2019年04月14日

まばたきすることば──粒子と流体とのあわいで/杉倉葉氏ロング・インタビュー(聴き手:小津夜景)A

前回まで
まばたきすることば──粒子と流体とのあわいで/杉倉葉氏ロング・インタビュー(聴き手:小津夜景)@


3.こんなふうに句をつくる

小津夜景(以下、O) よろしければ、一句ができるまでの過程をお話しいただけますか。

杉倉葉(以下、S) 単語から作ることが多いです。たとえば、自選句のなかにある〈木漏れ日をなめてくずれる二等兵〉という句は、まずはじめに「くずれる」という動詞を使いたかったんです。これは金井美恵子の『くずれる水』が好きだからなんですが、ここで液体のイメージを使うとそのままになってしまうので、「木漏れ日をなめて」と液体でないものを液体のように書くことにしました。これで「木漏れ日をなめてくずれる」までができたのであとは最後を埋めるだけです。〈静脈を重ね航路を決める夜〉は、「静脈」と言う言葉から、それを重ねるイメージを思い浮かべ、それに類似するものとして「航路」を持ってきました。「夜」は「静脈」と言う語にふたつ「月」が含まれているところから。
軸になる語を決めてそれにあう語を見つけていきます。そうでないときは一気に思いつくときが多いです。思いついたらスマホのメモに書いておく。あとから語を変えたり助詞を調整したりはしますが。

O なるほど。一つの語が喚起するイメージを支柱にして、言葉の足し引きをしてゆくんですね。いけばなのように──

S そのせいで作品の質感が偏ったりするので、良いのか悪いのかわかりませんが、ただ近接するモチーフの句が集まりやすいので、並べてみてしっくりくるものが7、8句できると、それを軸に他の句も作っていきます。川柳は短歌や俳句のように連作で出す賞などがないので、作るととりあえずだいたい20句ずつブログに発表しています。でも川柳の連作ってあまりよくわからないんですよね。

O 連作のつくりかたに定石はないし、賞も好きな場所に出してだいじょうぶ! 俳人の御中虫は代表作が〈結果より過程と滝に言へるのか〉ですが、これって川柳ですよね。あと〈じきに死ぬくらげをどりながら上陸〉〈暗ヒ暗ヒ水羊羹テロリテロリ〉〈混沌混。沌混沌。その先で待つ。〉──こんな連作で芝不器男俳句新人賞を受賞しています。ちなみに彼女の連作句集『関揺れる』は、方法としてはインプロヴィゼーションでした。

S そんな俳句があるんですか。たしかに言われないと川柳だと思ってしまうかもしれません。
インプロヴィゼーションといえば、もともと連句から始まっているわけですから俳句や川柳とインプロヴィゼーションの相性っていいんですかね。川柳に限らず、そういう方法でなにかを書いたり作ったりしたことはないし、自分はあまり向いてなさそうなのでわからないんですが。

O おそらく相性はいいと思います。

S 前友達と連詩をやったら割とストレスがあったんですが、定型だとまた違うかもしれませんね。一度連句などやってみたいです。


4.自選10句をめぐって

O 今回は自選10句も頂戴しましたが、一読してたいへんキラキラしていると思いました。またこの上なくエロス的で、そこは八上桐子に通じる印象を受けます。あと発想の面で目を引いたのが、流体と粒体とのあいだの交歓といったパターンです。

木漏れ日をなめてくずれる二等兵  (粒 : 木漏れ日/流体性 : くずれる)
星々の呼称を巡る判決書  (粒 : 星々/流体性 : 巡る)
緑の光に浸る水の図形  (粒 : 光/流体性 : 浸る)
外は雨、入れ子になって睡ろうよ  (粒 : 雨/流体性 : 雨、眠り)
たえまなく流体として孕まれて  (粒 : 孕むより卵への連想/流体性 : 流体)
星をやどす葉からあふれだしてゆく水銀  (粒 : 星/流体性 : あふれだし)
受粉樹の街がくきやかに滅ぶ  (粒 : 粉/流体性 : 滅ぶ)
「これって音楽ですか?」「いや、廊下です」
フラフープかじりつつ 秋の夕焼け (粒 : かじるから食べこぼしへの連想/流体性 : 夕焼け)
静脈を重ね航路を決める夜  (粒 : ×、流体性 : 静脈、航路)

唯一この中で異質なのは〈「これって音楽ですか?」「いや、廊下です」〉ですが(ともに「滑らかに流れるもの」といった流体的イメージを立てることはできますが)、このようなつくりかたは自覚的に?

S いま指摘していただいて初めて気がつきました。まったく意識していなかったです。たぶんキラキラしたものが好きで、それが溶けてゆくときに官能性を感じるんですよね。不定形にまじりあってゆく感覚に。
あとやはり川柳をきっちりした自律的なイメージをつくりあげるものだと思っていないから、流れ変化してゆくモチーフを使いたくなるのかもしれません。ひとつひとつの言葉=粒体がイメージ=流体として外にあふれてゆくように、というときれいに言い過ぎかもしれませんが、ひとつひとつの言葉をつなげてイメージを作る作句の過程それ自体や、自分の考えている川柳性が作品にあらわれているんだと思います。

O なるほど。ところで、ここまでは大枠がイメージの問題をめぐっていましたが、韻律や句形についてはどのようにお考えでしょう?

S 定型詩のいちばんおもしろいところは、定型があることによって否応なくすべて自己言及性を持ってしまうところだとおもっています。575をどう使用するのか、あるいはどうやってそこから逸脱するのか、ということがそのままジャンルそれ自体との距離感になる。それがあるから短い言葉が詩として成立すると思うんですよね。とはいえそれが作品にどう生きているのか、あるいは生きていないのかは自分でもわかりませんが。
韻律についてはわりと頭韻が好きです。あとア音。「たえまなく流体として孕まれて」などはかなりの部分音で選んでますね。ただ川柳であまり歌いすぎてもよくない気がしますし、字余りの句もよく作りますね。過剰に字余りの川柳と、過剰に字足らずの短歌(たとえば高瀬一誌の作品など)の違いがよくわからなくなってきますが。
私は575に対する愛着はあまりないですが、77は好きです。77が独立して一句になるのって結構変ですよね。もともと自律性のないものをひとつの作品として提出しているわけですし。
俳人から見て、川柳の韻律や句形は俳句となにが違いますか?

O 俳句は〈構造〉に取り組んできた文芸なので、句形への意識は強いです。いっぽう川柳は平句の遺風があって句が流れる。もちろん屹立する川柳というのは珍しくありませんが、それは句形の強さではなく、詠みの気迫や読みの奥行きによって屹つんですね。菅原孝之助〈ゆっくりと父を裸にした柩〉、大野風柳〈美しい国の機械が子を生んだ〉、普川素床〈なんと長い足だろう 夜は〉みたいに。やはり川柳は〈意味〉に取り組んできた文芸だと思うし、そこが私にとっての魅力です。
俳句のことをもう少し言うと、77に限らず575も自律性がなく、立ち姿も不安定だと思うのですが、俳句はそれをそう感じさせないための技法を考案してゆきました。例えば、切れ字を使って17文字の内部に彫りを入れ、音律や意味に立体感をつける。また季語を使い、いまここに立ちながら太古から来世までの時空、すなわち永劫回帰性を召喚する。そうやって怪しい土壌に〈構造〉を創造するわけです。もちろん〈構造〉への取り組みとは、阿部青鞋〈半円をかきおそろしくなりぬ〉に見られるような〈脱構造〉を含んでいます。ただしジャンルに関する言説はつねに後づけなので、どんな見立ても本質ではありませんが。

S 川柳の〈意味〉のおもしろいのは、その短さゆえに、意味が十全になることがないところにあると思います。読者はそれを補おうとするわけですが、補おうにもヒントがなさ過ぎて、言葉が描こうとしている世界の全体像が見えない。というより、全体像なんてはじめからないのかもしれない。そうした不安定さや不気味さが川柳だと私は思っています。〈エンタシスの柱に消える大納言〉(小池正博)というように、屹立させつつ(「エンタシスの柱」)もそこから逃れてゆく(「消える大納言」)ような。
川柳はあまり技巧的に見えないし、でも間違いなく技巧はあるはずなのに、理論・体系化されていないので、他の詩型を参照しつつ考えていけたらいいのかな、と思います。特に俳句は575という定型を共有していて、似ているような、でもぜんぜん違うような気がして不思議ですね。いまあまりよくわからずに切れ字をつかった川柳の句を作ってしまったりしているのですが、もう少しこれまでの俳句の蓄積を知ったうえで創作していかないといけませんね。

O 切れ字については「切れ字の前後では主体が変わる」なんて説明の仕方もあります。あと樋口由紀子「川柳に関する20のアフォリズム」と西原天気「俳句に関する20のエッセイ・樋口由紀子『川柳に関する20のアフォリズム』へのオード」という週刊俳句のやりとりなども興味ぶかいです。


5.これからのこと

O さいごに今後どのような活動をしてゆきたいかを教えてください。短いスパンと長いスパンと分けてお伺いできますとうれしいです。

S あまり考えてませんが、とりあえずコンスタントに句をつくりつづけたい、というのと、あと最近はブログに作品を載せるのに飽きてきたので、他の発表の場所をつくりたいですね。同人誌などやってみたいです。
川柳はじめてまだ1年たっていないのですが、300句くらいは作ったと思うので、順調にいけば5年で1500句。それくらい句が集まったら句集つくりたい、と思っています。そのときはお読みいただけたら幸いです。

O 1年300句はいいペースですね。ますますのご活躍を期待しております。ありがとうございました。

(了)

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2019年04月13日

まばたきすることば──粒子と流体とのあわいで/杉倉葉氏ロング・インタビュー(聴き手:小津夜景)@

1.川柳との出会い

小津夜景(以下、O) 杉倉さん、はじめまして。川柳スープレックス「1月の作品」の連作「流体のために」を大変おもしろく拝読しました。川柳というのは若い方がとても少ないジャンルですが、そもそも杉倉さんはなぜこの詩形を選んで活動しようと思ったのでしょう。

杉倉葉(以下、S) 昨年の春ごろ、歌人の瀬戸夏子さんのエッセイなどを読んでいたら度々川柳に言及されていました。たしか『現代短歌』の連載だと思うんですけれど、石田柊馬の〈妖精は酢豚に似ている絶対似ている〉が引かれていて、川柳でこんな変なことをする人がいるんだ、と気になったのが川柳に関心を持ったはじめです。

O 〈妖精は酢豚に似ている絶対似ている〉は快作ですね。これぞ川柳!といったジャンルの王道を体現しつつ、同時に短詩形文学の枠に収まらないエネルギー、外部に飛び出そうとする太いベクトルをはらんでいる、という。

S すごい句ですよね。それにびっくりして川柳が気になりはじめて、ちょうど同じころに、偶然、川柳スパイラルや川柳スープレックスなどで活動なさってる川柳作家の暮田真名さんと知り合ったんですが、暮田さんが「当たり」というネットプリントに載せていらした作品がすごくおもしろかった。それで暮田さんにいろいろ教えていただくうちにいつのまにか自分でも作っていた、という感じですね。ほんとうに歴史もなにも知らないところから川柳をはじめました(いまでもそのままなんですけれど)。
はじめて読んだ川柳の句集は小池正博『水牛の余波』で、まったくわけがわからなかったんですが、わけのわからないものが好きなので、すっかり惹きこまれてしまいましたね。それから、たぶんそのころまだ出たばかりだった八上桐子『hibi』がすごく良くて、水のモチーフの使い方になんとなく現代詩っぽいものを感じて自然に読み進めていけました。
そのころ読んだ句で印象に残っているものを挙げると、

  共食いなのに夜が明けない/暮田真名
  獣偏のデザインは疾走する/小池正博
  えんぴつを離す 舟がきましたね/八上桐子

などです。

O まさに現代詩の一行、といった雰囲気の……。

S そうですね。現代詩だけでなく、もっと他の詩形のひとに読まれてもいいと思うんですが、残念ながら川柳ってすごくマイナーなジャンルですよね。いま川柳を読んだり作ったりしているひとがどのように川柳と出会っているか、ということはとても気になるんですが、小津さんがはじめて川柳に触れられたのはいつなんですか?

