2020年01月04日

はがきハイク第21号

年末に西原天気さん・笠井亞子さんから「はがきハイク」第21号をいただきました。


ゐんゐんと音叉十二月の森へ  西原天気

「ゐんゐん」がとても素敵。歴史的仮名遣い「ゐ」の形象じたいが、音叉の響きの見立てになっているかのようです。もしわたしが俳句を始めていたらこのような句を目指していたと思います。

オクターヴごと飛び立つよ梟は  笠井亞子

「オクターヴごと飛び立つ」という発想がまさに驚異的! 「梟」という適切なレールが敷かれてあるので、読み手はその驚異をしっかりと受け止められるのです。短歌脳でも感応できる俳句。

西原さん、笠井さん、ありがとうございました。

2019年09月13日

俳優と川柳の言葉

最近、新作映画の公開ということで、三谷幸喜さんをテレビでよく見かけます。

20年ほど前でしょうか、何気なくテレビをつけたら、三谷さんがビリー・ワイルダー監督に英語でインタビューをしていました。三谷さんのビリー・ワイルダー愛は有名です。テレビでも、ことあるごとにビリー・ワイルダーの魅力を語ってきました。わたし、「お熱いのがお好き」「アパートの鍵貸します」をはじめ、ビリー・ワイルダーの作品をいろいろ観たのですが、これは三谷さんの影響なんです。

ところで先日テレビで、三谷さんがこんなことをいっていました。もしかしたら川柳にも通じるかな、と思ったので、すこし再現してみます。

司会者 いい脚本っていうのはどういうところに出てくるんでしょうか?

三 谷 どうですかね、やっぱりキャラクターじゃないですか。それぞれのキャラクターが生き生きしているっていうのが大事だと思いますけど。

司会者 どういうところから着想を得られるんですか? 日常生活だったり……。

三 谷 いや、僕はやっぱり俳優さんからですね。

司会者 イメージを裏切る役をあてられるっていうのは、その俳優さんに私たち大衆が受けているイメージと違うイメージを持たれるということですよね?

三 谷 俳優さんを見て、この人に何をやらせたいかっていうところから話が膨らんでいくこともあるので、みんなが思っているようなものだけじゃつまらないから、その裏側を何とか見つけ出していくという作業がいちばん大変だし、楽しいですね。

とくに後半の「俳優さん」を「言葉」に置き換えてみると、川柳の題詠論だなと思ったりするのです。 


2019年08月02日

18歳と81歳の違い

勲章の欲しい七才七十才  橘高薫風

今日のウラハイで紹介されていた川柳。薫風の自選三百句『喜寿薫風』(沖積舎/平成15年)にも掲載されている句なので本人も気に入っていたようだ。薫風には「鬼灯よわが七才に恋ありき」「なつかしや友七十の丈くらべ」という七才と七十才の川柳もある。

ところで掲句を見て思い出したことがある。それは「18歳と81歳の違い」という3年ほど前のネタだ。人気テレビ番組「笑点」が発端らしく、その一部はこんなかんじ。

「心がもろいのが18才、骨がもろいのが81才」
「偏差値が気になるのが18才、血糖値が気になるのが81才」
「自分探しの旅をしているのが18才、出掛けたまま分からなくなって皆が探しているのが81才」

他にもまだまだあるので興味のある方は検索してみてください。あ、詩歌にはセンシティブな性格の方も多いので、きまじめな方はよしたほうがいいかも?

2019年06月04日

図書館や大型書店

図書館や大型書店を巡っていると、川柳のコーナーにあるべき書物が俳句のコーナーにあることがけっこうあります。

図書館でいちばん多いのは、時実新子著『有夫恋』が俳句の場所に配架されているケース。いままでに何回か、ガー! ガー! とヒステリックに……いえいえ、故児玉清さんのような紳士的な口調で「これは川柳の句集ですから、置く場所を正していただけると幸甚です、アタックチャンス!」と、図書館司書さんに申したことがあります。

また先日、某大型書店に、八上桐子著『hibi』が二冊置かれていてとても嬉しくなりました。が、喜びもつかのま、なんと『hibi』までが俳句のコーナーに置かれてあったのです。まあ、図書館のときと同様、児玉清口調で事情を説明したところ、きちんと川柳のコーナーに置いていただけるようになりました。

短詩型文学に興味がある人でもない限り、句集と言えば俳句句集をイメージするのでしょうかね。図書館司書や書店員ですらそうだとすれば、世間一般はさらに句集=俳句という認識なのではないでしょうか。でも実際、これまで川柳人はあまり句集を出版してこなかったわけですから、仕方ないことですよね。

いずれにせよ、短詩型文芸としての川柳は、まだまだ世間に知られていないということだと思います。尤もそのおかげでわたしは、マグロの美味さを外国人に知られてしまう前の日本人のように、川柳をじっくり味わえているわけですが。


2019年04月30日

平成の終わり

 果たして、この度の「令和」の典拠に出てくる「梅」とは、「厳しい寒さが残る早春に、桜に先駆けて凛と咲く花」との意味ですが、まさに私たちは、グローバリズム(ネオリベラリズム)という厳しい「冬」に覆われていた平成時代を乗り越えて、再び「梅花」を咲かせることができるのか。自然な「我が國ぶりの道」を見出すことができるのか。



浜崎洋介さんは、わたしが今もっとも注目している文芸批評家です。
日本人が、自分とは何者か? を考えるときに繰り返し参照されてきた万葉集。

平成がもうすぐ終わります。
平成とは、わたしにとってまさに、急進的なグローバル化のために自分が何者であるかを問い続けなければならない時代でした。
自他のあいだに橋を架けることと、自他のあいだを埋め立ててしまうこととでは、大きな違いがあります。

令和元年は、わたしにとっては仕切り直しです。

令和はいい時代になります。