徳長怜さんから「舌」が転送されてきた。
「舌」「パピコ」「ペティナイフ」「毛にリンス」「蜂に刺される」「三角折り」になにやら触感の残る句が並ぶ。
整理券ですよと舌をわたされる事務的にわたされた整理券が「舌」だなんて。じとっと分厚い感触にぞわりとする。誰の舌なのかととりあえず自分の舌の安全を確かめてみる。さて入場のとき「1番から20番までの整理券をお持ちの方〜」のような感じで「舌をお持ちの方〜」と呼ばれるのだろうか。ひとりだけだろうか。何人くらいが前に進むのだろう。バッグやポケットから舌を取り出しながら。係員は無造作に舌を受け取るのだろう。舌と引き換えに案内された席ははたして。
腰骨はパピコにくっついているし腰骨は作者のものとして読んだ。パピコのひんやりしてやわらかな感覚。パピコはふたつセットになっているけれど、そういえばかたちは女性の体型みたいで、頭と腰のあたりでくっついている。そのパピコに、3人目のパピコみたいに腰骨がくっついているのである。
腰骨にパピコがくっついているのではなくて、腰骨がパピコにくっついている。パピコバイクのサイドカーにわたし。パピコ主体なのである。ひとと異物がくっつく話といえば、楳図かずおの人面譚や、肺の中に睡蓮の蕾を宿した『日々の泡』のクロエなど浮かぶけれど、パピコなのである。腰がびしょびしょしそうで笑ってしまう。「くっついているし」というため息交じりの言い捨てもおもしろい。
「舌」「くっついている」からは「切り離す」という行為が連想されるもので、続く2句には「ナイフ」が登場する。
わナたイしフとガ ふるふる してるとこ1音飛ばしに「わたしと」と「ナイフガ」を並べて、ふるふる具合をあらわす。「してるとこ」という音も軽くて、ふるふるである。
充電がきれてもしゃべり止めぬSiri
Siriはアップル社の音声アシスタント機能である。Siriを起動してiPhoneに向かって話しかける。「牛舌のおいしい店はどこ?」と聞いたら、Siriが答えてくれるのである。カレンダーに予定を追加したり、友人にメッセージを送ったりもする。Siriに「家族はいるの」ときいたら「わたしとあなただけです」と答えるらしい。ちょっとこわくておもしろい。
さて句中のSiriはついに意思を宿したらしく、充電がきれてもしゃべり止めぬ。アシモフのロボットものを連想する。すでにどこかで起こっているような気がするのが現代の気分なんだろう。
Ladies and gentlemen , 正しい蜂の刺されかた「お集まりのみなさん」何かと思えば、周知されるのは「正しい蜂の刺されかた」なのである。正しく蜂に刺されるための集い。ばかばかしくてすてきである。
長音の使い終わりを三角折り
「使い終わりを三角折り」といえばトイレットペーパーである。トイレの三角折りをみるとかすかに感情が動く。何なんだろう。みなで揃ってプチ作法というのが、かるーく胡散臭いのである。
ここでは、使い終わったのは長音だ。「使い終わる」までには時間がある。「長い」長音で終わる言葉って、考えてみたけれど、浮かぶのは、悲鳴(ぎゃぁぁぁぁぁ)だとか、親を呼ぶ声(ままぁぁぁぁぁ)くらいだ。そんな言葉をさっと三角折りでしまって、すましこむ。
三角折りをしたのは作者だと思う。長音を使ったのは誰なのだろう。作者であれば「使い終わり」とすることで、発した言葉との心的距離感がおもしろいし、他者の長音をするっと三角折りにしたというのなら、静かな毒があってこれもまたおもしろい。
「Ladies and gentlemen」「三角折り」も整理券をわたされるというシチュエーションや、「パピコ」と同じ日常とすぐ続いている言葉で、そこへ非日常の物語がおしこまれているのが魅力的だった。