O 6歳の時に依田勉三〈開墾のはじめは豚とひとつ鍋〉をおぼえたのが最初ですが、自覚的な出会いは3、4年前です。そのときは川柳そのものに興味はなくて、柳本々々さんの目に映る川柳を理解したかった。そんなにおもしろいの?とふしぎだったの。杉倉さんの目には、川柳という詩形はどんな風に映っているのでしょう。

S 俳人の方にとっても川柳はやや距離のあるジャンルなんですね。
私は川柳のなかでもごく一部しか読んでいないのでかなり偏った印象だとは思うんですが、川柳は人称性というか、発話者の主体性が希薄な気がします。たとえばさっき引いた小池さんの〈獣偏のデザインは疾走する〉や、〈はじめにピザのサイズがあった〉もそうですが、こうした極端に偏った断言の背後に主体が見えるかというと、まったく見えない。
俳句だと(私は俳句にぜんぜん詳しくないのであてずっぽうで言いますが)、一句としてのイメージの完結性がもとめられ、そうなると景を見る主体なり、語を統御する主体というものがあらわれてくるのを感じるんですが。

O あ。それは一般のイメージとはたぶん逆ですね。ふつうは川柳の話者は我を出し、俳句の話者は我を消す、といったイメージなんじゃないかな。 
   
S そうなんですか。でも川柳ってだれかよくわからない変な言葉がただそこに置いてある、って感じがするんですよ。他のジャンルで近いと思うのはアメリカのポストモダン小説家、バーセルミの小説ですね。バーセルミの小説って、ほんとに意味がない掌編ばかりで、読んでいると意味も分からず変な形のプラスチック片を見せられている気分になるんですが、川柳もそれに近い感じがします。
それから、俳句は季語があることによって一句を読むこと自体がほかの句を参照することになるはずなので、とても豊かで、重みがありますよね。それに比べると川柳は(悪い意味ではなく)貧しく、軽やかな気がします。俳句を解釈すると、十七音からさまざまなものを読み取ることになると思うんですが、川柳ではむしろ、得体のしれない余白を前に途方に暮れてしまう。俳句が文の凝縮だとしたら、川柳は文の断片だと捉えられると思います。
ただ同時に(小津さんがスープレックスのインタビューでおっしゃっていた、俳句と川柳の作者性とかかわるところだと思うのですが)、句単位だと川柳は主体性が薄い印象があるのに、連作や句集の単位で読むと必ずしもそうとは言えない気もするんですよね。俳句は最終的なところで季語=歴史に主体性を明け渡しているのに対し、川柳は拠るところがないから、まとまって読んだときにむしろ作者性が目立つのでしょうか。

O うーん、むずかしい。さしあたり詩性川柳と俳句との違いについては、昔、次のような比較を試みたことがあります。
たとえば川柳のパターンのひとつに〈身体性の過剰な改造〉というのがありますが、実は俳句では身体の改造がまったく好まれません。もちろん身体の〈違和〉や〈異化〉を詠む人は少なくないですよ。でもその〈違和〉や〈異化〉は、中心たる身体への幻想があるからこそ成立する予定調和にすぎないんです。また身体性の問題をかなり学究的に考えている俳人にしても、彼らの作業は身体をめぐるありきたりの言説を疑い、その現象を捉え直すことに費やされる。つまりそこでは〈本来の身体〉なるものが空虚なシニフィアンとして、依然として隠れた中心的機能を担っています。
いっぽう柳人の身体に対する姿勢は、まるで新種のアニマロイド(獣人)を生み出すようなクールさです。彼らは身体の破壊、継ぎ接ぎ、再生といったロボティズム的作業を、もったいぶった観念的意匠をまとうことなしに平然とおこなう。言ってみれば、川柳による身体性へのアプローチは人文学的というよりむしろ工学的で、杉倉さんが川柳に対してお感じになる「主体性の薄さ」は、おそらくここに起因する。またこの工学的指向こそ、川柳が芸術の言説によって捉えにくいことの一因でしょう。


S たしかに川柳の身体性は特徴的ですね。詩の一節だったら隠喩として解釈されそうな言葉も、川柳の短い断片的な記述においては身体の再創造として読まれうる。〈喉元に脱走兵を匿って〉(樋口由紀子)、〈背骨から私が匂いだしている〉(畑美樹)、〈この世から剥がれた膝がうつくしい〉(倉本朝世)……。
さっき小津さんがおっしゃっていた石田柊馬の句の外部に跳びだそうとするベクトル、というのも、たぶんそういうところにあるのかもしれませんね。通常の秩序とは異なった世界を作り出すための、キャンバスの外にまで伸びてゆく線のような力を持つ得体のしれない断言。俳句がとらえているのが「過去」だとしたら、川柳がとらえようとしているのは「未来」なのかもしれません。
そうした改造の技術のありかた、使用する道具(モチーフ)の選択に、川柳人の作者性がある、といえるでしょうか。

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2.川柳より前のこと

O 杉倉さんが川柳を始める前に触れてきたものもお聞きしたいです。

S もともと小説が好きで、10代の半ばくらいまで太宰治とか安部公房を愛読していたんですが(いかにも文学青年と言う感じでちょっと恥ずかしいですね……)、高校の頃高橋源一郎の『さようなら、ギャングたち』に衝撃を受けて、それから高橋源一郎の評論などを手掛かりにいろいろ読みました。そのときに鈴木志郎康や藤井貞和や伊藤比呂美を読んで、現代詩というものを知って、だから詩歌を読んだのは教科書に載っているようなものを除けば、現代詩がはじめです。
定型詩に関しては短歌を少し読んだくらいですが、図書館で借りた『新星十人──現代短歌ニューウェイブ』というアンソロジーで知った紀野恵はすごく好きでしたね。
ただそのときは詩歌よりも小説がとにかく好きでした。ベケットに保坂和志、それから金井美恵子。デビュー作の『愛の生活』を読んだ17歳の頃から今に至るまで、金井美恵子がいちばん好きな小説家です。

O 17歳で金井美恵子かあ。それは一歩も寄り道なしに来ましたね。

S まあ金井美恵子はもともとエッセイの口の悪さが好きで読んでいたんです、口の悪い人が好きで……。
大学では、文芸科みたいなところに入ったので、そういうところにいる学生がよく読むようなものを読みはじめます。文芸批評や思想書、あとヌーヴォーロマンなど。
詩歌も読んではいましたが、たまに図書館で詩集を借りるくらいでした。でも、2017年に復刊された松本圭二の『詩篇アマータイム』に衝撃を受けて、それから現代詩ばかり読むようになる。一番好きな詩人は安川奈緒です。『MELOPHOBIA』という詩集がほんとうに素晴らしくて、ただ、絶版で手に入らないんですよね。
書店で詩歌の棚に行くといまいちばん勢いのあるのが短歌なので、短歌も読みはじめて、それが昨年のはじめあたりです。ただ短歌は読めるときと読めない時がありますね。韻律が強すぎる感じがして。俳句はぜんぜん読めていなくて、これから読んでいきたいな、と思っているところです。

O お話を伺っていると、読むものの嗜好と書くものの志向が重なっていそうな感じですね。

S そうですね、基本的に発想も想像力も貧しいので、書く時に拠るものが今まで読んだ本くらいしかないんですよね。
そういえば小津さんはフランスにお住まいだそうですが、俳句を作るうえで、そこから影響を受けていると感じるときはありますか?

O うーん、影響ではないですが、いくぶん変わった孤独体験ができます。日本だと一人になりたくても、一歩外に出れば文字や音声が身体に入ってくるでしょう? 外国語は、意識のチューニングさえゆるめておけば、すべてを100パーセント落書・雑音として脳が処理してくれるから、いつまでも自分の声だけを聴いていられるんですよね。

S なるほど。私はいままで一度も海外に行ったことがないのでまったく体験したことがないです。それは定型のない詩や、散文を書く時でも一緒ですか? たしか詩人の伊藤比呂美さんがアメリカに住んでいらしたときに、どんどん日本語を忘れていって言葉がうまく使えなくなってゆく、ということを書いていたと思うのですが、そうしたことはないのでしょうか?

O ありますよ。運動性失語症(言いたいことはわかっているが言語にならない状態)です。何かを考えようとしても、言葉を置いてある脳の部屋の扉があかない。『海程』の崎原風子もそうだったらしい。アルゼンチンで日系新聞を発行していた方です。

  い。そこに薄明し熟れない一個の梨/崎原風子
  Dの視野にあるヒロシマの椅子の椅子
  ヒエラル墓地の昼の一日の大きな容器
  8月もっとはるかな8へ卵生ヒロシマ

こんな俳句を書く人。風子については、辻本昌弘『語り──移動の近代を生きる あるアルゼンチン移民の肖像』という本があります。


S そういう状態でものを書く、というのは考えただけでもおそろしいです、たまにそういう夢を見るんですが。
はじめて聞きました、崎原風子。かなり変な句ですね、何について書いているのかよくわからない。すごく面白いです。

(つづく)

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2019年03月27日

喫茶江戸川柳 其ノ参


小津 毎回テーマを変えて江戸時代の17音を味わう喫茶江戸川柳、今月もやってまいりました。

飯島 いらっしゃいませ。このお店では江戸川柳、つまり江戸時代の川柳を楽しみながら珈琲を召し上がっていただけます。

小津 こんにちは。今回は私の方からお願いしたいメニューがあるのです。幽霊もののセットを味わってみたいのですが、季節はずれでも注文できますか?

飯島 はい、よろこんで! 幽霊は怖いですよね。こっちがどんなに鍛えても勝てそうにない。元プロレスラーの前田日明さんは英国武者修行時代、下宿先で少女の幽霊から「キャン ユー ヒア ミ―?」と声をかけられて身がすくんだそうです。

小津(苦笑)。

飯島 わたしですね、文献上の日本の幽霊っていつ頃からあったんだろう、と思って調べてみたことがあるんですよ。そうすると人魂ではあるのだけど、最古のものとして『万葉集』巻16に〈人魂のさなる君がただひとり逢へりし雨夜の葉非左し思ほゆ〉という歌があると分かりました。

小津 それはまた随分と良い歌ですね。

飯島 で、時代は少し下って9世紀の『日本霊異記』の上巻第12話や下巻の第27話には、中国の幽霊譚の翻案と思われるものが見られます。そして12世紀の『今昔物語集』になると、日本独自の幽霊譚が複数確認できるようになる。ただし、鎌倉時代から江戸時代前期くらいまでをみると、怨念の表象として鬼や蛇の姿をとるものも多かったみたいです。〈おのれ時平と黒雲の絶間より〉という江戸川柳があります。この句からは、菅原道真が鬼のような雷神姿になって時平に復讐する場面が想われますよね。鎌倉時代の「北野天神縁起絵巻」のあれです。

小津 いま見てきました。雲が低い! 家屋の中に垂れ込めて怖かった…。

飯島 『誹風柳多留』が人気のあった江戸時代中後期になると、本人の姿をした怨霊が主流になって、白い死装束・長い髪・うらめしや、という記号も出来上がっていたみたいです。今のJホラーの代表作といえば『リング』ですけど、あの作品に出てくる貞子もそういった記号の延長なんでしょうね。

小津 足が書かれなくて、着物の裾や髪の毛がひらひらしているという絵。あれは人魂が肉化してああなったのかなあ、なんて思います。

飯島 あー、なるほど。もしかしたら潜在的にそういうことがあったのかもしれませんね。それでは少々お待ちください。

      * * *

お待たせいたしました、本日の江戸幽霊セットです。

  幽霊の足はしやぼんのはなれぎは
  幽霊の留守は冥途に足ばかり
  皿割つた下女どんぶりにされるなり
  目を皿のやうに井戸からうらめしや


小津 最初の句はどういった意味ですか?

飯島 わたしもはじめは(何だろう?)と思いました。これは、しゃぼんをストローで吹いたとき……あ、江戸時代だから細い竹の管で吹くんですが、しゃぼんの離れ際ってちょうどマンガの吹き出しみたいになるじゃないですか。

小津 はい、なります。

飯島 それが幽霊の足の部分に似ているってことですね。見立ての句です。

小津 そっか。あれを足と見たのね(笑)。足はないんだと思ってた。  

飯島
 ところでね、今の結社川柳の世界では、川柳は一読明快でなければならない、とよくいわれるんです。でも、そう言い切れるのかしら、とよく考えます。柳多留初篇の冒頭の句は〈五番目は同じ作でも江戸産れ〉というものです。「江戸産れ」という表現は、柳多留のマニフェストになっている気もしますが、同時にちょっとしたクイズ形式にもなっています。本やネットで調べればすぐ分かるんで説明は省きますが、要するに川柳は必ずしも一読明快ではないんですね。「幽霊の足は〜」なんてまさにそうだと思います。

小津  発見が露わに書かれるのではなく、ちょっと包んだ感じで書かれていたりしますよね。其ノ壱で見た、百人一首の川柳などもひとまずの迂回があった。直裁的すぎて、笑えない質の野暮にならないように。次の〈幽霊の留守は冥途に足ばかり〉はすごい! 言われてみればそうなのですけど、いままで誰も思いつかなかったんじゃないのってくらいの大発見。こういう絵が実際にあったら面白いのに。冥土の道に、足だけがずらーっと並んでいるの。

飯島 ぶっとんだ発想の句ですよね。江戸川乱歩の小説では、鼻やら口やら腕やら足首やら、人間の各部位が群れなす触覚彫刻の部屋が描かれていましたけど、この句は足ばかりがずらーっと並んで上半身の帰りを待っているんでしょうかね。

小津 そう思うと切なくもありますね。いろんな感情が入り混じって良い句です。次の〈皿割つた下女どんぶりにされるなり〉も快作ですよ。笑える。花マルをあげたい。

飯島 3句目と4句目は「皿屋敷」の句です。3句目の「どんぶり」、これは皿の縁語であり、掛詞でもあります。でも「どんぶりにされる」ってどういう意味でしょう? わたし、20代のとき、前田勇編『江戸語の辞典』という三千円の辞典を買ったんです。

小津 演芸関係を調べるのに便利そう! それにしても渋いですね。

飯島 ええ。何でそんな渋い辞典を若者が買ったんだかよく分からないのですが、とにかくその本によると「どんぶり」は丼のほかに、「@どぶんと身を湯に沈めて Aどぶん と音を立てて。どぶんと水に飛び込む。」という意味の副詞もあるようです。わたし、これは知りませんでした。下女、つまりお菊は井戸へどんぶりとされるわけですね。

小津 掛詞とは気づきませんでした。そうか、どんぶりこ、のどんぶりなのか。 

飯島 どんぐりころころどんぶりこ、ですね。何か皿屋敷の句が可愛くなっちゃった。

小津 〈目を皿のやうに井戸からうらめしや〉は絵にすると可愛い。こちらも「目を皿のやうに」の部分が掛詞になっている。

飯島 皿屋敷だけにね。うらめしの「めし」も縁語的狙いがあるのかもしれません。この句はわたし、映画「リング」に出てくる貞子を思い出しました。テレビ画面に映る井戸から貞子があらわれ、画面から這い出てきて目をかっと見開くシーンがあるんですよ。あらんかぎりの怨念をさらけ出した眼でね。
ところで、最後にわたしから質問させてください。小津さんって霊体験はあるのでしょうか?

小津 ないです。でもね、高校生の頃、金縛りに苦しんでいた時期があるんです。毎回、寝入り端に幻覚を視るのですが、それが、たくさんの兵隊さんが諸手をあげたポーズで「うぉーーー!!!!」と叫びながら私の身体の上を踏んづけてゆく、というので超怖かったです。バカSFの読みすぎで、脳みそとけちゃったのかと思った。
今日もおいしい川柳をありがとうございました。

《本日の幽霊セット》
幽霊の足はしやぼんのはなれぎは  あ、写実なのですね度 ★★★☆☆   
幽霊の留守は冥途に足ばかり  このアイデアはなかった度 ★★★★★
皿割つた下女どんぶりにされるなり  かんべむさし度 ★★★★☆ 
目を皿のやうに井戸からうらめしや   昭和のお茶の間にぴったり度 ★★★★☆

posted by 飯島章友 at 22:00| Comment(0) | 川柳サロン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月24日

喫茶江戸川柳 其ノ弐


小津 今月もやってまいりました飯島章友さんの「喫茶江戸川柳」、前回ははじめてということもあり、万人にのどごしの良い「本歌取り川柳セット」を注文しました。今回はもうすこし味の濃い、珍しいものに挑戦してみたいと思います。てなわけで、飯島さんこんにちは。また来ちゃいました。

飯島 いらっしゃいませ、夜景さん。このお店では江戸川柳、つまり江戸時代の川柳を楽しみながら珈琲を召し上がっていただけます。今日はどのような川柳にしますか? 

小津 今日は珍味っぽいものがあれば、それを試してみたいのですが。

飯島 珍味ですか……そういえば今年は葛飾北斎の没後170年ということで、いろいろな催しがされているそうです。北斎って世界的な絵師なのは勿論ですが、奇人としても有名ですよね? 同居人の娘ともども片付けられない親子で住まいがゴミ屋敷だったとか、それもあって引っ越しを93回したとか、じつは100回引っ越すのが目標だったとか、改名を30回したとか、『冨嶽百景』で画狂老人卍≠ニ号したりとか(笑)。

小津  「卍」は最高ですね。非合法っぽい香りがして。

飯島 非合法! たしかに元ヤンのじいさんっぽいセンスだ。でね、葛飾北斎って、なんと柳人でもあったんですよ。秀句アンソロジー『誹風柳多留』85篇(1825年)に序を寄せているくらいで。

小津  それはすごい。 本物の柳人なんだ。

飯島 「葛飾連」という吟社の主宰だったくらいですから。北斎の生涯は1760年〜1849年、柳多留の刊行は1765年〜1840年までですから、まさに江戸川柳の時代を生きた人だったわけです。北斎の柳号は卍、あるいは百姓・百性。そのほか、万字、万二、万仁、萬二、萬仁、万治、錦袋、百々爺も北斎の柳号ではないかと推測されているそうなんです。画号を30回も変えた人ですから柳号をこれだけ変えてもおかしくないですよね。

小津 そういうのわかります。わたしも号を変えたいタチだから。では今日は、北斎のセットを味わってみてもよろしいでしょうか。

飯島 かしこまりました。ただ北斎の川柳っていまのテレビならたぶん「びんづるのピーピーピーピーらしい木魚なり」「ピーピーピーピーめ行平鍋へみや子鳥」「ピーピー報謝来れば摑んでーピーピーピーピーピー」みたいになるのが多いんです。ですから本日は、そのへんに配慮したセットにいたします。少々お待ちください。

      * * *

おまたせしました、本日の北斎川柳・珍味添えセットです。

  蜻蛉は石の地蔵の髪を結ひ
  田毎田毎月に蓋する薄氷
  芋は今咽元あたりろくろ首
  初夢がモシさめますと獏の妻


小津  え? これ、 まるで 立派なお師匠さんの句みたいですよ?

飯島 最初の句は、地蔵の頭に蜻蛉がとまったのが丁髷でしょうか、髪を結ったようだとの見立てですね。

小津  なるほど。「まんじ」と聞いて超ヤバいのを想像していたので、拍子抜けしてしまいました。

飯島 柳人の前田雀郎(1897〜1960)は北斎の句をあまり評価していません。雀郎は『川柳探求』の中で「川柳家北斎」という小論を書いているんですけど、「見るべきものなく」「川柳の名を以てはここに掲ぐるを遠慮すべき句ばかり」「ただかかる時に生れあわせ、川柳の心に触れながらその正しきものに眼を開き得なかった」と、さんざんな言いようなの(笑)。

小津 なぜでしょう。

飯島 雀郎なりにちゃんとした理由があります。北斎の時期の川柳はいわゆる「狂句」なんで、近代の川柳観からすると狂句風は許容できなかったわけです。ただ、見立て句とはいえ「蜻蛉」の句みたいなのが中心だったなら、雀郎の評価も違ったかもしれません。

小津 なんで一個の正解でものを測るんだろう。今より先に、過去があるのに。雀郎はわたし好みの端正な句を詠みますけれど、でも「川柳とは何か」という問いを「川柳において何が〈正統〉か」に置き換えてしまう感性は少しも端正じゃないですね。

飯島 近代っていうのは、前の時代のあり方をほぼ否定する原理があると思うんです。明治維新も、敗戦後も、90年代からの新自由主義体制も、その前の時代のシステムや精神性を否定しました。だから近代短歌でも正岡子規は、古今集以後の和歌にはあまりいい評価をしなかったですよね、源実朝や橘曙覧らは除いて。近代川柳でも、川柳が狂句と呼ばれていた約100年を先ず否定したんです。

小津 あらら。

飯島 だから前田雀郎もそういう近代の時代精神のなかで狂句に手厳しくなったんじゃないでしょうか。

小津 雀郎と子規とは似て非なる、ですよ。子規の狙いは伝統や権威の打倒による変革で、いっぽう雀郎はサブカルチャーだった川柳の歴史を物語的に再編してカルチャーにしたいって話ですから。近世和歌にはいろんな「邪道」を排するためのお家芸的ルールがあって、結果おおむねあんなことになりましたけれど、川柳における諸現象を制御しようとする雀郎の欲望は、正岡子規が批判した近世の抜け殻和歌と同じ道を招き寄せることになる。

飯島 そのへんは問題が大きくて延々話せちゃいそうなんで、次の二点に絞って私の見方を提出しておきますね。一つめは、アララギに代表される近代のスタイルは既存和歌にあった本歌取りなどのレトリックを排し、表現面では後退もあったし案外早く形骸化したこと。二つめは、子規やアララギは万葉に戻れといい、阪井久良伎ら川柳中興の柳人は狂句以前に戻れといったこと。つまり、レボリューションには革命のほかに「循環」という意味もあるように、革命変革には「再巡」の面もあるということです。その再巡が、因習や権威を打破し前進になると信じていた、という面で子規と久良伎はおなじだと思います。久良伎に師事したのち決裂しちゃう雀郎にも、後進として何ほどか時代の影響があったでしょう。

小津 ふむふむ。私ね、実は短歌も、和歌が排除してきた狂歌性の奪還を無意識に目指してきたように感じるんです。与謝野晶子から枡野浩一まで。こういう人たちが登場した時みんな驚いたと思うんですが、狂歌もひっくるめた三十一文字の歴史の中でみると全然ふつうなんですよね。

飯島 なるほど。そのへんとても興味があります。さて、次の句は信濃は姥捨の「田毎の月」を題材にしています。姥捨山のふもとの棚田は一枚一枚に月が映ると言われていて、観月の名所として有名なんだとか。歌川広重が絵に描いてから有名になったらしいんですけどね。冬になってその棚田に氷が張ると、田毎に映っていた名月がそのまま封じられる。すごく叙景的なんだけど、どこか人工性を感じます。

小津 はい。なんだか都会的な味がします。

飯島 じつは田毎の月は想像上の景色なんです。想像風景へ北斎流の創造が付け加えられた句なんですね。

小津 フューチャー・デザインっぽくキマってますね。

飯島 次の「芋」の句は文句取りです。吉原の二代目高尾太夫の作といわれる「君は今駒形あたりほととぎす」、あれです。洒落なんで、雀郎の好みからは遠そうだ。

小津 「君は今駒形あたりほととぎす」は好き句なのです。北斎の句もばかばかしくていいなあ。

飯島 芋は長い首だとつっかえそう。コントでよくあるんです。爺さんが「うっ」って餅を詰まらせたかと思いきや「うっ、うまい!」ってネタ。このろくろ首もそんなコントをしそう。

小津 あははは。その話を聞いてわかった。この句、意外と平句の味なのかも。

飯島 それは面白いですね。というのも、ご存じかもしれませんが雀郎は、川柳のルーツは平句だと書いているんですよ。

小津 はい。存じています。

飯島 雀郎は故人なのでもうお話することは叶いませんが、雀郎と今の短詩人が平句について意見交換したら一体どうなるんだろう、なんてことを想像して堺雅人みたいなニヤニヤ顔になってます。

小津 エロ・グロ・ナンセンスはダメでしょう。でも若輩特権を最大限に行使して、しつこく付きまとって落としたいですね。ご飯も若輩特権で奢ってもらいつつ。

飯島 最後の「初夢」の句は、夢違いの獏のことでしょうね。井原西鶴の『好色一代男』に「厄はらひの声、夢違ひの獏の札、宝舟売など」とありますけど、当時は獏を描いた札や、「獏」と書かれた宝舟の絵を枕の下に入れて寝る風習があったとか。こうすると、たとえ初夢が悪夢だったとしても獏が食べてくれるというわけです。ちなみに「なかきよの とおのねふりの みなめさめ なみのりふねの おとのよきかな」っていう掛詞満載の回文を唱えたりもしていたみたいですよ。

小津 これね「モシ」が可愛いの。漫画のフキダシみたい。

飯島 『北斎漫画』をマンガやアニメのルーツという人もいますね。北斎はいろんなエコールに学び、絵の対象も名所・花鳥・妖怪・幽霊・生活・滑稽・役者・美人・アダルトと幅広い。さきほど立派なお師匠さんの句みたいと仰いましたけど、マジメか!って句を作るのも北斎ならではかもしれません。

小津 いろんな顔があるわけですね。いま住んでいるアパートから徒歩3分のところに入場無料の市立美術館があって、展示の目玉が北斎漫画の初版本なんです。本当みんな北斎が好きですよ。彼のヒップな精神が、こちらの心までぱっと明るくしてくれる。

飯島 へえ〜見てみたいなあ。話を戻すと、北斎の句も「さめます」が掛詞になっています。「(獏の食べ物としての)初夢が冷めない(覚めない)うちに食べてしまわないと」って獏の妻がいってるわけです。

小津 なるほど。「獏の妻」という設定も可愛いなあ。絵が見えます。今日はものすごく美味しかったです。しかも多彩な味で楽しかった。また機会を見つけて北斎の川柳を味わいたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

《本日のHOKUSAIセット》
蜻蛉は石の地蔵の髪を結ひ お師匠さん度 ★★★☆☆
田毎田毎月に蓋する薄氷 都会派度 ★★★★☆
芋は今咽元あたりろくろ首 ナンセンス度 ★★★★☆
初夢がモシさめますと獏の妻 マンガ度 ★★★★★

posted by 飯島章友 at 10:30| Comment(0) | 川柳サロン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月03日

【小津夜景】喫茶江戸川柳 其ノ壱【飯島章友】


小津 こんにちは。今日は飯島さんが古い川柳を出す喫茶店を始めたというので、さっそくお邪魔しました。

飯島 いらっしゃい小津さん。喫茶江戸川柳へようこそ。このお店では江戸川柳、つまり江戸時代の川柳を楽しみながら珈琲を召し上がっていただけるんですよ。

小津 私、あまり川柳に馴染みがないんですよ。それで、まずは本歌取りの句を味わってみたいのですが…

飯島 わかりました。では、本日の本歌取り川柳セットはいかがでしょう?

小津 いいですね。それでお願いします。 

      * * *

飯島 おまたせしました、本日の本歌取り川柳セットです。百人一首の歌が分かりやすいと思いまして、その本歌取りを選んでみました。

  来ぬ人は花と風との間に見え
  あはで此世を過してるしやぼん売
  しのぶれど色に出にけり盗み酒

江戸川柳には本歌取りがたくさんあります。それに、百人一首や歌人にかんする教養を踏まえた句もたくさんあるんですよ。

小津 わあ、どれも薫り高いですね。わたしは、上から順に好きかなあ。浮世のはかなさが感じられて。

飯島 最初の「来ぬ人は」の句は、

  来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ

という権中納言定家(藤原定家)の歌の本歌取りです。定家は平安末期〜鎌倉初期の歌人で、百人一首を撰した人としてとても有名ですよね。この歌、「待つ」と「松」、「焼け焦げる」と「思い焦がれる」とをかけているんで、模擬試験なんかの問題によく出ていました。こっそり言います。わたしはお勉強ができない落ちこぼれだったんで、ある時期までこの歌はつらい思い出の一部だったんです。でも、短歌を詠み始めてから改めて定家の歌を読んでみると、この言語操作能力はすばらしいなと。

小津 ふむふむ。

飯島 川柳に話を移すと、「来ぬ人は花と風との間に見え」は、なぞなぞとして機能していると思うんです。読み手は、花と風との間って何だろう? と少し考えるのではないでしょうか。でも、当時は百人一首がいまよりもずっと身近だったんで、すぐにピンとくるひとが多かったかも知れませんね。

小津 どういうことでしょう?

飯島 定家の「来ぬ人を」の歌の前は、入道前太政大臣(藤原公経)の「花さそふ嵐の庭の雪ならでふりゆくものはわが身なりけり」。後の歌は、従二位家隆(藤原家隆)の「風そよぐならの小川の夕暮はみそぎぞ夏のしるしなりける」です。そこに気づくとなぞなぞは解けます。ただ、そういうのを抜きにしてもいい作品だなと。言葉の取り合せがいい。

小津 そうですね。手品みたい。トリックに気づかなくても素敵だし、楽しめます。

飯島 おなじような仕掛けの句として、「打ち出て見れば左右に鳥と鹿」「我庵は月と花との間なり」「赤人の尻に猿丸きついこと」というのもあるんですよ。小津さんが詳しいと思いますけど、たしか蜀山人(大田南畝)の狂歌に「わが庵は都の辰巳午ひつじ申酉戌亥子丑寅う治」なんてのがありましたね。江戸時代のひとは百人一首が好きだったんでしょう。

小津 蜀山人も「狂歌百人一首」を書いていますし、百人一首は武術でいうところの基本功なんでしょうね。

飯島 次の「あはで此世を過してるしやぼん売」の本歌は、平安前期〜中期の花形歌人で三十六歌仙の一人でもある伊勢の歌ですね。

  難波潟短き葦のふしのまもあはでこの世を過ぐしてよとや

それに対して「あはで此世を過してるしやぼん売」は、「逢は」と「泡」とをかけてきちんとしゃぼん売りで回収しています。

小津 はい、さらりとスマートに。

飯島 泡ってはかないものですよね。たとえば『方丈記』の冒頭では、「うたかた」「水の泡」という言葉でこの世の無常が示されています。

「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。淀みに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたる例なし。世中にある人と栖と、またかくのごとし。……住む人もこれに同じ。所も変らず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。朝に死に、夕に生るるならひ、ただ水の泡にぞ似たりける。」

これを踏まえると、掲句のしゃぼん売りの存在そのものが、はかなく想われてくる。このひとは此岸と彼岸のあわいに存在しているんじゃないか、という感じに。

小津 エラスムスに「人間はうたかたである(Homo bulla est)」といった格言があって、しゃぼん玉は西洋で人生の虚しさを意味する代表的イコンだったそうです。東西で感覚が同じなのがおもしろいな。次の句はいかがでしょう?

飯島 最後の「しのぶれど色に出にけり盗み酒」、これは世間のひとがイメージする川柳にいちばん近いかも知れませんね。本歌は、平安中期の歌人である平兼盛の歌。この人も三十六歌仙の一人です。

  しのぶれど色に出でにけりわが恋は物や思ふと人の問ふまで

村上天皇が催した歌合のとき、「恋」というお題で、兼盛と壬生忠見が勝負を競った話は有名ですよね。忠見が提出した歌は「恋すてふわが名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひそめしか」。このとき、判者の左大臣藤原実頼は、どちらもよい歌なので優劣がつけられず、困ってしまいました。

小津 どちらもいい歌ですものねえ。

飯島 ええ。でも、そのとき帝が「しのぶれど」と口ずさまれたので、実頼は兼盛の勝ちと判定を下した。そんなお話です。ただ、実頼は後のちまでずっと、あの判定で良かったのかと疑問に思っていたそうです。この背景を知っていると、「色に出にけり盗み酒」なんてのは、ハリセンですぱーんとしておかなきゃならない。

小津 あはは。確かにしょうもないボケだから、ツッコミには切れ味がほしいかも。

飯島 ここまで百人一首の本歌取りの句を見てきました。やはり共有文化があったからこそ成立していたように思います。わたしはお笑いが好きなんですが、むかしのコントを思い起こすと、忠臣蔵や国定忠治、森の石松なんかのパロディがありました。それというのも、老若男女に共有されているお話だったからだと思います。江戸川柳に「雪のなぞ解けて御簾を捲きあげる」という句があります。「解けて」は雪と謎の両方を受けている。それはいいんですが、この句は清少納言の「香炉峰の雪」を、当時の庶民が知っていたから出来たんだと思います。香炉峰は小津さんのほうが詳しいでしょうか。

小津 白楽天でしょうか。香炉峰ネタも多そうですね。「簾をかかげてきよらかな雪見也」。今日は素敵な本歌取り川柳をご紹介いただきありがとうございました。謎がとけてすっきりしたところで、窓の外の雪景色を眺めながら、残りの珈琲をのんびりいただくことにします。

《本日の本歌取り川柳セット》
来ぬ人は花と風との間に見え    トリック度 ★★★★☆
あはで此世を過してるしやぼん売  うたかた度 ★★★★★
しのぶれど色に出にけり盗み酒   ハリセン度 ★★★☆☆


posted by 飯島章友 at 21:00| Comment(0) | 川柳サロン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする