2015年11月20日

木曜日のことのは蒐集帖 15  2頭のライオン

本棚には肩をすぼめたワニが棲んでいる。岡山から越すことになったときいただいたフィギュアで、ちかるさんは動物の句をよく作るからと言われ、へえそうかな、と思った。そらで言えるのは「シロサイを煮沸しているなつのよる」「春愁百万の象匂い立つ」前者は岡山のらんまん句会、後者は今井聖×坊城俊樹の「こんじょう会」のときのものだ。たのしい句会だったので憶えている。ライオンは作ったことがなかった。ライオンなんてつまらない、ような、気がしていた。でもそうとは限らないようだ。
さて2頭のすてきなライオン。

ライオンはもっと泡に着替えておいで   瀬戸夏子(川柳スープレックス/2015/10/01)
「着替えておいで」というやさしい命令形。泡は仏像の天衣のようなものかな?びっしりとライオンで埋め尽くされたライオン曼荼羅を想像。どの個体も、他のものとは泡の量が異なっている。

どこへ行くのかライオンが歩いている   筒井祥文(川柳カード創刊号)
この句が合評会で読まれたとき、くんじろうさんが「勝手にゆうてたらええやん」と。そう、ライオンが歩いている理由なんてわからないし、それを問うている状況はまこと益体なし。その益体のなさがこの句の魅力。

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「現代川柳 新思潮」No.135

「現代川柳 新思潮」No.135 2015-11
編集兼発行人 岡田俊介

「現代川柳 新思潮」は平成5(1993)年、故片柳哲郎によって創刊された。

片柳哲郎は昭和26(1951)年、関東で川柳革新を主導した中村冨二の「鴉」創刊に加わり、格調高い文語体的抒情性によって一時代を築いた。そんな片柳の句集『黒塚』が発行されたのは昭和39(1964)年である。以下、同句集から少し引用してみよう。

 父に秘あるがごとく いまぞ夕日
 早春の右手に触れるはわが肋骨あばら
 ともしびや静脈浮かせ飯ひろう
 兄弟はらからやアスフアルト掘る埋める 掘る
 月の視野 誰か双刃を砥ぎ居たり
 ロイド眼鏡の驢馬が麦食う口開けて
 埋葬や琥珀のパイプ拭きつ帰る


昭和39年といえば歌壇では前登志夫の『子午線の繭』と岡井隆『朝狩』が刊行され、前年には葛原妙子の『葡萄木立』と山中智恵子の『紡錘』が、翌年には寺山修司の『田園に死す』が刊行され、まさに前衛短歌の時代である。ジャンルこそ違えど、片柳哲郎の川柳には同じ時代のにおいがある。ちなみに川柳界でも、時実新子の『新子』が前年の昭和38年に刊行されている。以下、それぞれの歌集・句集より。

 かなしみは明るさゆゑにきたりけり一本の樹の翳らひにけり   前登志夫
 肺尖はいせんにひとつ昼顔の花燃ゆと告げんとしつつたわむ言葉は   岡井隆
 口中に一粒の葡萄を潰したりすなはちわが目ふと暗きかも   葛原妙子
 いづくより生れ降る雪運河ゆきわれらに薄きたましひの鞘   山中智恵子
 売りにゆく柱時計がふいに鳴る横抱きにして枯野ゆくとき   寺山修司
 花火の群の幾人が死を考える   時実新子


さて、前置きが長くなったが正会員作品欄「新思潮」より少し引いてみる。

【新思潮】 
 月光の浄土へ帰す砂の面
   杉山夕祈
 合鍵のひとつが冴えて眠れない   坂東弘子
 カルピスな声で感嘆符をふやす   澤野優美子
 そして終章 広がりわたる水絵巻   みとせりつ子
 百日紅亡霊ばかり見てしまう   矢本大雪
 二件目は思い出抜きというルール   古俣麻子
 キリンしか描けない父の動物図鑑   山崎夫美子
 次次に闇入れ替えてゆく花火   福井陽雪
 騙し絵に気がつく人と遠ざかる   吉田州花
 星蝕のいずこともなく青が流れ   岡田俊介
 銀の孤島空の深さを漂えり   西田雅子
 ラルラルと早朝に干す白いシャツ   月野しずく
 ひめやかに進みておらむ秋の羽化   松田ていこ
 虫の声 結界からの小暗がり   岩崎眞里子
 百円の傘はもとより不貞腐れ   古谷恭一
 オペ終わる ひまわりでしたと医師が言う   姫乃彩愛
 縄とびの輪からことだま還りなむ   西条眞紀
 目に揚羽病み上がらんとするひとの   細川不凍

全体の印象として、世界の中の〈濡れ〉を見つめる姿勢が強く感じられ、それがリリカルな詩性へとつながっている。その意味で、伝統川柳の〈うがち〉〈かるみ〉〈おかしみ〉の要素はあまり感じられない。

また「川柳カード」誌のように、〈コトバ〉を立ち上げるために〈私〉が黒子に徹する作風とも違う。「新思潮」において〈コトバ〉は、あたかも夕日のように世界を照らすものであり、それによって〈私〉は影法師のように長く、大きく、立ち上がる。その意味で、「川柳カード」と対照的だ。

〈私〉や〈リリシズム〉が主という点で、「新思潮」は、時実新子の流れを汲むグループと通じあう作風かも知れない。しかし、「新思潮」のばあい片柳哲郎の影響だと思うが、たとえ口語体であったとしても〈文語的発想〉から川柳が生まれ、その結果として〈文語的リリシズム〉を醸しているように思われる。そのような文語的濃度に着目したとき、新子派とはまた違う質感を備えているのである。

現代川柳新思潮


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2015年11月15日

200字の証明:200字川柳小説  川合大祐

三五十五は人名である。名に反比例して(比例して)、ついに彼は「数」という概念を理解することがなかった。「零」の次が「一」であるという驚異的な飛躍が、どうしても受容不可能だったのだった。故に、数学試験は常に百点だった(愚か者のみが偉大な天才になりうる)。彼には二人の友人がいた。女と男という対角線上にいる二人は結婚した。式の一日前、三五十五は身を投げた。握りしめられた紙片には「3」とのみ書かれている。

  3a+3c=4(a+c)=初恋  月波与生(『月刊おかじょうき』2015年10月号より)

*小林まこと『柔道部物語』より名前借用。
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2015年11月08日

速贄の僕らのあらわなる肢よ   清水かおり

leaf3.JPG

2011年1月1日発行の「Leaf」vol.3より。
ちなみに上部の画像は表紙ではなく扉絵。

「Leaf」誌は清水かおり、畑美樹、兵頭全郎、吉澤久良の4人が立ちあげた柳誌。掲出句は、メンバーの作品欄とは別枠の「共詠4 plus 1」より引いた。plus 1というのは、メンバー4人に加えて湊圭史がゲスト参加しているという意味だ。この共詠欄では、「消失」というテーマで5人が5句ずつ提出しあい、鑑賞文を掲載している。

掲出句は、初見から非常に興味をおぼえた作品。それにもかかわらずこの約5年間、イメージが定まらないままに、素性の分からないままに付き合ってきた不思議な句だ。以下、わたしの中で掲出句がどのように変転してきたのか、その道のりを思い起こしながら書き綴ってみようと思う。

まず、「速贄」の意味をどう捉えればいいのか迷った。

「速贄」には、〈百舌の速贄〉と〈初物の供え物〉という二通りの意味がある。わたしは最初、それを〈百舌の速贄〉の意味で捉えてみた。さらに「僕たち」という一人称複数から、青年もしくは少年たちが〈百舌の速贄〉として串刺しにされ、肢がだらんと垂れている光景をイメージした。それは、次の短歌がわたしの脳裏に焼き付いていたため、自然に類推されたのだと思う。

 棒高跳の年天【そら】につき刺さる一瞬のみづみづしき罰を  恂{邦雄『日本人靈歌』
 火の剣のごとき夕陽に跳躍の青年一瞬血ぬられて飛ぶ  春日井建『未青年』

恂{と春日井の短歌に通底するのは、青年の跳躍する一瞬に〈死〉を重ねる感覚であり、また躍動する青年の生や肉体が罰せられる感覚だと思うが、わたしはこの二首を見るたびに「聖セバスチャンの殉教図」を連想する。それは、木や柱に縛られた青年に数本の矢が刺さっている場景で、多くの画家によって描かれている。

「聖セバスチャンの殉教」へ連想がいたったとき、「速贄」を〈供え物〉の意味で捉えるのも捨てがたくなってきた。〈殉教〉も〈供え物〉も、神に命を捧げる点で宗教的だ。清水の句を恂{や春日井、聖セバスチャンの系譜で鑑賞するとしたら、〈初物の供え物〉の方向性だってありうる。

〈初物の供え物〉が神に差し出される、というイメージは、わたしに次の俳句を思い出させた。

 百合鷗少年をさし出しにゆく  飯島晴子『朱田』

上掲句について飯島晴子はこんなふうに書いている。

 この句が出来上がったとき、私は今から約四百年の昔、イエズス会の宣教師に連れられてヨーロッパへ渡った天正少年使節を思い出した。しかし決してあの九州の少年達を描いたのではない。
 具体的な場面の選択は読者にまかせて、ただ、華やかな傷ましさへの嗜好が出ていればよいのだが──。
『飯島晴子読本』(富士見書房)


「速贄」を〈百舌の速贄〉とするにせよ、〈初物の供え物〉とするにせよ、わたしのばあいどこか〈天〉のイメージにつながっていくようだ。そういえば、平成22(2010)年、第二回木馬川柳大会・吉澤久良選「ひらく」の特選になった清水の句は、「モーゼの海を渡りゆく思惟 一羽」という〈天〉に関わる句だった。

このような経緯で、「速贄」の意味がどっちつかずなまま掲出句を愛誦しつづけていた。伝達が目的の散文と違い、短詩では〈意味は分からないけど惹きつけられる〉という次元があるかと思う。わたしにとって掲出句は、まさにそんな感じだった。

ところが、そんな不透明な状態にも転機が訪れた。それは、「肢」という漢字に注目したのがきっかけだ。そのときから俄然、「速贄」を〈初物の供え物〉と解する方向に固まっていった。というのも、「足」「脚」「肢」には一応の使い分けがあるようで、そのばあい「肢」は哺乳動物に多く用いるというのだ(大辞林 第三版の解説)。恥ずかしながら、「肢」の使い分けを意識したことは全くなかった。

「肢」を哺乳動物の〈あし〉と捉えてみたとき、「速贄」は神に捧げられる純潔の羊や牛、すなわち〈初物の供え物〉とするのが理屈だと思えるようになった次第だ。

哺乳動物の供え物、という風習に触れたことがなく少々イメージをしにくかったので、『旧約聖書』に出てくる燔祭を想いうかべてみた。アブラハムが神への生贄として、わが子イサクを捧げようとした「イサクの燔祭」は有名だ。

しかし──と、次からつぎに別の疑問が生じてくる句なのだが──〈供え物の僕ら〉の意識が自分たちの「あらわなる肢」に向けられているのは、どんな意味があるのだろうか。そこで躓いてしまった。かりに生贄の動物が肢を縛られている様だとしたら、少々情緒に欠けてしまう。

そこで、何か手掛かりがつかめないものかと句の構造を見てみた。「速贄僕らあらわなる」というふうに、助詞や形容動詞で言葉がつながれながら「肢」に向かっていく。そして最後は助詞の「よ」によって、意識が「肢」に固定される。読み手の印象が「あらわなる肢」に誘導される構造である。

傷ましく、逃れようのない「速贄」の状態にありながら「あらわなる肢」に意識を向け、同時にそれを誇示するかのような「僕ら」。

こうした非動物的な自意識に気づいたとき、哺乳動物であるはずの「僕ら」は、人間の少年の「僕ら」として再構築された。これが特殊撮影であるなら、毛むくじゃらの哺乳動物たちが徐々に人間の少年と二重写しになり、やがて完全に人間となる感じだろうか。そして画面に映し出されるのは、まるで石膏像のようにすべすべした〈あらわなる脚〉である。

このとき、速贄の僕らの〈あらわなる脚〉は、生贄の精神性や肉体性や文化性を抜き取られて〈オブジェ〉となった。このように見なせば、共詠テーマの「消失」とも符合する。そして、そのような〈オブジェ〉化は、まるで西洋絵画の中に少年がはめ込まれたような次の歌と通じるかも知れない。

 少年は少年とねむるうす青き水仙の葉のごとくならびて  葛原妙子『原牛』

〈オブジェ〉として鑑賞すればよい、と思い至ったとき、〈意味は分からないけど惹きつけられる〉という地点に還った気がする。

 *

ここにいたるまで、連想に連想を重ねて相当な回り道をしてきた。しかも、串刺しになった少年・青年のイメージが消えたわけではない。この句に触れるたび、おのずとそのイメージが浮かんでくる。自分の固定観念の強さにはなんとも驚くばかりである。

言葉は伝達性の機能ばかりでなく、蓄積性・アーカイブズ性の機能もあわせもつ。だから、句語やテクストの全体が、神話や伝説、古典文学といった歴史性を呼び起こすことがある。清水の速贄の句から先行する事物に連想が飛んだのも、そのような言葉の機能が十全に発揮される要素をそなえた句だからかも知れない。少なくともわたしという鑑賞者にとってはそう思える。

今こうしてこの文章を書いているあいまにも、掲出句は醗酵しつづけている。

 少年の裸は白いエジプト忌  石部明「バックストローク」33号



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ONI:200字川柳小説  川合大祐

第七工場を逃げ出した鬼は初めて素足をアスファルトに着けた。精製された怪物たちばかりの街は海を絞殺するように取り囲んでいる。鬼は海に向かって歩き出した。空にはクラインの壺のようにねじくれた嘴と色彩も枚数も多すぎる翼を持つ巨大な鳥が飛んでいる。まだ未完成の鬼には怒りに煌めくための角もかなしみを噛みきるための牙もなかった。だから人は彼のことを鬼と呼ぶだろう。人が誰もいないこの世界で。海はあまりにも遠い。

 chapter01 鬼は修行を終えて海  兵頭全郎(「PEACH JOHN」より)

posted by 川合大祐 at 00:00| Comment(0) | 川柳小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする