2021年10月24日

3と5の不思議 短歌はドリフ?

最近、あるテレビ番組で3つのフレーズを重ねたギャグについて分析していた。

じゅんでーす、長作でーす、三波春夫でございます(レツゴー三匹)
わりーね、わりーね、ワリーネ・デートリッヒ(小松政夫)
どーして、どーしてなの、おせーて(小松政夫)
ウェルカム、腕噛む、どこ噛むねん(村上ショージ)
あのさ、僕さ、あどっこいさ(チャーリー浜)
しまった、しまった、島倉千代子(島木譲二)
だめよ、だめよ、だめなのよ(島田一の介)
ラーメン、つけ麺、僕イケメン(狩野英孝)
1ドル、2ドル、くいコンドル(堀内健)


リアルタイムで知らないギャグや吉本新喜劇のローカルなギャグがあるものの、どれも聞いたことがある。これが3つのフレーズを重ねた効果なのか。あと番組では出てこなかったけど、ダチョウ倶楽部・上島竜兵の熱湯風呂「押すなよ、押すなよ、絶対に押すなよ!」も三段で言うことが多い。おなじく「くるりんぱ!」も「くる、りん、ぱっ!」という三段のリズムを感じる。ピコ太郎の例の曲でも「アッポーペン、パイナッポーペン、ペンパイナッポーアッポーペン」となっている。もしかしたら三段重ねってグローバルに通用するものなのか。

その番組では三段重ねのギャグについて、三代続く国語学者の金田一秀穂氏が「掛詞」と「リズム」の面から説明していた。確かに駄洒落だけだと心許ないけど、三段のリズムによってギャグへ昇華させている気がする。

あと金田一氏はこうも言っていた。文字を知らない人が大勢いた時代は、何かを記憶するために七五調にしたのだと。七五調は詩や歌といってもいい。この「調子」が記憶装置になるんだそうな。「一富士 二鷹 三茄子」「巨人 大鵬 卵焼き」「笑う 門には 福来たる」「鳴くよ ウグイス 平安京」というようにね。だからギャグも三段重ねにすると憶えやすく、ついついマネしたくなるということだった。

川柳でも掛詞を使ったり韻を踏んだりすることはある。ただギャグとは違うので三段重ねのフレーズにすることは少ない。とはいえ、通常の川柳は3つのパートからなっているので、上五と中七で伏線を敷いておき、下五にドン! と読み手をつかむ表現を置くことはある。

マルクスもハシカも済んださあ銭だ  石原青竜刀

「マルクス」「ハシカ」という伏線があるからこそ最後の「銭」が効いてくる。これを「さあ銭だマルクス・ハシカはもう済んだ」としたらどうか。感じ方は人それぞれだろうけど、わたしはインパクトが弱くなった気がする。

サラリーマン川柳なんかはより一層、駄洒落とリズムを駆使したものが多いんじゃなかろうか。

「空気読め!!」 それより部下の 気持ち読め!!  のりちゃん

第21回の一等作品。

ところで、短歌は5つのパートからなっているけど、5の効果ってあるのだろうか。それでふと思い出すのはザ・ドリフターズだ。短歌ってドリフの団体芸に通じるものがありはしないだろうか。「8時だヨ!全員集合」を見たことのある人ならわかると思うのだけど、ドリフは最初にいかりや長介が出てきて仕切り、そのあと高木ブー→仲本工事→加藤茶と登場してきてボケの度合いが強くなり、最後に志村けんで超ド級のボケがくる。短歌に当てはめるとこんな感じか。

初句(長介)→二句(ブー)→三句(工事)→四句(茶)→結句(志村)

ドリフは台本通りにコントを進めることで有名だけど、加藤茶だけはアドリブを入れてくると言われている。そういえば短歌の世界では、四句目は八音でも許容されがちだ。と、無理やりこじつけてみたけれど、そのうち「短歌はドリフ」というテーマで歌論を書いてみようかしら。
posted by 飯島章友 at 21:00| Comment(0) | 川柳論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月25日

言葉と肉体

三島由紀夫が『太陽と鉄』にこんなことを書いている。

 つらつら自分の幼時を思いめぐらすと、私にとっては、言葉の記憶は肉体の記憶よりもはるかに遠くまでさかのぼる。世のつねの人にとっては、肉体が先に訪れ、それから言葉が訪れるのであろうに、私にとっては、まず言葉が訪れて、ずっとあとから、甚だ気の進まぬ様子で、そのときすでに観念的な姿をしていたところの肉体が訪れたが、その肉体は云うまでもなく、すでに言葉にむしばまれていた。
 まず白木の柱があり、それから白蟻が来てこれを蝕む。しかるに私の場合は、まず白蟻がおり、やがて半ば蝕まれた白木の柱が徐々に姿を現わしたのであった。
(『三島由紀夫スポーツ論集』・岩波文庫より)

 川柳も前句付が発祥という歴史に鑑みると、まず言葉がある。言い換えれば、まず白蟻がいる。だから、肉体という現実的感覚を川柳に付与するときにはもう、それは半ば蝕まれている。いや、その「現実的」じたいも言葉によって呼び覚まされたのであれば、最初から言葉に侵食されている。

三島が15歳のときの自分を批評した短編『詩を書く少年』には、「まず言葉が訪れ」たかのような主人公が描かれている。

自分のまだ経験しない事柄ことがらを歌うについて、少年は何のやましさをも感じなかった。彼には芸術とはそういうものだとはじめから確信しているようなところがあった。未経験を少しも嘆かなかった。事実彼のまだ体験しない世界の現実と彼の内的世界との間には、対立も緊張も見られなかったので、いて自分の内的世界の優位を信じる必要もなく、る不条理な確信によって、彼がこの世にいまだに体験していない感情は一つもないと考えることさえできた。なぜかというと、彼の心のような鋭敏な感受性にとっては、この世のあらゆる感情の原形が、ある場合は単に予感としてであっても、とらえられ復習されていて、爾余じよの体験はみなこれらの感情の元素の適当な組合せによって、成立すると考えられたからであった。感情の元素とは? 彼は独断的に定義づけた。「それが言葉なんだ」
(『花ざかりの森・憂国――自選短編集――』・新潮文庫より』)

感情の元素の組合せ=言葉の組合せ次第で、未経験なことであっても経験したかのように成立させられる。少年にとっての言葉は、しち面倒臭い経験=肉体という手続きを踏むことなしに現実を構築できるものだった。しかし、そんな少年も最後、「僕もいつか詩を書かないようになるかもしれない」と変化の兆しをみせ、物語は終わる。

言葉が先に訪れた三島由紀夫自身も、彼の死までの道程を見るに、けっして言葉に安住してはいなかった。いや、三島ほど言葉と肉体の相克を乗り越えようとしなくとも、詩歌の創作者は多かれ少なかれ、「詩を書かないようになる」予感を持ちつづけるものではないだろうか。それなしに惰性で何十年も創作をつづけられる人を、わたしは想像できない。
posted by 飯島章友 at 23:58| Comment(0) | 川柳論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月03日

ホゲ〜と言葉の力

学生の頃、部活の仲間2、3人とくっちゃべっていたときだ。脈絡は定かでないのだが、わたしはこんな問いかけをした。「ジャイアンの歌声って何でホゲ〜なんだろう」と。

人気漫画とはいえ、たとえば『らんま1/2』や『幽☆遊☆白書』のばあい、相手が知っているかどうか探ってからでないと会話ができない。しかし、『ドラえもん』『ルパン三世』『サザエさん』のキャラは誰もが知っているので、雑談にはもってこいだ。

わたしとしては、それほど深い意味もなくホゲ〜を問うてみたのだが、これが意外に盛り上がった。3人が5人に、5人が8人に、8人が13人へと話し手が増えていき、その後も部活内では何日間かホゲ〜の話で盛り上がった。ホゲ〜には人を無関心にさせない何かがある。

人間の歌声を「ホゲ〜」と描き文字にする。ジャイアンリサイタルに大文字で付されたホゲ〜〜を見ていると、音こそ聞こえないものの、ジャイアンの歌声の破壊力、拷問性、独善感が存分に伝わってくる。と同時に、それをうな垂れながら聞いているのび太らの被虐、忍苦、絶望感も痛いほど伝わってくる。

ところが、いざアニメーションのほうでジャイアンの歌声を聞いてみるとどうだろう。マンガ版ほど度外れな破壊力が感じられないのだ。エコーをかけてその破壊力を表現しようとしているものの、特にどうということはない。まあ、視聴者に実害が出たら大問題だし、再現できるわけはない。だがそういう事情を差し引いても、視覚的な擬音が物理的な歌声よりも破壊力があるのは驚きである。

音と言葉。音楽と文学。一見すると音のほうが刺激や印象が強いように思われるけど、あながちそうとは言い切れないのだろう。「言葉の力」を見くびることはできない。

ぐびゃら岳じゅじゅべき壁にびゅびゅ挑む  川合大祐
posted by 飯島章友 at 23:00| Comment(0) | 川柳論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月14日

矢崎藍著『平成つけ句交差点』

『平成つけ句交差点――あなたの77、私の575』 (矢崎藍著/筑摩書房/1996年)

この本は連句人・矢崎藍さんによる「つけ句」の本です。つけ句、つまり前句が五七五なら附句として七七を、前句が七七なら附句として五七五を作るものです。要するに前句附ですね。

各章とも、一つの前句に複数の人がつけた句が掲載されています。例えばこんな感じです。何句か引用させていただきます。

 好きですといわれてみたい夏の宵  孔美子

 彼の化身か蚊がチクリ刺す  柴田美和
 衰え知らぬ湯上がりの肌  上野喜美
 花火が映る君のマジな  平下真紀子
 桃の葉蔭はかげをひとつ蛍が  森みち
 昼間の熱を秘めた川石  上條千史
 オイとチョットで半世紀過ぎ  藤子
 ハタリと変わるデジタル時計  榊原由美

本書は連句の枠内でのつけ句なので、前句とセットでなければよさが分からない句と、川柳のように一句立てで読める句があります。「ハタリと変わるデジタル時計」は上手いと思うのですが、前句が前提された句ですね。

また情緒が連句っぽく感じられる句もあれば、川柳っぽく感じられる句もあるように思います。「昼間の熱を秘めた川石」は、この中でいちばん気に入っている句なのですが、多数派の柳人が作る短句(七七句)とは趣がちがう気がします。

川柳が文芸の一分野として独立するきっかけとなったのは前句附興行です。こうしてつけ句専門の本を読むと、一句立てで鑑賞する「川柳文芸」が成立した理由を実感できるのです。と同時に、短句も十分独立できる句型だと実感できるのであります。
posted by 飯島章友 at 23:40| Comment(0) | 川柳論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月26日

詩集『一行の青春』/山村祐 編

詩集『一行の青春』( 山村祐 編/森林書房/1978年)

『一行の青春』は詩集とエッセイ集とが2冊1函になっている。2冊とも、山村祐を筆頭に250名が結集していた「短詩」誌(昭和41年9月〜昭和45年3月)に関わる内容になっている。エッセイ集のほうは山村祐の短詩論や短詩作品鑑賞、詩集のほうは計43冊発行された「短詩」誌のアンソロジーで72名の作品群が選出されている。

詩集の巻末に載っている山村の「短詩」誌顛末記によると、「短詩」会員の年齢は「一六、七才から二二、三才までが90%を占め、あとは二〇才代後半までを中心に、三〇才代、四〇才代を含めて10%弱、五〇才代は私と妻のほか一、二名だった」というから、既成の短詩型文学とは対照的だ。また会員のほとんどは俳句や川柳の洗礼を受けていなかったとも。そのため、徒手空拳でおのおのが短詩を模索していたようだ。だからだろうか、二年近くして壁に突き当たり書けなくなった実作者が多かったと、山村はエッセイ集のほうで書いている。

また、おなじく詩集の顛末記によると、短詩は「第三の短詩形作品の創造」を目標にしていたという。徳川時代に俳句や川柳という一行の詩が生まれたように、「近代以後の社会から新しく生れでるべき短詩形作品の可能性を考えた」そうだ。

それでは何はともあれ、詩集『一行の青春』より何作品か引いてみよう。

満月少年 スプーンに海をたしている  道上大作
マッチ擦った 睫毛に別の世界がブランコしてた  谷口慎也
エスカレーターからふってきた棺桶  吉田健治
別れる時は雪の上を上手に歩いて下さい  後藤すみ子
紫陽花の重いのは 夢を吸っているからです  桜陽子
あなたが好きと レモンスカッシュに浮いてみる  大沢たえ子
風葬の鳥 秋の果実は地底に熟れた  佐藤龍夫
たとえば 夜は長靴  森原英機
油紋に漂うフランス人形の胎内で澄んでいる祖国  石原明
一卵性双生児は夕日が嫌いトマトが嫌い  本間美千子
「おはようまどか」パパを疑っちゃえオウム  吹田まどか
おばさまのノド鳩が住んでいる 大ッきらい
あじさいの息の根とめて「ママ 花束よ!」


最後の吹田まどかとは故・安藤まどかの当時の筆名。安藤まどか(川柳での筆名は望月こりん)は時実新子のご息女で、「月刊 川柳大学」誌の発行人だった。短詩は現代から生れでるべき詩形ということで口語中心なのだが、吹田の作風は口語体というよりも会話体が全面に出ており、72名の中でも異彩を放っている。

さて、短詩とは何かという問題についてである。「短詩」誌内でも活発に議論がされていたようだし、一般に形式というものは作品をもって(つまり実践によって)示唆されるものだと思うが、短詩の牽引者である山村は自分なりの理論を立てていた。エッセイ集から抽出してみよう。そのひとつは〈一呼吸の詩〉という基準だ。これは、短詩は「呼吸を変えないで読めるということ、つまりいちばん快適な一呼吸の長さ」でよまれるということだ。一呼吸ということからすると、新古今短歌は五七五/七七の二呼吸でよまれる性格だと山村はいっている。そしてもうひとつは〈短詩ゴムマリ論〉。これは「ゴムマリを掌で強く握れば握るほど反撥力の増してゆく」ように「短詩の凝縮化の力が強まるに反比例して、それに反撥する力も強くな」るという理論だ。「ゴムマリを握る力が最高に達してハレツする(伝達性が失われる)直前において、相反する二つのエネルギーは最も微妙なバランスの美しさ、力強さを発現する」のであり、短詩もそのように成立するということだ。例として山村は「咳をしてもひとり」(尾崎放哉)をあげている。

「短詩」誌は長音派と短音派とに分かれたことなどによって休刊となった。もし続いていたらどうなっていただろうとも思うが、「短詩」は必ずしも定型によらない詩形なのだから、遅かれ早かれおのおのの道を歩み出していくことになっただろう。

現在、短詩・一行詩がジャンルとして成り立っているのかといえば、たぶんジャンルといえるほどの規模にはなっていない。そのような状況を見たとき、山村が短詩・一行詩の基準として〈一呼吸の詩〉をもっと前面に出せていたらどうなっていただろうか、と思ったりもする。或る文芸形式がジャンルとして成立し発展するには、参加者に或る基準がおおむね合意され、形式に安定性がもたらされることが必要かと思う。短詩・一行詩はその点で輪郭が見えにくい。誤解のないようにいっておくと、形式の安定=厳密なルールが必要といっているのではない。そうではなく、あらかじめの基準がなければその形式を更新する応用可能性も出てこない、というごく平凡なことをいいたいのである。
posted by 飯島章友 at 07:00| Comment(0) | 川柳論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする