2017年07月09日

何かを思い出す:200字川柳小説  川合大祐

トラウマなど存在しない、と言うのが少し昔に流行った言葉らしいが、しかし道にカツ丼が落ちていた。日々の繰り返しの中で緑に錆びてゆき、凡々とした光景に沈むがゆえに、かえって光り輝く通勤路の上に、カツ丼が落ちていた。それも丼の蓋が「もっと開けてくれ」と言わんばかりに微妙な擦れ具合を見せており、そこから青い物体の片鱗と青い臭いが漏れてくるのだった。もう食べるしかないが、箸が無いのだった。胃は空の儘でいる。

  胃カメラのぬるりと覗く過去の街  山河舞句(「川柳杜人」2017夏より)

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2017年07月02日

ヒューマン・コックファイト:200字川柳小説  川合大祐

戴冠してから四十年、不敗の王者でいる訳だが、この四十年いちども試合をしていないのは矢張り問題だろうか。「エンヤに合わせて踊りながら、互いの鼻腔に突っ込んだ歯ブラシを引き抜き合う」という単純なルールなのに、挑戦者が誰も来ない。これはエンヤが良くないな。ビーチボーイズにしよう。それにしても暇なので道場破りにでも行く。すいませーん王者ですが。何の王者か、ですか。忘れました。それじゃまた。明日はどっちだ。

  春うらら鶏冠をつけるのを忘れ  広瀬ちえみ(今月の作品「切手の鳥」より)

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2017年06月25日

長編:200字川柳小説  川合大祐

若者よ、わしらが若い時分には王貞治という選手がおってのう。ホームランを三千本くらい打ったんじゃないか。王さんが打つ度に日本全国で花火があがって、パチンコは全台777になって、犬は喜び庭駆け回ったもんじゃよ。そんな王さんじゃが、手術前の子供に「僕のためにホームランを打って下さい」と言われ「いえ。本塁打というのは神に捧げる供物なのです。一本たりとも腐っていてはなりません」と答えたそうな。遠い記憶じゃ。

  「感動を与えたい」など花笑う  竹内美千代(「川柳の仲間 旬」第211号より)

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2017年06月11日

約束の土地へ:200字川柳小説  川合大祐

神に告げられた。「お前を祝福しよう。お前がいちど左折するたびに、地球の直径を1センチ縮めてやろう」。翌日、どうしても役所に行かなければならず家を出た。道が分かれているところに来ると、必ず右に曲がった。どんどん進路は目的地からずれて行き、役場も家も遠くに過ぎ去った。憔悴した、魅力的な人に出会った。「私が右折する度に、地球が1センチ縮むんです」とその人は言って左折していった。もう会うことはないだろう。

  左折左折左折 小さくなるわけだ  三浦潤子(「川柳カモミール」第1号より)

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2017年06月04日

デザイアー・フォー・コミュニケーション:200字川柳小説  川合大祐

外面如菩薩、内心如夜叉という言葉があてはまるかどうかわからないが、君は味噌だ。内心にどんなしょっぱさがあるのか、僕にはわからない。そもそも味噌の君に内心があるのかわからない。だいいち味噌の内心とは何なのか、そのうえ君とは一体何なのか、いやまず僕とは何だったのか、僕らにはわからない。そんな僕らは眠る、眠らなくても明日は来るのかどうかわからない。ただわかる、味噌は重いと言うことが。僕にはわからないが。

  眠り込む君の乳房の破壊力  藤みのり(今月の作品「慈しみ」より)

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