2017年09月25日

私をちぎって置いていく返事  畑美樹


私をちぎって置いていく返事  畑美樹

セレクション柳人『畑美樹集』(邑書林)より。
この句の主体にではなく、おのずと相手の側の立場になって戦慄し、肌が粟立ってしまう句だ。こちらへの恨みごとや責任をとう書置きならまだいい。腹いせにこちらの所持品が壊されていたのであっても耐えられる。ここでは、相手が自分じしんを千切って無言の返事を残しているのだ。

畑美樹にはこんな句もある。

 雨だれの向こうに黙礼のカラス  (「Leaf」vol.2)

おもえば畑美樹には、口頭で言葉を交わしあう双方向性の句がない気がするのである。


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2017年09月24日

真昼間の音楽室の渦づくし  暮田真名


真昼間の音楽室の渦づくし  暮田真名

掲出句は、今年の7月に行われた川柳スパイラル東京句会での兼題「渦」に提出された作品。

当日は「音楽室」と「渦」の取り合わせに面白味を感じたのだけど、いま改めて見ると「渦」と「づくし」の組み合わせのほうが面白い。「渦づくし」ということは、音楽室にはいろいろな種類の「渦」があるということになる。もし鳴門を舞台にした映画を制作するなら、渦潮を要所要所に組み入れると良いつなぎになりそうだ。おなじように、音楽コンクールを目指す管弦楽部や合唱部の映画を制作するなら、音楽室に発生するさまざまな渦をワンシーンに組み入れると良い感じになりそうだ、なんて思う。

ところで、先月の若草のみちさんの「斉唱」にも、次のような作品があった。
 
 斉唱に音楽室は破裂して  若草のみち

いろいろな種類の「渦」があったり、斉唱で室が「破裂」してしまったり。こうした音楽室の光景を見ると、どちらも音楽室の本分がじつに満たされているなあ、という感慨をおぼえる。というのも、わたしにとっての音楽室は、声を出すことが人生を左右する過酷な場だったからである。

わたしの中高生時代の個人的経験でいうと音楽室っていうのは、管弦楽部や合唱部、軽音楽部、吹奏楽部といった〈専門集団〉にのみ声や音を出すことが許された。対して、一般の生徒たちが音楽の授業で音楽室を利用するときは、極力声を出さない・出せない場所だった。とくに男子は、真面目に歌おうものなら「お前なに大きな声出して歌ってんだよ、恥ずかしくねえのか、あん?」という内容のありがたいご指導ご鞭撻を、口頭または無言でたまわることになる。いわゆる〈同調圧力〉ってやつだ。
だから男子にとっての音楽室は、(声を出しなさいという)大人側のルールに恭順して実利を取るか、(声を出すんじゃないという)子供側のルールに適応して身の安全を確保するか、文字どおり人生をかけた駆け引きの場だったのである。駆け引きに失敗して学校をやめることにでもなれば、とうぜん人生は変わってしまう。

もちろん、これはわたしの通った学校がときたまそうだったというだけのこと。学校、地域、時代、偏差値などによって環境はさまざまだろうから、一般論ではなくあくまでも個人的経験での話である。

まあそんなわけで「音楽室」というのは、いかに声や音を押し殺すかが問われる場、という印象が強いのだ。だから「渦づくし」や「破裂して」しまう音楽室という表現は、わたしにとってこの上なく〈晴れやか〉な世界だ。大人になったいまは、ロックンロールでもポップスでもヒップホップでもジャズでも、気兼ねなくノビノビと歌うことができるけど、おなじことを中高時代の音楽室で出来たらどんなに楽しかったことだろう。

おなじ意味で男子トイレの・・・いや、その話はやめておこう。


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2017年09月16日

【お知らせ】「川柳サイド Spiral Wave」第2号

川柳サイド2.JPG
2017年9月18日(月祝)の第五回文学フリマ大阪で、川柳作品集「川柳サイド」第2号(500円)が発売されます。ブースはE-50。作品参加者は飯島章友・川合大祐・小池正博・酒井かがり・樹萄らき・兵頭全郎・柳本々々の7人です。
また同じブースで小池正博・八上桐子が作成した石部明フリーペーパー「THANATOS 3/4」も手に入るそうです。ぜひお越しください。時間は11:00〜17:00、会場は堺市産業振興センター イベントホールです。

第五回文学フリマ大阪

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2017年09月10日

めぐりゆく季節に:200字川柳小説  川合大祐

アホといえば坂田だが、『帰ってきたウルトラマン』のヒロインは坂田アキと言うのだった。惜しい。何が。夏。夏はもう過ぎてしまった。アホの、いやアキの坂田も番組途中でナックル星人に殺されてしまった。可哀相である。祭り。だから秋。郷秀樹、という冗談みたいな名の奴がウルトラマンなのだが、結婚したら郷アキである。語呂が悪すぎる。今回小説として体を成していないが、それを称してアホと呼ぶ。そーれそれそれお祭りだ。

  夏祭り体全体アホになる  池上とき子(「川柳の仲間 旬」No.213 より)

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2017年09月03日

だったんだ:200字川柳小説  川合大祐

猫の惑星があった。あいにくと猫座にはなかったが、そもそも星座という概念が猫の惑星にはないのだった。星は巨大な猫だった。縞猫だったのか三毛猫(だとすればおおかた雌だろう)だったかわからない。それでも宇宙空間に浮く眠り猫は、ときおり身をよじらせながら、あくびをするのだった。あくびのたびに、五重塔が倒壊するので、絶望した宮大工は首を縊ろうとした。深い森の一本の木。それが惑星猫の毛か、木かわからなかった。

  縊死の木か猫かしばらくわからない  石部明(「セレクション柳人3 石部明集」より)

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