2015年04月26日

S is for SENRYU

前略

やあ。川柳はじめたそうですね。
僕も川柳をやって14年になります。
14年、中学二年生ですね。
相変わらずSFは好きかい?
それなら、ちょっと面白いブログ(と、いう概念がわかるかな)を見つけたので、紹介します。
「川柳スープレックス」というブログの、

【川柳インタビュー】小津夜景さんに聴く〜普川素床さんの明るい追伸への追伸〜(聴き手:柳本々々)

という記事なんですけどね。
小津夜景さんという、俳句をメインに作られている方に、柳本々々さん(やぎもともともとさん、と読みます)が「俳句から見て、川柳がどのように見えていますか?」と言うことを質問したのですね。
それに対して小津さんは、「うーん、昔のSF界隈っぽい感じ」と答えられたのです。
もともとさんも、SFと川柳に相通じるところを挙げられていて、僕は、なるほど! と思って、ちょっと感動してしまったのですね。
両方好きですから。
(君はまだ、川柳を「好き」って素直に言えないかもしれないけど)

というか、「昔のSF界隈」ってところがいいですよね。
星新一さんも小松左京さんも、生ける神話、神様みたいな存在で、半村良さんが戦慄するものを書いていて、平井和正さんがまだ「小説」を書いていて、栗本薫さんがきらきら輝いていて、光瀬龍さんも今日泊亜蘭さんも野田昌宏元帥も浅倉久志さんも真鍋博画伯も、いっぱい、いっぱいいろんな人がいて、雑多なエネルギーに満ちていた、「昔のSF界隈」。
そんな「場」が、僕にはたまらなく魅力的でしたね。

だから、感動しました。
ごめん、脱線しました。

川柳の話。
川柳とSF。
この二つの共通性のひとつって、「みじかさ」にあるんじゃないかと、今思って。
(これを考え出すと、「SF作家は、何故ショート・ショートを書く/書かされるのか?」という問題に突き当たりそうな気もしますが、川柳、の視点からは脱線するので、略)
ショート・ショート、短編はもちろん、千頁を超える大長編でも、基本的にSFって、「みじかい」んですね。
言いたいことはひとつ、というか、テーマ、って言葉あんまり使いたくないので、コア、って言っておくけど、そういうのが確としている。
悪い言い方をすれば、「え、それが言いたいだけ?」と。
(良い言い方をすれば、逆にそれが凄いことなんです。例の『ドグラ・マグラ』にしても、「この頁を使って、これだけかい!」と思わされるところがあるわけで、その意味で上質のSFだと思っています)。
それはどんなフィクションでもそうなんだろうけれど。
SFの場合は、根本が〈センス・オブ・ワンダー〉ですから。
(これって、穂村弘さんの短歌観と同じですね)
意思を持った海、流れ星に「願いごとをなさい」、サイバースペースへの没入……。
その驚異の感覚を、作者にとっても一回限りの、その人にしかできない、「ぎゅっ」とした把握ができなきゃいけない。
そのあたりが、川柳に似てるかな、って、ちょっと思いました。

でね、それだけじゃなくて。
本当に凄い川柳って、時を超えることが、できるんですよ。
タイム・マシンよりずっと、自由自在に。
僕はそんな凄いもの、つくれないけれど、目を開けてごらん、君の周りに、もの凄い「SF」が転がってるはずだから。
(Sは川柳のS……蛇足)
それだけ伝えたくて、とりあえず、メールしました。
では。

14年前の川合大祐 さまへ
     川合大祐 拝

追伸
吾妻ひでおさんは、思いもかけない形で還ってきてくれたから、心配するなよ。

     
posted by 川合大祐 at 00:18| Comment(0) | 川柳論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする