2017年04月01日

暮らしラッシュ   山中千瀬


だめだってゆうから大丈夫って訊いて

暴力のメソッドをお持ちなのね 雨

すぐとれるとんぼのあたましかたない

ゾンビになったら探そうゾンビのしあわせ

きみもまたとおい霧笛をきくでしょう

生活をパーティで割ってそっと飲む

階下からもにょもにょきこえとるテレビ

でもじつは少しも迷わずに来たんよ



【ゲスト・山中千瀬・プロフィール】
愛媛生まれ。率、怪獣歌会。
twitter:@bit_310


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2017年03月31日

【お知らせ】「川柳杜人」253号・「川柳と遵法」

「川柳杜人」誌2017春・253号に、飯島章友の小論「川柳と遵法」を掲載していただきました。

高校生の時分から、秩序と自由の関係を考えることがわたしの主要テーマでした。秩序だけを一方的に追求すれば抑圧になり、自由だけを一方的に追求すれば放縦になる。近代って、このどちらか一方を過剰に追求した時期だと思うんです。では、その両側面を引き受けてバランスを取ろうという議論はないものなのか。そんなことをずっと考えてきました。これからも考えていくのだと思います。なので「川柳と遵法で何か書いてください」と杜人誌から依頼をいただいたときは、何か引き寄せるものがあったのかなあ、なんて思ったものです。

よろしくお願いします。

川柳杜人社


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2017年03月26日

ダウンワード・スパイラル:200字川柳小説  川合大祐

エメサ王国の祭祀場で死別して以来、魂はかの面影を求め、果てのない輪廻を繰り返し続けた。ある時は木村政彦対エリオの試合場で、ある時は銀河連邦の舞踊会議場で、かの面影を探し続けた。そのうちに気付くのだ。輪廻は円環ではないと。ある点から始まった線が、回転しながら垂直に上昇してゆくのだと。ならば、もう会うことは無いのだなと思った。だが魂は探し続ける。螺旋。そう螺旋だ。重要なのは連続だった。うんこのように。

  蚊取線香上のうんこ  二村鉄子(「川柳ねじまき#3」より)

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2017年03月19日

残酷!光怪獣プリズ魔:200字川柳小説  川合大祐

何もかもが透きとおった世界だ。海もビルも蠅も光を通過させて、ただ、その方向を屈折させている。光の分散はさらに分散し、結局は透きとおるだけになってしまうのだった。波打ち際に、魚が一匹流れ着いた。流線型の、黒々とした魚だった。冷たく、それは世界のすべてと同じだった。だが、この黒さは何なのだろう。体内に何かを秘めることのできる黒さは。腹に切れ目を入れてみた。溢れる内臓は、次から次へと透きとおっていった。

  魚の腹ゆびで裂くとき岸田森  なかはられいこ(「川柳ねじまき#3」より)

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2017年03月15日

走る走る走るから考える古畑任三郎 安福望×柳本々々−ファーストシーズン第11話「さよなら、DJ」(犯罪者:中浦たか子【ディスクジョッキー】=桃井かおり)

安福 この桃井かおりの回は、殴ったときの「いたい?」ってきいたのがこわかったですね。

柳本 あれは桃井かおりのアドリブなんですよね。

安福 えー、そうなのか。はみだしたとこなんだ、あれ。

柳本 三谷幸喜作品のせりふじゃないかんじしますよね。あそこだけ。

安福 そうですね。古畑って、異常殺人者ってでてこないじゃないですか。最後ちゃんと解決する。

柳本 そうですね。そこらへん、『踊る大捜査線』と違いますね。『踊る大捜査線』はわりとアブノーマルな殺人者いっぱいでてきますからね。

安福 でも、この桃井かおりのだけ、なんかあの「いたい?」でちょっと異常なかんじしたんですよ。犯人のひとって、みんなちゃんと会話できるかんじだけど。ももいかおりはちょっと会話できないかんじのひとにおもえて。いままでのひとはみんな自分から、会話してくるじゃないですか

柳本 三谷幸喜さんはアドリブをさせないんですよね。昔、三宅裕司さんと対談してたときそういってました。だからそこだけ突出したかんじになったんじゃないですかね。三宅裕司さんと小倉久寛さんの劇団はアドリブがおもしろい劇団だから。

安福望 そうなんですね。

柳本 そもそも桃井かおりさんってちょっとクレイジーが役柄がおおいですよね。『男はつらいよ』にでてたときも結婚式で走ってにげる。花嫁の役をやってたけど。とつぜん結婚したくなくなって布施明からにげるんだけど。
走るで思い出したんですけど、この回の桃井かおりも今泉も全速力で走ってますけど、三谷幸喜作品のなかでは〈走る〉ってひとつのテーマになってるんですよね。『ラジオの時間』でも『笑の大学』でもみんな走ってる。全速力で。
三谷幸喜作品では走るっていっぱいでてくるんですよね。ドラマでも映画でも舞台でもよく走ってる。
で、走ると、物語がおおきく展開するんですよね。
漱石の小説って横たわると物語がおおきく展開するんですけど、三谷幸喜作品では走ると物語がおおきく展開する。
そうかんがえると三谷幸喜作品って会話劇の要素だけでもないんだなっておもうんですよ。走るっていうことばをかなぐり捨てたときになにかがおこるというか。
走るって純粋な欲動ですよね。そのときひとってピュアな欲動がでるんだとおもうんですよ。あの吉本ばななの『キッチン』でもカツ丼もってたしか走ってましたよね。このカツ丼を届けたいって。愛のカツ丼。

安福 たしかに走るって純粋ですね。

柳本 だから三谷幸喜劇では言葉の汚染をふりきるように走るんじゃないですかね。
あと三谷幸喜の作品は閉鎖的空間がおおいんですけど、
そこにおおきな穴をあけますよね、走ると。

安福 風なのかもしれませんね。

柳本 あの『笑の大学』でもほんとよくはしるんですよぐるぐるぐる。すごくいいシーンなんだけど。舞台版も映画版も。西村雅彦も近藤芳正も役所広司も稲垣吾郎もみんな素敵に本気に走ってる。

安福 そうなんですね。

柳本 真面目な検閲官と弱気な喜劇作家が一所懸命、一緒に走ってる。そうするとだんだんふたりの関係がピュアになって物語が動きはじめる。ふたりの関係がピュアになるんですよ。
どれだけ思いが錯綜していても、走る行為って、勘違いから遠く離れてある身体なんじゃないかな。なんか〈これしかない、これなのだ〉って状態になるんだよ。

安福 なるほど。まよってるときは走れないですね。目的地がわかんないから。決めてないから。

柳本 走るは、希望ですよ。ひとは、希望があるから走るんじゃなくて、走っているうちにひとは希望そのものになっていくんですよ。

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安福望:古畑任三郎「さよなら、DJ」の絵

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柳本々々:古畑任ザブ子「さよなら、今泉くん」の絵

posted by 柳本々々 at 20:10| 川柳サロン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする