2017年08月19日

「川柳文学コロキュウム」No.77と赤松ますみ@

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「川柳文学コロキュウム」No.77
編集・発行人 赤松ますみ

大阪の「川柳文学コロキュウム」は平成15(2003)年6月に設立された。来年で創立15周年となり、全国誌上川柳大会が行われるとのこと。代表は赤松ますみさん。
作品欄のほか、外部執筆者と赤松さんによる鑑賞欄、句会報、エッセイ、『武玉川』鑑賞、受賞報告、新刊紹介、お便り、全国の川柳大会告知などなど、とても充実した誌面になっている。

【カレイドスコープ】(会員自由吟自選)
曹達水 クスクス朝の生まれるところ  笹田かなえ
「もしももしも」とさざ波になりました  桂 晶月
えっという声が聞こえた試着室  毛利由美

【フィッシュアイ】(自由吟 赤松ますみ選)
珈琲は濃くって漢字読めなくて  斉尾くにこ
そうですよトイレは秘密基地ですよ  高瀬霜石
たしなみとして火曜日は置いていく  月波与生

【第166回句会】
真ん中に秘密結社があるキャベツ  桂 晶月(宿題「キャベツ」)
ムーミンの腰のあたりで午睡する  田口和代(宿題「ほんわか」)
呼び鈴を鳴らし続けている四月  嶋澤喜八郎(宿題「自由吟」)

【第167回句会】
こっそりとエステサロンへ行くメロン  赤松ますみ(席題「メロン」)

【第168回句会】
口では負けるけど尻尾では勝つわ  岡谷 樹(席題「尻尾」〉
お黙りと斜めに雨が降ってきた  新保芳明(宿題「自由吟」)

最後の「お黙り〜」の句が大好きだ。作者の意図は分からないので、もしかしたらシリアスな心情が詠まれているのかも知れないけど、平明にして面白い。
「お黙り」という言い方は、加賀まりこや美川憲一を思い出す。反論をピシャッと遮断してしまう言葉遣いではあるのだけど、二人が築きあげてきたキャラクターや絶妙な言い方が〈ご愛嬌〉を感じさせるのだ(ちなみに二人が主演の「おだまりコンビシリーズ」という2時間サスペンスもあった〉。
この句でも「斜めに雨が降ってきた」だけなら天から罰や説教を受けている雰囲気が出てしまうけど、「お黙り」という姐御的・オネエ的なご愛嬌を呼び起こす言葉によって深刻さは脱臼させられている。
また「お黙りの〜」別案として、「うるさいと〜」「お静かにと〜」「じゃかあしいと〜」「シャラップと〜」などが考えられるが、音数的にこなれていなかったり品がなかったり。ここはやはり「お黙り」だろう。

川柳文学コロキュウム

(つづく)

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2017年08月07日

いなだ豆乃助

いなだ・まめのすけ

2012年 短歌結社「短歌人会」入会
2014年 柳誌「川柳カード」入会
2016年 川柳結社「ふらすこてん」入会

この度、途中から参加させていただくことになりました。
川柳を始めたのは2014年10月からです。
右も左もわからないことだらけですが、
どうぞよろしくお願いします。
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2017年08月06日

パーソナル・データ:200字川柳小説  川合大祐

デスメタルが好きで、毎晩聴かないと眠れないのに、昨夜は「伊那華浪曲の会」へ親の強制で出席させられていたので、電気羊の夢を見続けて眠れなかった生徒がいた。ガマの油の売りすぎで声が涸れている生徒がいた。ミスター・スポックと言われるのが嫌で、昨日ついに整形手術の申し込みをしたのだが、身体髪膚へ傷つけることに罪責を感じている生徒がいた。実は自分は神様なのだと解ってしまっている生徒がいた。音楽室が破裂した。

  斉唱に音楽室は破裂して  若草のみち(今月のゲスト作品「斉唱」より)

posted by 川合大祐 at 00:00| Comment(0) | 川柳小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月01日

斉 唱   若草のみち


正確に進む時計をまんなかに

ガラス戸に蝶の頭痛は広がって

砂時計膨らみながらさかのぼる

絶望のヒマワリ種をいっぱいに

斉唱に音楽室は破裂して

あきらめたヒトデそれでも星の形

すぐ消える水平線の嘘の色

水槽の食物連鎖の頂点に



【ゲスト・若草のみち・プロフィール】
歌人集団かばん所属。
第4回角川全国短歌大賞大賞。
第60回角川短歌賞次席。
第41回全国短歌大会 尾崎まゆみ選者賞 大松達知選者賞。
第4回中城ふみ子賞次席。
Twitter:@kinouta00 
ブログ「空の鉱物」http://ameblo.jp/wakakusanomichi


縦書き画像をご覧になるばあいは以下をクリックしてください
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2017年07月31日

今月の作品・広瀬ちえみ「切手の鳥」を読む

 もはや都市伝説と言ってもいいと思うのだが、「川柳は『思いを吐く』文芸である」と信じている人がいるという噂がある。
 万が一にもそんな擬似ファンダメンタリストがいたとすれば、それがどんなに川柳にとって「うざったい」存在であるか、このブログで多くの執筆者が散々述べてきたことをお読みになって頂ければ、お解りではないかと思う。
 だが、この「思いを吐く」、一定の説得力を持つとすれば、「思い」というものがわざわざ「吐」かなければならない、川柳のがらんどうさに拠る。ニュートラルな状態では、「思い」という甘い幻想が介入してこない、空白地帯が広がっている。そこにこそ、川柳の可能性があるはずだ。
 とは言いながら、僕には「思い」が何を指すのか、はっきりと断言することができない。何せ都市伝説ですから。それはともかく、このUMA、「私」と関わっていることだけは直覚できる。その辺については今回深入りを避ける。ここでは、「思い」が「私の位置の固定化」ということにして、今月の作品を読んでいきたい。

  春うらら鶏冠をつけるのを忘れ  広瀬ちえみ

 ここに「思い」はない。少なくとも吐かなければならないような、屈折しているようでしていない自意識の肯定感はない。この句にあるのは「鶏冠をつけるのを忘れ」ただけの現象である。現象という言葉を使ったが、それこそ現象学的に、()の中に入れて見るのもいい。と言うより、この句の成立自体が、カッコに入れる行為と非常によく似ている。むしろ、「カッコに入れる」ことのみがこの句の動力であるとも言える。
 これがどんなに魅力的な営みであるか、僕の筆(パソコンだが)では到底言い表すことができない。
 ただ、「作者にはこういう『思い』があってそれがみごとに表現されているよ」という作品よりは、こちらの背すじをぞくぞくとさせてくれる、とだけは言っておきたい。

  軍配はうちのインコのおしゃべりに

「うちの」で「私」が溢出していると思われるかもしれない。しかし作者のいる地点は、「うち」ではない。「軍配は」のところに作者はいる。価値判断を委ねられた存在としての作者。しかし価値判断は、「おしゃべりに」のところで突き放される。
「おしゃべりに」は何を判断しているのか。おそらく何も確とした答えはないだろう。ここで価値判断は放棄させられる。従って作者はどこにもいない。裏を返せばどこにでも遍在する。「私」を超えた、メタとしての「私」。それはおそらく、がらんどうの文芸である川柳の可能性であるはずだ。

  黒い鳥になって影絵の黒い木に
  そらいろの童話のなかへ飛んでゆく

「黒い鳥」になるのは何なのか、「そらいろの童話のなかへ飛んでゆく」のは何なのか、明示はされない。主語の不在は、短詩文芸のひとつのゼロ地点である。「問答体」という、「主語」を主題にした型式を、どうしても背負わずにいられない、川柳においてはなおのことである。この二句は、その「問いー答え」の型式を、句そのものが意識している作品に見える。

  亡亡亡切手の鳥はこう鳴くの

 ここまでお付き合い下さった方は、もう言わんとしていることがお解りかもしれない。「こう鳴くの」のところに「私」も「思い」もない。むしろあるとすれば「亡亡亡」という、禍々しい漢字の連なりにおいてである。いや、言い直そう。「漢字を連ねる」という行為のところに、作者はいる。それがどんなに「私」以上の「私」なのか、「思い」以上の「思い」なのか、この連作を読めばわかってくる。
 いや、正直に言おう。僕にはまだ「私」がわからない。わからないから、句を読み続け、詠み続ける。その手がかりになる指針のひとつとして、この「切手の鳥」はあった。舌足らずで作品の魅力を言い表せず、後悔している。本当は「あなた」に伝える手紙にしたかったのだ。切手を貼って。
posted by 川合大祐 at 15:55| Comment(0) | 今月の作品・鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする