2020年07月27日

弘田三枝子とヴァケーション

弘田三枝子が亡くなった。

20代前半の時分、日本人によるビートルズのカヴァーを集めたCDを買った。その中には弘田三枝子も入っていた。収録曲は「ペイパーバック・ライター」。他の日本人ミュージシャンには悪いが、弘田三枝子の歌唱力は他を圧倒していた。

学生時代、音楽関係の仕事につくのを夢みる友人がいた。バイト先で知り合った男で、大学はべつべつ。けれど、二人ともあまり音楽の流行には頓着せず、いい曲ならば生まれる前の作品もよく聴くタイプだったので、すぐに仲良くなった。彼は『ミュージック・マガジン』の熱心な読者で、音楽を社会と結びつけて批評することが得意だった。理屈っぽいところでも気が合ったのだろう。あるときその友人と、弘田三枝子が歌う「ヴァケーション」が素晴らしい、殊に日本語の歌詞が素晴らしい、と意見が一致したことがある。ちなみに「ヴァケーション」は、コニー・フランシスが歌ったポップスで、1962(昭和37)年のヒット曲だ。冒頭を聴けば、いまの10代でも知っている人がいると思う。

昭和30年代にアメリカから入ってきたポップス、ロカビリー、ロックンロール、ロッカバラードは、日本語カヴァーに直訳のものが多く、平成時代の学生からするとすごく滑稽に思えた。1990年代半ばごろ、王様による「直訳ロック」が話題になったことがあるけど、ちょうどあんな感じだ。そんな直訳全盛の昭和30年代にあって、漣健児の訳詞による「ヴァケーション」は洗練されていた。洋楽のビートと日本語がぴったりとマッチしているのだ。漣健児は他の訳詞も良くて、たとえばコニー・フランシスのヒットを中尾ミエがカヴァーした「可愛いベイビー」もいい。

チャック・ベリ―やエルヴィス・プレスリー、リトル・リチャード、バディ・ホリー、コニー・フランシス、ニール・セダカ、ポール・アンカなどの出現で、1950年代後半にポピュラー音楽は一気に様変わりした。新感覚の洋楽を日本語でカヴァーするとき、どうやって日本語を合わせればいいのか、という問題は避けてとおれなかったろう。だからこそ「日本語ロック論争」も起こった。短詩型でいえば、文語を前提とした定型へ口語をどう合わせればいいのか、という問題につながるか。

ただし、コニー・フランシスの曲は日本語の歌詞で聴いても、ほぼすべてにおいて違和感がない(コニーが日本語で自分のヒット曲を歌ったアルバムもある)。そう考えると、ポップスとロックでは、訳詞の難度に違いがあるのかも知れない。

2020年07月23日

前田光世の先進性

先日、川合大祐さんとお話をしたときのこと。どんな脈絡からそうなったのかは憶えていませんが、いつしか話題が前田光世の先進性に及びました(わたしと川合さんがお喋りをすると、川柳よりも格闘技の話題が多いのです)。その先進性とは、明治後期〜大正期の格闘家である前田がすでにオープンフィンガーグローブを考えていた、ということです。

わたしがそのことを知ったのは1980年代半ば。まだ少年の時分です。べつに前田光世が好きな少年だったというわけではありません。本当に時たまだったのです。当時、古本屋さんで小島貞二著『力道山以前の力道山たち―日本プロレス秘話―』(三一書房・1983年)という本を偶然見つけたのですが、わたしはまるで魔法にでもかかったかのように、この本を買わなければいけないと確信し、すぐに購入したのです。

さて、その本の中には、海外から前田が東京の親友にあてた通信が紹介されていました。ほんの一部ですけどね。それは次のような内容です。

彼ら外人は勝負も見ないうちから、自国の角力や拳闘には、柔道はとても敵わないと勝手にきめている。親の目にはわが子の醜いのも美しく見える流儀で、自分は先進国だから、何でも日本に勝っているときめるのだ。この迷夢を打破するには、われわれはもう一度、当てる蹴るの練習からやり直す必要がある。
(中略)
僕はいま、ゴム製の拳闘用手袋風にして、指が一寸ばかり(約三センチ)出るようなものを新案中だ。それから、軽い丈夫な面を、これもゴム製にして、目と鼻腔の呼吸をなし得るものを新案中だ。胸は撃剣の胴のようなものをつけてもよい。これで当てることと蹴ることの練習をやる。それから袖をとりに来る手の逆を取ること。以上の練習は柔道家には、ぜひとも必要と考える。

『燃えよドラゴン』でのブルース・リー、チャック・ウェプナー戦でのアントニオ猪木(佐山聡考案のグローブを使用)より60年以上前のことです。また現代のフルコンタクト空手や、合気道、少林拳に通ずる発想もあります。まさに総合格闘技です。

MMA(Mixed Martial Arts)は1990年代に始まったわけではありません。柔術家や柔道家が欧米の格闘技と交わったとき、すでに始まっていたのです。20世紀初頭は、今でいうグローバリズムの時代。1990年代と状況が似ていました。その時期、柔術・柔道とプロレスリング・ボクシングの戦いは頻繁に行われていたのです。そのような他流試合の経験をとおして、前田光世の発想も生まれたのであります。

2020年06月24日

ゴスペルのこと

先月、2020年5月9日にロックンローラーのリトル・リチャードが死んだ。
ロックンロールのパイオニア世代で健在なのは、有名どころだともうジェリー・リー・ルイスくらいか。

俺は親の影響でエルヴィス・プレスリーを聴き、一気にロックンロールにはまった。
その後、成人になってから、エルヴィスを通じてロックンロールのルーツを探るようになった。
すると、エルヴィス・プレスリーやチャック・ベリー、リトル・リチャード、ジェリー・リー・ルイス、ロイ・オービソン、みんなルーツに「ゴスペル」のあることが分かったんだ。

俺は殊にエルヴィスのゴスペルが好きだった。
好きが高じて、20代のころ、音楽教室にゴスペルを歌いに行ったくらいだ。
他の子たちは映画『天使にラブ・ソングを…』の影響で来ていたけど、ロックンロールの延長で来ていたのは俺だけだったな。

ロックンロールのパイオニア世代が一番影響を受けたゴスペルミュージシャンは、おそらくシスター・ロゼッタ・サープというひとだ。



この「アップ・アバヴ・マイ・ヘッド」は、エルヴィス・プレスリーの「'68カムバック・スペシャル」を購入したとき初めて知った。
それはそうとシスター・ロゼッタ・サープの間奏のギターを聴いてもらいたい。
誰かのギタープレイに似ていないかい?
俺はチャック・ベリーを想い出すよ。
チャックはシスター・ロゼッタ・サープの影響を受けまくっていたんだぜ。

ゴスペルをポピュラー音楽にしたシスター・ロゼッタ・サープ。
日本でも『天使にラブ・ソングを…』が大ヒットしたことを思えば、もっと彼女が注目されてもいい。

2020年01月04日

はがきハイク第21号

年末に西原天気さん・笠井亞子さんから「はがきハイク」第21号をいただきました。


ゐんゐんと音叉十二月の森へ  西原天気

「ゐんゐん」がとても素敵。歴史的仮名遣い「ゐ」の形象じたいが、音叉の響きの見立てになっているかのようです。もしわたしが俳句を始めていたらこのような句を目指していたと思います。

オクターヴごと飛び立つよ梟は  笠井亞子

「オクターヴごと飛び立つ」という発想がまさに驚異的! 「梟」という適切なレールが敷かれてあるので、読み手はその驚異をしっかりと受け止められるのです。短歌脳でも感応できる俳句。

西原さん、笠井さん、ありがとうございました。

2019年09月13日

俳優と川柳の言葉

最近、新作映画の公開ということで、三谷幸喜さんをテレビでよく見かけます。

20年ほど前でしょうか、何気なくテレビをつけたら、三谷さんがビリー・ワイルダー監督に英語でインタビューをしていました。三谷さんのビリー・ワイルダー愛は有名です。テレビでも、ことあるごとにビリー・ワイルダーの魅力を語ってきました。わたし、「お熱いのがお好き」「アパートの鍵貸します」をはじめ、ビリー・ワイルダーの作品をいろいろ観たのですが、これは三谷さんの影響なんです。

ところで先日テレビで、三谷さんがこんなことをいっていました。もしかしたら川柳にも通じるかな、と思ったので、すこし再現してみます。

司会者 いい脚本っていうのはどういうところに出てくるんでしょうか?

三 谷 どうですかね、やっぱりキャラクターじゃないですか。それぞれのキャラクターが生き生きしているっていうのが大事だと思いますけど。

司会者 どういうところから着想を得られるんですか? 日常生活だったり……。

三 谷 いや、僕はやっぱり俳優さんからですね。

司会者 イメージを裏切る役をあてられるっていうのは、その俳優さんに私たち大衆が受けているイメージと違うイメージを持たれるということですよね?

三 谷 俳優さんを見て、この人に何をやらせたいかっていうところから話が膨らんでいくこともあるので、みんなが思っているようなものだけじゃつまらないから、その裏側を何とか見つけ出していくという作業がいちばん大変だし、楽しいですね。

とくに後半の「俳優さん」を「言葉」に置き換えてみると、川柳の題詠論だなと思ったりするのです。