった資料も参考にしながら、わたしは今後も石部明について考えていきたいと思う。

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2015年11月08日

速贄の僕らのあらわなる肢よ   清水かおり

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2011年1月1日発行の「Leaf」vol.3より。
ちなみに上部の画像は表紙ではなく扉絵。

「Leaf」誌は清水かおり、畑美樹、兵頭全郎、吉澤久良の4人が立ちあげた柳誌。掲出句は、メンバーの作品欄とは別枠の「共詠4 plus 1」より引いた。plus 1というのは、メンバー4人に加えて湊圭史がゲスト参加しているという意味だ。この共詠欄では、「消失」というテーマで5人が5句ずつ提出しあい、鑑賞文を掲載している。

掲出句は、初見から非常に興味をおぼえた作品。それにもかかわらずこの約5年間、イメージが定まらないままに、素性の分からないままに付き合ってきた不思議な句だ。以下、わたしの中で掲出句がどのように変転してきたのか、その道のりを思い起こしながら書き綴ってみようと思う。

まず、「速贄」の意味をどう捉えればいいのか迷った。

「速贄」には、〈百舌の速贄〉と〈初物の供え物〉という二通りの意味がある。わたしは最初、それを〈百舌の速贄〉の意味で捉えてみた。さらに「僕たち」という一人称複数から、青年もしくは少年たちが〈百舌の速贄〉として串刺しにされ、肢がだらんと垂れている光景をイメージした。それは、次の短歌がわたしの脳裏に焼き付いていたため、自然に類推されたのだと思う。

 棒高跳の年天【そら】につき刺さる一瞬のみづみづしき罰を  恂{邦雄『日本人靈歌』
 火の剣のごとき夕陽に跳躍の青年一瞬血ぬられて飛ぶ  春日井建『未青年』

恂{と春日井の短歌に通底するのは、青年の跳躍する一瞬に〈死〉を重ねる感覚であり、また躍動する青年の生や肉体が罰せられる感覚だと思うが、わたしはこの二首を見るたびに「聖セバスチャンの殉教図」を連想する。それは、木や柱に縛られた青年に数本の矢が刺さっている場景で、多くの画家によって描かれている。

「聖セバスチャンの殉教」へ連想がいたったとき、「速贄」を〈供え物〉の意味で捉えるのも捨てがたくなってきた。〈殉教〉も〈供え物〉も、神に命を捧げる点で宗教的だ。清水の句を恂{や春日井、聖セバスチャンの系譜で鑑賞するとしたら、〈初物の供え物〉の方向性だってありうる。

〈初物の供え物〉が神に差し出される、というイメージは、わたしに次の俳句を思い出させた。

 百合鷗少年をさし出しにゆく  飯島晴子『朱田』

上掲句について飯島晴子はこんなふうに書いている。

 この句が出来上がったとき、私は今から約四百年の昔、イエズス会の宣教師に連れられてヨーロッパへ渡った天正少年使節を思い出した。しかし決してあの九州の少年達を描いたのではない。
 具体的な場面の選択は読者にまかせて、ただ、華やかな傷ましさへの嗜好が出ていればよいのだが──。
『飯島晴子読本』(富士見書房)


「速贄」を〈百舌の速贄〉とするにせよ、〈初物の供え物〉とするにせよ、わたしのばあいどこか〈天〉のイメージにつながっていくようだ。そういえば、平成22(2010)年、第二回木馬川柳大会・吉澤久良選「ひらく」の特選になった清水の句は、「モーゼの海を渡りゆく思惟 一羽」という〈天〉に関わる句だった。

このような経緯で、「速贄」の意味がどっちつかずなまま掲出句を愛誦しつづけていた。伝達が目的の散文と違い、短詩では〈意味は分からないけど惹きつけられる〉という次元があるかと思う。わたしにとって掲出句は、まさにそんな感じだった。

ところが、そんな不透明な状態にも転機が訪れた。それは、「肢」という漢字に注目したのがきっかけだ。そのときから俄然、「速贄」を〈初物の供え物〉と解する方向に固まっていった。というのも、「足」「脚」「肢」には一応の使い分けがあるようで、そのばあい「肢」は哺乳動物に多く用いるというのだ(大辞林 第三版の解説)。恥ずかしながら、「肢」の使い分けを意識したことは全くなかった。

「肢」を哺乳動物の〈あし〉と捉えてみたとき、「速贄」は神に捧げられる純潔の羊や牛、すなわち〈初物の供え物〉とするのが理屈だと思えるようになった次第だ。

哺乳動物の供え物、という風習に触れたことがなく少々イメージをしにくかったので、『旧約聖書』に出てくる燔祭を想いうかべてみた。アブラハムが神への生贄として、わが子イサクを捧げようとした「イサクの燔祭」は有名だ。

しかし──と、次からつぎに別の疑問が生じてくる句なのだが──〈供え物の僕ら〉の意識が自分たちの「あらわなる肢」に向けられているのは、どんな意味があるのだろうか。そこで躓いてしまった。かりに生贄の動物が肢を縛られている様だとしたら、少々情緒に欠けてしまう。

そこで、何か手掛かりがつかめないものかと句の構造を見てみた。「速贄僕らあらわなる」というふうに、助詞や形容動詞で言葉がつながれながら「肢」に向かっていく。そして最後は助詞の「よ」によって、意識が「肢」に固定される。読み手の印象が「あらわなる肢」に誘導される構造である。

傷ましく、逃れようのない「速贄」の状態にありながら「あらわなる肢」に意識を向け、同時にそれを誇示するかのような「僕ら」。

こうした非動物的な自意識に気づいたとき、哺乳動物であるはずの「僕ら」は、人間の少年の「僕ら」として再構築された。これが特殊撮影であるなら、毛むくじゃらの哺乳動物たちが徐々に人間の少年と二重写しになり、やがて完全に人間となる感じだろうか。そして画面に映し出されるのは、まるで石膏像のようにすべすべした〈あらわなる脚〉である。

このとき、速贄の僕らの〈あらわなる脚〉は、生贄の精神性や肉体性や文化性を抜き取られて〈オブジェ〉となった。このように見なせば、共詠テーマの「消失」とも符合する。そして、そのような〈オブジェ〉化は、まるで西洋絵画の中に少年がはめ込まれたような次の歌と通じるかも知れない。

 少年は少年とねむるうす青き水仙の葉のごとくならびて  葛原妙子『原牛』

〈オブジェ〉として鑑賞すればよい、と思い至ったとき、〈意味は分からないけど惹きつけられる〉という地点に還った気がする。

 *

ここにいたるまで、連想に連想を重ねて相当な回り道をしてきた。しかも、串刺しになった少年・青年のイメージが消えたわけではない。この句に触れるたび、おのずとそのイメージが浮かんでくる。自分の固定観念の強さにはなんとも驚くばかりである。

言葉は伝達性の機能ばかりでなく、蓄積性・アーカイブズ性の機能もあわせもつ。だから、句語やテクストの全体が、神話や伝説、古典文学といった歴史性を呼び起こすことがある。清水の速贄の句から先行する事物に連想が飛んだのも、そのような言葉の機能が十全に発揮される要素をそなえた句だからかも知れない。少なくともわたしという鑑賞者にとってはそう思える。

今こうしてこの文章を書いているあいまにも、掲出句は醗酵しつづけている。

 少年の裸は白いエジプト忌  石部明「バックストローク」33号



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